じじぃの「科学・芸術_501_カルタゲナー症候群(遺伝性疾患)」

鞭毛・繊毛の構造nict.go.jp HPより)

CRL_News No.324
繊毛・鞭毛は様々な細胞が持っている細胞小器官の一つで、美しい波打ち運動をすることでよく知られています。
人体においても様々な機能に関わり、生命の維持には欠くことができないものです。この繊毛・鞭毛は、割り箸を束ねたような構造を持っています。中央に2本の微小管(中心対微小管)、9本の微小管(周辺微小管)がそれを取り囲むように並んで、鞭毛全長に伸びています。この構造は“9+2構造”と呼ばれ、ほとんどの生物の繊毛・鞭毛に共通してみられます。ナノメートルサイズの構成要素(タンパク質)からできあがったマイクロメートルサイズの精密機械が繊毛・鞭毛です。周辺微小管から隣の微小管に突き出しているのがダイニン腕と呼ばれる構造で、内と外の2列が微小管の上に規則的に配列しています。
http://www.nict.go.jp/publication/CRL_News/0303/main/001_main.html
『こわいもの知らずの病理学講義』 仲野徹/著 晶文社 2017年発行
わかる、カルタゲナー症候群 より
鞭毛(べんもう)と繊毛(せんもう)、よく似た名前のものがあります。どちらも細胞からはえた毛のようなものです。鞭毛も繊毛も基本的な構造は似ているのですが、長さと数がちがっていて、鞭毛は長くて細胞あたり1本から数本であるのに対し、繊毛は短くてたくさん生えています。そして、鞭毛も繊毛も、その「毛」の中には、微小管の束が存在していて、その並び方から、9+2 構造、と呼ばれています。そこにモーター蛋白と呼ばれるタンパクがくっついていて、繊毛や鞭毛を動かすのです。
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さて、カルタゲナー症候群というのは、かなり稀な遺伝性疾患です。症状には、まず、気管支拡張症と慢性副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)があります。この2つはちょっと似ていますから、両方あっても不思議な感じはしません。しかし、この病気の代表的な症状の1つに、全内臓逆位があります。ふつう、内臓は心臓が左で、肝臓が右より、というように臓器の左右は決まっていますが、それが逆になるのです。ただ、すべての患者さんで逆になる、というのではなく、約半数の患者さんで逆になります。他にも、男性の患者さんは不妊になります。なんだか、すごく多彩な症状でしょう。
しかし、これらの症状はたったひとつの原因によってひきおこされることがわかっています。その鍵となるのは、繊毛や鞭毛の運動です。気道や副鼻腔にはいってきた小さなホコリや細菌は、上皮細胞の表面にある繊毛の動きにより外に出されていきます。しかし、繊毛の動きがうまくいかないと、細菌などが効率よく排出されなくなります。その結果、細菌感染が繰り返され、気管支拡張症や慢性副鼻腔炎が生じやすくなります。また、鞭毛がうまく動かないために、精子の運動が悪くなってしまい、男性不妊になるのです。
鞭毛や繊毛の動きが悪いのが原因ですから、カルタゲナー症候群は別名「繊毛不動症候群」ともよばれます。ただ、繊毛が動かないのではなくて、たくさんある繊毛がシンクロナイズせずにばらばらに動くことによって引き起こされるので、この名称は必ずしも正しくないとされています。いたしかたないのですが、医学とか科学とかは、厳密性を重んじる先生が多いので、小うるさいことです。
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カルタゲナー症候群は、微小管にくっついて機能するモーター蛋白の遺伝子の異常にとって発症することがわかっています。その異常によって、繊毛や鞭毛がうまく働かなくなって、先に書いたような様々な症状が引きおこされるということなのです。
こうやって見てみると、カルタゲナー症候群のように、初めて聞いた病気であっても、ちょっとした知識があれば、そのいくつもの症状を論理的に理解できることがわかるでしょう。日本語の「病因」には、根本的な原因であるetiologyと、どのようにして病気が発症するかのpathogenesisがあると序章で書いたのを覚えておられるでしょうか。カルタゲナー症候群の場合は、前者がモーター蛋白の異常、後者が繊毛の運動異常とそれによって引きおこされる様々な症状、と短くまとめることができます。