じじぃの「科学・地球_583_心の病の脳科学・双極性障害(躁うつ病)」

Ant1変異マウスの脳切片の染色像

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=mpMPPnRT4Cs

双極性障害は”よく治る病気”」と考えていた ~国内研究の第一人者(加藤忠史)に聞く「双極性障害と働く」~

2022.03.30 双極はたらくラボ
双極性障害の国内研究の第一人者である順天堂大学医学部、加藤忠史主任教授。双極性障害の治療に関する研究をする傍ら、2021年には順天堂医院で双極性障害の専門外来と入院プログラムも開始。
長年、研究の第一線を見続け、患者さんとも直接関わってきた加藤先生が「双極性障害と働く」についてどんな考えをお持ちか、また一貫して双極性障害に関する取り組みをしてきた活動の源泉がどこにあるのか。双極性障害の当事者で当メディア編集長の松浦が、ロングインタビューを実施しました。
https://bipolar-work.com/1835

ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか

【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?
第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係
第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ

第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか

第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ

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『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』

林(高木)朗子/著、加藤忠史/編 ブルーバックス 2013年発行

第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか より

正しい診断までに時間がかかり、再発を繰り返しやすい理由

躁状態うつ状態を繰り返す双極性障害躁うつ病)が、100人に1人ほどの高い割合で発症する精神疾患です。

双極性障害の医療に関する大きな問題点は、正しく診断されるまで平均6~9年と長い年月がかかることです。双極性障害の多くはうつ状態から発症します。そのとき精神科を受診しても、躁状態が現れない段階では、問診ではうつ病と診断するしかないからです。

双極性障害うつ病は別の疾患です。しかも、うつ病で処方される抗うつ薬(とくに三環系統うつ病)は、双極性障害の症状を悪化させてしまいます。双極性障害と正しく診断されて適切な治療を受ける前に、うつ状態躁状態のときの行動で社会的な信用を失い人生を立て直すことが困難になるケースがあります。

双極性障害は、正しく診断させれば、既存の治療法によって症状をある程度コントロールすることが可能です。ところが、治療を止めてしまい再発を繰り返す人が多いことも、大きな問題です。

なぜ、治療を続けない人が多いのでしょうか。1つには、ほかの精神疾患と同様に、発症原因が不明で客観的な診断法もないため、患者さんは病気を受け入れることが難しいこと。また、「この薬は、発症原因にこのように作用して症状を改善します」といった合理的な説明ができないことも原因でしょう。双極性障害には、効果が高くても副作用あ強い薬があり、診断や治療に十分納得できないため、治療を止めてしまう人もいらっしゃいます。

「感情関連神経回路の過剰興奮」によって、躁とうつが繰り返される?

2018年、脳内で最もセロトニン濃度が高い場所の1つが視床室傍核であることが報告されました。縫線核からたくさんのセロトニン視床室傍核へ放出されています。そして視床室傍核は扁桃体側坐核へ信号を伝えています。扁桃体は恐怖、側坐核は報酬に関係する脳領域です。縫線核のセロトニンを放出する神経細胞群から視床室傍核へ、そこから扁桃体側坐核へとつながる神経回路が形成されています(図9-4、画像参照)。

双極性障害の発症に関わる遺伝要因として、細胞内にカルシウムを取り込むチャネルやミトコンドリアや小胞体に運ばれるタンパク質の遺伝子など、カルシウム調節に関わる可能性があるさまざまなゲノム変異が見つかっています。

私は、双極性障害の原因として「ミトコンドリア機能障害」仮説を提唱して検証を進めてきましたが、現在では、ミトコンドリア機能障害はカルシウム調節障害を引き起こす一因だと考えています。

それでは、カルシウム調節障害が、どのようにして双極性障害の発症につながるのでしょうか。

カルシウム調節障害で細胞内のカルシウム濃度が過度に上昇すると細胞死が起きます。しかし、変異POLG(核遺伝子変異)マウスや変異ANT1(核遺伝子変異)マウスの脳を調べても、顕著な細胞死は見当たりません。また、双極性障害の患者さんの脳でも顕著な細胞死は報告されていません。

前述のように、変異ANT1マウスではセロトニンを出す神経細胞が過剰に興奮していました。また、双極性障害の患者さん由来のiPS細胞を神経細胞に分化さえて調べると、ミトコンドリアの機能が変化して細胞が過剰興奮し、リチウムを投与すると正常化したという報告があります。

私たちは、双極性障害の原因は、さまざまな遺伝要因により神経細胞でカルシウム調節障害が起きて、視床室傍核を中心とする感情関連神経回路(図9-4)が過剰に興奮し、物事を論理的に認識するはたらきよりも、感情で処理するはたらきが強まることにあると考えています。現在、この新しい仮説「感情関連神経回路の過剰興奮」を念頭において研究を進めています。

人の表情を批判してときの双極性障害の患者さんの脳の活動をfMRIという手法で計測すると、健常者に比べて感情関連神経回路を構成する偏桃体が過剰に活動に活動しており、物事を論理的にとらえる前頭前野の活動は低下しているという報告があります。私たちの新しい仮説は、こうしたデータも参考にしています。

では、なぜ双極性障害では躁とうつという正反対の気分を繰り返すのでしょうか。恐怖などの環境要因があると扁桃体が活動しますが、視床室傍核が興奮しやすい状態にあると、視床室傍核からの信号に刺激されて、扁桃体はさらに反応しやすい状態になってしまうのかもしれません。
一方、報酬などの環境要因があると側坐核が活動しますが、やはり視床室傍核が興奮しやすいと、側坐核がさらに活性化してしまい、躁になるかもしれません。

感情関連神経回路が過剰興奮しやすい状態なので、環境要因による感情の変化がうつと躁という極端なふり幅の気分変動に増幅されてしまうと考えられます。感情の強さを左右しているのが視床室傍核だと考えています。