発達障害のタイプ分類
厚生労働省:政策レポート(発達障害の理解のために)
●発達障害ってどんな障害?
発達障害者支援法において、「発達障害」は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と定義されています。
https://www.mhlw.go.jp/seisaku/17.html
ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか
【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?
第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係
第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか
第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ
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第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る より
ASDとは何か――コミュニケーションが苦手、趣味や行動に偏り、感覚過敏……
自閉スペクトラム症(ASD)は、生まれつき脳のはたらき方に違いがある発達障害の一種です。
ASDの人は、相手の考えやその場の空気を読み取ったり、自分の気持ちを伝えたりすることが苦手で、社会性やコミュニケーションに困難をきたす場合があります。また、興味や行動が偏(かたよ)っていて毎日決まった行動を繰り返し、臨機応変に予定外の行動を取れないなどの特徴がみられることがあります。
さらに、音や光、触れられることに対して敏感に反応する感覚過敏が見られます。たとえば、多くの人には気にならないような街の音もASDの人には大きく響いて外出ができないなど、社会生活に大きな支障をきたします。感覚過敏を緩和できれば、ASDの人たちの生きづらさを大きく改善できると指摘され、近年、感覚過敏の問題が非常に注目されています。
以前は、3歳までに社会性やコミュニケーションの障害、興味や行動の偏りがはっきりと見られる場合に限り、自閉症と診断されていました。最近では、言葉の発達の遅れなどコミュニケーション障害があまり認められないアスペルガー症候群なども含めて、ASDと診断されます。臨床の現場では今、自閉症やアスペルガー症候群よりも、ASDという用語が一般的に使われているのです。
ASDは、人口の1%程度の頻度で発症するといわれてきました。それが米国CDC(疾病予防管理センター)が2021年に出した報告(2018年の調査)では、44人に1人と、2%ほどに急増しています。その原因は不明ですが、診断基準が広がったことも一因でしょう。
自閉スペクトラム症の「スペクトラム」とは、ほかの疾患や健常者との境界がはっきりしないという意味です。発達障害には、ASDのほかに、注意欠如・多動性(ADHD)、学習障害(LD)という主に3つのタイプがあります。1人の人に複数のタイプの症状が重複して現れるケースもあります(図6-1、画像参照)。
ASDは、抗うつ薬や抗不安薬など、ほかの精神疾患用に開発された薬によって症状が和らぐ場合があります。
しかし、それらは対症療法であり、生涯にわたってASDの特徴が現れることで、大人になっても生きづらさを抱えたままの人が数多くいます。発症メカニズムに直接作用する治療法の開発が期待されていますが、ASDの原因はよく分かっていません。
脳内のセロトニンが減少するとコミュニケーション障害が起こる?
神経細胞にはシナプスで主にグルタミン酸を放出して、それを受け取る神経細胞の活動を促す興奮性細胞と、GABAなどを放出して活動を抑える抑制性細胞があります。正常な脳の形成には、興奮性と抑制性の神経細胞がバランスよく発達することが必要です。
私たちの作成したASDモデルマウスでは、そのバランスが崩れてしまっているのです。このような興奮性と抑制性のバランスの崩れが、ASDなど発達障害や精神疾患の一因だと考えられています。ASDの人では、神経細胞が過剰に興奮して発作を起こす「てんかん」を併発するケースが見られます。これも興奮性と抑制性のバランスの崩れによって起きると考えられます。
ではなぜ、抑制性細胞が減少してしまうのでしょうか。ASDモデルマウスの脳の活動を調べると、脳幹の縫線核(ほうせんかく)という神経細胞群の活動が最も低下していました。そこには、セロトニンをつくる神経細胞が集まっていて、脳の広い範囲にセロトニンを放出しています。
ASDモデルマウスでは、生後間もない時期から縫線核の活動が低下して脳全域でセロトニンの量が減少していきます。セロトニンは、神経細胞の活動を抑制したり促進したりする神経伝達物質としてはたらき、気分や記憶、睡眠や認識などの脳機能に関わっています。また、脳の発達期には、神経栄養因子としてはたらきます。
私たちは、ASDモデルマウスの脳の発達期にセロトニン量を増やすことで、体性感覚野の抑制性細胞の減少による感覚過敏が改善するのではないかと予測しました。
そこで、誕生直後の3日目から21日目の離乳期まで、セロトニンのはたらきを強める抗うつ薬(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害剤)を投与しました。すると、縫線核の活動が高まり、全域のセロトニン量が増加しました。そして体性感覚野の抑制性細胞の減少も改善しました。
私たちの実験結果は、15番染色体の一部が重複するゲノム変異が一因となって脳発達期のセロトニン量が減少し、体性感覚野の抑制性細胞が減少して感覚過敏が起きる可能性を示しています。
それでは、脳発達期のセロトニン量の減少による感覚過敏と、社会性・コミュニケーション障害というASDの特徴には因果関係があるのでしょうか。