じじぃの「血管新生阻害薬・がんの転移を阻止できるのか?ヒトはなぜ病のか」

「新生血管」って何?

新生血管抑制治療(分子標的治療)

ナガヤメディカルクリニック

【新生血管抑制治療(分子標的治療)の長所】

◎点滴にて行う治療なので、患者さんの“こころ”と“からだ”への負担が軽い。
◎外来治療が可能。
抗がん剤のような副作用(吐気など)がない。
◎分子標的治療薬なので、目標のタンパク質(血管内皮増殖因子)のみを阻害する。
※短所としては、血管を作らせないように働くため、細胞が壊れやすいところ(腸など)では、血管を再生できないので、穴が開くことがある。また、血栓を作る場合がある。
https://nagayamedical.com/gan-chiryou/shinseikekkanyokusei.php

『ヒトはなぜ病み、老いるのか―寿命の生物学』

若原正己/著 新日本出版社 2017年発行

ガンの広がり、転移の予防 より

万が一 ガンが生じた場合はそのガンの広がりを予防することも大事だ。もし、ガン細胞が生じたところにとどまって成長し続けるだけであれば、多くのものは外科的な手術で除去できるから、ほとんど致命的になることはない。しかし、多くのガン細胞は最終的には転移する。すなわち、個々のガン細胞はつなぎとめられている場所を離れて、細胞外マトリックス(コラーゲンやエラスチン、フィブロネクチンなどさまざまな物質からなる細胞外の構造)に侵入して体の他の場所へと広がっていき、そこで2次腫瘍の形成を開始する。
そのしくみに焦点を当てた治療法が開発されている。
  7 ガン細胞が急速に増殖すると、ガン細胞は酸素や栄養を要求するから血管の供給が必要となる。そのためにガン細胞は血管の形成を促す物質を作り、周囲の組織に漏出させる。この過程を阻害する化学物質は血管新生阻害物質と呼ばれる。もし、血管新生阻害物質を利用できれば、ガンの増大を阻止できるかもしれない。マウスでは、アンギオスタチンとエンドスタチンという2つの血管新生阻害物質が腫瘍を退縮させた。
  8 ガン細胞は細胞外マトリックスを破壊して原発のガン組織を離脱し、体の他の部位に湿潤する。ガンの転移を阻止できればガンの治癒率は飛躍的に向上するだろう。この過程にかかわる分子として、細胞とマトリックスの結合を切断する金属要求性のたんぱく質分解酵素が知られている。また、細胞の移動を促進するのに必要とされるGTPを供給して細胞移動を促進するGTP加水分解酵素などがある。こうした成分はガンの転移には必要だから、将来の対ガン治療の有望な標的となりえる。

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どうでもいい、じじぃの日記。
暇なもので、病気に関する本をよく見ている。
がん細胞は「おしゃべり」なのだそうだ。
がん細胞は周囲の組織に「酸素や栄養をもっとくれ!」とか要求する。がん細胞は血管の形成を促す物質を作り、周囲の組織に漏出させる。
がんを養う「血管新生」を抑え、低酸素状態にすることでがんの増殖は抑えられる。
「マウスでは、アンギオスタチンとエンドスタチンという2つの血管新生阻害物質が腫瘍を退縮させた」
「新生血管抑制治療(分子標的治療)」は点滴にて行う治療なので、患者さんの“こころ”と“からだ”への負担が軽い。
「分子標的治療薬といわれる新しい抗がん剤などは研究開発費が莫大なため、承認直後は健康保険を利用しても大変高価です。薬の種類によっては1回の外来通院で10万円以上かかることもあります」
だそうです。

じじぃの「歴史・思想_321_ユダヤ人の歴史・バビロン捕囚・ユダヤ教の成立」

The Books of Ezra-Nehemiah in 5 Minutes

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=EEofcZCLKiU

Short Bible Story! The Story Of Ezra Part 1! Ezra Rebuilding The Temple Part 1

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=W1h-4rkJwtk

THE ISRAEL BIBLE:Ezra and Nehemiah

名著33 「旧約聖書」:100分 de 名著 「第3回 聖書の成立」

2014年5月21日 NHK Eテレ
【司会】伊集院光武内陶子 【ゲスト講師】加藤隆(千葉大学文学部教授)
戦乱が続く中、残っていた南王国も戦いに敗れて消滅。
ユダヤ人たちは敵国の首都バビロンへ連行され捕囚となってしまった。しかし人々の多くは、出エジプトのよう出来事を神に期待し、信仰を守り続けた。こうした中、聖書の成立にあたり、ある重要な出来事があったと加藤隆教授は考えている。
第3回では、旧約聖書が生まれた背景を学ぶと共に、そこに記された掟がどのような影響を与えたかを考える。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/33_kyuyakuseisho/index.html#box03

ユダヤ人の歴史〈上巻〉』

ポール ジョンソン/著、石田友雄/監修、阿川尚之/訳 徳間書店 1999年発行

最初のユダヤ人エレミヤ より

イザヤのメッセージがエルサレム陥落の前に、人々の良心に浸透したことは疑いない。しかし破局が訪れる前の最後の数十年間、イザヤの力強い声に、彼ほど詩的ではなかったが同じように心を強く打つもう一人の預言者が加わった。このエレミヤという預言者については、捕囚以前に活躍した他のいかなる著作者よりも、多くのことがわかっている。説教と自伝を、書記の役をつとめた弟子バルクに口述筆記させたからである。
    ・
アッシリア人の北王国蹂躙とバビロニア人によるユダの攻略には、しかしながら1つ決定的な差があった。バビロニア人はアッシリア人ほど残虐でなかったのである。彼らは被征服地への植民を行なわなかった。東から異民族が移り住み、約束の地を異教の聖所で覆うということがなかった。貧しい人々、すなわちアム・ハ・アレツは、指導者を失ったものの、何とか自分たちの宗教を保つことができた。さらに588年に降伏したと思われるベニヤミン族は捕囚の憂き目にあわず、彼らの町、ギブオン、ミツバ、そしてペテルには、手がつけられなかった。それでもなお、民族はすっかりばらばらになった。それは捕囚であると同時に離散でもあった。

神殿再建 より

ペルシアの国王キュロスの支持と命令にもかかわらず、紀元前538年、かつてのヨヤキンの息子と考えられるシェシュバツァルの統率のもとに行われた最初の帰還は、失敗に終わった。アム・ハ。アレツと呼ばれる故郷に留まった貧しいユダヤ人たちが抵抗し、サマリア人エドム人、アラブ人と協力して帰還者たちが城壁を築くのを妨げたからである。
キュロスの子ダレイオスの全面的支援を受けた第2の帰還の試みは、紀元前520年いなされた。その正式な指導者はゼルバベルである。ダビデの子孫であるのに加え、ペルシャのユダ総督に任命されたことによって、その権威は高まった。聖書によれば、4万2360人の捕囚民がゼルバベルとともに帰還したという。その中には多数の祭司と書記が含まれていた。これを契機にエルサレムで新しいユダヤ教正統派が出現する。
    ・
紀元前458年、エルサレムの居住地は、エズラに率いられる第3波の帰還者集団によって増強される。エズラは祭司であり書紀であり、博識で権威ある人物であった。異端、雑婚、そして土地の所有権をめぐる紛争に発した法律問題を解決しようと努力したが、結局失敗に終わる。最後に、紀元前445年、新たな一隊がエズラのもとに到着した。彼らを率いたのは、ネヘミヤという名の指導的ユダヤ人である。

書記エズラと正典の編纂 より

紀元前400年から200年までは、ユダヤ史の失われた世紀である。偉大な出来事も大きな奇禍(きか)も、まったく記録に残されていない。彼らは幸福であったのかもしれない。ユダヤ人は、君臨したあまたの統治者のなかでも、とりわけペルシャ人を好いたようである。一度も反乱をおこなさかった。それどころかユダヤ人の傭兵は、ペルシャ人がエジプトの反乱するのを手助けした。ユダヤ人は自分たちの宗教を、故国ユダでもペルシャ帝国のどこでも、自由に信仰するすることができた。
そしてまもなく非常に広い地域に定住するようになる。この離散の様子をかすかに伝える書物に、紀元前5世紀頃のメディアに舞台を求めた、トビト記がある。もう1つ、エゼキエルが住んだ地から遠くないニッブルの町で、紀元前455年から403年の間に書かれた、650枚にのぼる楔形(くさびがた)文字の商業文書がある。この中に現れる人名の8パーセントは、ユダヤ系である。さらにナイル川上流エレファンティネ島植民地からユダヤ人2家族が所有した文書庫がみつかっていて、その地の生活と宗教について伝える。記録の残っている離散ユダヤ人のほとんどは、裕福な生活を送り、自分の宗教を忠実に守っていたようにみえる。彼らが信仰したのは新しい正統派の宗教、すなわちユダヤ教であった。

黙して語らないものの、失われた200年間は決して実りのない年月ではなかった。旧約聖書が今日われわれの知っている形にほぼまとまるのは、この時代である。再建されたエルサレムでネヘミヤとエズラが完成させた。

    ・
「正典」が初めて出現するのは、「モーセ五書」として知られ、後にユダヤ人が「トーラー」と呼ぶ、聖書の最初の書物5巻が文字にされたときである。最も原始的な形でならば、「モーセ五書」はサムエルの時代におそらくすでに存在しただろう。しかし現在残っている形は、5つあるいはそれ以上の数の伝承を1つにまとめたものである。本来のモーセの書物にまでさかのぼる。ヤハウェという神名を用いる南部起源の伝承。やはり非常に古い、神をエロヒームと呼ぶ北部起源の伝承。ヨシヤによる改革の時代に神殿で発見された「失われた」書である申命記、あるいはその一部。そして研究者の間で「祭司法典」、「神聖法典」と呼ばれる伝承。この最後の2つは、どちらも宗教的祭儀がしだいに形を整え、祭司階級が厳格な訓練を受けた時代にさかのぼる。
したがって「モーセ五書」は、必ずしも一貫した内容の著作物ではない。しかしドイツにおける資料批判の伝統に属する学者たちが唱えるように、捕囚時代以降の祭司たちが自らの利益がからんだ宗教的信仰を人々に押しつけるため、モーセとその時代の著作物だと偽って故意に捏造したものでもない。われわれはヘーゲルの思想、反教会主義、アンティ・セミティズム、そして19世紀の知的風俗が醸成した学問的偏見によって、これらの著作物に対す見方を曇らせてはならない。
各書物を記述し1つにまとめた人々と、捕囚から帰還後正典が編纂されたときそれを筆写した書記たちは、神から受けた霊感によって古代の文献が成立したことを。露ほども疑わなかった。そして尊敬をこめ、可能な限りの正確さをもって書き写した。彼ら自身が明らかに理解に苦しんだ箇所にさえ、何も変更を加えなかった。文献の厳密な検討から得られる証拠は、すべてこの見解を裏書きしている。実際、「モーセ五書」の本文そのものに、原文を決していじるなとの神の厳粛な警告が2度現れる。「わたしが命ずる言葉に何1つ加えてはならない。またそれを減らしてはならない」(申命記4章2節、13章1節)。

じじぃの「くすぐりのメカニズム・チンパンジーは未来を思い描くことができるのか?世界一素朴な質問」

How To Stop Yourself Being Ticklish - with Dr Emily Grossman

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=J_ozTpZUvs0

Why can’t I tickle myself?

Dear Science: Why can’t I tickle myself?

September 27, 2016 Science
Why do we only laugh when someone else tickles us? Why can't I tickle myself?
Here's what science has to say:
Your question touches on one of the great mysteries of the human mind. No joke.
Our inability to tickle ourselves has to do with self-awareness. At all times, without even thinking about it, we are conscious of where our limbs are and what our body is doing. And that means no funny business.
https://www.washingtonpost.com/news/speaking-of-science/wp/2016/09/26/dear-science-why-cant-i-tickle-myself/

『世界一素朴な質問、宇宙一美しい答え』

ジェンマ・エルウィン・ハリス/編者、西田美緒子/訳 2019年発行

自分で自分をくすぐれないのはなぜ? 【回答者】デヴィッド・イーグルマン(脳神経学者) より

ほんとにふしぎだね。自分のどこをくすぐってみても、足のうらとか、わきの下でも、ちっともくすぐったくならないもの。
どうしてかわかるには、自分の脳がどんな働きをするのかを、もっとよく知っておく必要がある。脳の大事なしごとのひとつは、次になにが起きるか、うまく見当をつけることなんだよ。階段をおりたり、朝ごはんを食べたりして、毎日を忙しくすごしているあいだ、きみの脳のある部分は、いつも先のことを予測しようとしているんだ。
自転車に乗る練習をはじめたときのことを思いだしてみよう。最初は、ハンドルをしっかりにぎって、ペダルをこいでと、いちいち真剣に考えて力がはいっちゃうよね? でもしばらくすると、自転車に乗るのはずっとかんたんになる。前にすすむためにからだをどう動かすなんて、まったく気にしなくなる。経験をもとにして、脳が先のことを正確に判断しているから、からだは自然に自転車に乗れるようになる。きみの脳が、次の必要な動きをぜんぶ予測しているからだ。
自転車をこぐことに注意をはらうのは、なにかが変わったときだけだ――急に強い風が吹くとか、パンクするとか。そんな思いがけないことがあると、脳は次に起きると思っていた予測を変えなくちゃならない。それがうまくいけば、強い風にあわせてからだをかたむけたりして、ころばずにすむ。
脳にとって、つぎに起きることを予測するのはどうしてそんなにたいせつなんだろうか? それは、まちがった行動をへらすためだ。まちがった行動をすれば、いのちにかかわることだってあるからね。
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それじゃあ、今まで言ってきたことが、自分をくすぐれないっていうきみの質問の答えになるのはどうしてかな?
きみの脳はいつでも自分の行動を予測していて、その行動でからだがどう感じるかも前もってわかっている。だから自分でくすぐってみても、くすぐったく思わないんだよ。ほかの人がきみをくすぐれるのは、きみをおどろかすことができるからだね。ほかの人がどんなふうにくすぐるかは、前もって予測できないだろう?
こんなふうにわかってくると、おもしろいことがある。もし自分で羽を動かせる機械を作れば、ただし羽は機械をさわってから1秒おくれて動くようにしておけば、自分で自分をくすぐれるよ。自分の行動で、自分をおどろかすことができるんだ!

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どうでもいい、じじぃの日記。
私は後、いくつまで生きられるのだろうか。
AIDSのような特定の病気にかからない人のことをDNAスーパーヒーローという。
最近になって、どうやって病気を防ぐかよりもどうやってDNAスーパーヒーローの人の遺伝子を探すかが注目を浴びている。
110歳以上の超高齢者のなかには、DNAスーパーヒーローの人がいるらしい。
チンパンジーの遺伝子は人間と99%同じだ。
チンパンジーも人間と同じようにくすぐられると、くすぐったい動作をする。
老いたチンパンジーが死を思ったりするのだろうか。

じじぃの「歴史・思想_320_ユダヤ人の歴史・バビロン捕囚・預言者エゼキエル」

What's the origin of "Sabbath"?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=8kB0ShV8IDU

Kiddush cup, Shabbat candles

ユダヤ人の歴史〈上巻〉』

ポール ジョンソン/著、石田友雄/監修、阿川尚之/訳 徳間書店 1999年発行

最初のユダヤ人エレミヤ より

イザヤのメッセージがエルサレム陥落の前に、人々の良心に浸透したことは疑いない。しかし破局が訪れる前の最後の数十年間、イザヤの力強い声に、彼ほど詩的ではなかったが同じように心を強く打つもう一人の預言者が加わった。このエレミヤという預言者については、捕囚以前に活躍した他のいかなる著作者よりも、多くのことがわかっている。説教と自伝を、書記の役をつとめた弟子バルクに口述筆記させたからである。
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アッシリア人の北王国蹂躙とバビロニア人によるユダの攻略には、しかしながら1つ決定的な差があった。バビロニア人はアッシリア人ほど残虐でなかったのである。彼らは被征服地への植民を行なわなかった。東から異民族が移り住み、約束の地を異教の聖所で覆うということがなかった。貧しい人々、すなわちアム・ハ・アレツは、指導者を失ったものの、何とか自分たちの宗教を保つことができた。さらに588年に降伏したと思われるベニヤミン族は捕囚の憂き目にあわず、彼らの町、ギブオン、ミツバ、そしてペテルには、手がつけられなかった。それでもなお、民族はすっかりばらばらになった。それは捕囚であると同時に離散でもあった。

骨の谷 より

紀元前597年、バビロニアへ捕囚として最初に連行された指導者集団の中に、エゼキエルという知恵のある長老祭司がいた。最後のエルサレム包囲網のさなかに妻をなくし、バビロンに近いケバル河畔で、孤独のうちに暮らし生涯を終えた人物である。悲痛と絶望にさいなまされながら岸辺で佇(たたず)んでいるとき、エゼキエルは聖なる幻視を経験する。「北から激しい風が起こり、大きな雲が生じた。火が燃えて雲の周りに光を放っている。その中、火の中からは琥珀色のようなものがある」(エゼキエル書1章4節)。これを皮切りに、エゼキエルは何度も強烈な視覚的体験をする。そしてその荒々しい色彩と目眩(めくるめ)くような光を描写するため、必死に語彙(ごい)を求め、記述した。このような光と色の描写は、聖書の中で他に類を見ない。トパース、サファイア、ルビーの色を発し、強く弱く点滅し、光を放ち、輝き、きらめき、まぶしく、強い熱をおびて燃える。
エゼキエルが著したこの長編は、混乱していて、わかりにくい。夢幻的な描写が続き、恐ろしい光景、脅し、呪いと暴力に満ちている。エゼキエルは聖書の中で最も偉大な著作家の一人である。当時もその後も、一番人気が高い著作者の一人である。しかしその姿は、おそらく本人の意思にさえ反して、神秘的で謎に満ちている。なぜ自分はいつも謎を通して語らなければならないのかと、彼は自問する。
しかしこの風変わりで情熱的な人物は、根底に確固として強力なメッセージを持っていた。宗教的純粋さを通じてしか救済は得られないという思想である。長い目で見れば、国家も帝国も王位も問題ではない。神にはそのすべてを消滅させる力がある。本当に重要なのは、神が自分のかたちに造った被造物、つまり人間である。エゼキエルは神に導かれてある谷を訪れる経験について語る。谷は骨に満ちていた。神は問う。「人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか」。すると恐れおののくエゼキエルの眼前で、骨がカタカタと音を立てながら動きだし、1つにまとまってつながった。神は骸骨に筋と肉と皮膚をつけ、最後に息を吹き込む。すると「彼らは生き返り、自分の足で立った。彼らは非常に多くの群衆となった」(エゼキエル書37章1-10節)。
キリスト教徒はのちにこの恐ろしい情景を、死者のよみがえりの有様として解釈する。しかしエゼキエルとその言葉を聞く同時代人にとっては、イスラエル復活のしるしであった。ただし復活のあかつきには、かつてのどの時代より神に近く、神に依存するイスラエルでなければならない。すべての男女は神によって創造され、それぞれ神に直接責任を負い、生まれてから」死ぬまで一生、神の法に従う約束をする。もしエレミヤが最初のユダヤ人であったとするなら、ユダヤ教形成に力強い息吹を与えたのは、エゼキエルとその視覚的体験であった。
捕囚は必然的に、過去の部族社会との断絶を意味した。実際、10部族はすでに失われている。ホセア、イザヤ、エレミヤと同じように、エゼキエルは、ユダヤ人のうえに降りかかった災難が律法を破るという罪を犯したことに直接起因する逃れようのない結果だと、強く主張した。
    ・
このように、普通のユダヤ人は捕囚時代になって初めて、彼らの宗教を規則正しく実践するように訓導された。彼らを周囲の異教徒から明瞭に区別する割礼(かつれい)が、厳格に実施された。この行為は1つの儀式となり、ユダヤ人の冠婚葬祭の一部となる。

バビロニア天文学から採り入れた知識によって大幅に補強された安息日の観念は、ユダヤ人にとって1週間の焦点となった。安息日を表す「シャバト」という言葉から取られた「シャブタイ」は、捕囚時代に考案された新しい人命の中で、最も人気が高かった。

じじぃの「ジョン・レノン殺害事件・チャプター27!映画になった衝撃の実話」

チャプター27 予告編 -Chapter 27-

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=TxI_DCOTrW8

John Lennon is signing a record album for his killer

John Lennon's last photo sighting, seen with his killer: Enhanced images give

Mail Online
The time is 4pm on December 8, 1980, a mild day in New York.
As John Lennon leaves his home on Central Park West, he pauses to autograph a record album for a 25-year-old former security guard named Mark David Chapman, without a suspicion in the world.
The moment is caught on camera by Paul Goresh, one of the knot of hardcore Beatles fans always to be found loitering outside the Dakota Building, where Lennon lives on the seventh floor with his wife Yoko Ono and their five-year-old son Sean.
https://www.dailymail.co.uk/news/article-8371155/John-Lennons-photo-sighting-seen-killer-Enhanced-images-insight-murder.html

ライ麦畑でつかまえて』をネタバレ考察!中二病?な名作が愛される理由とは

●小説『ライ麦畑でつかまえて』のあらすじを簡単に紹介!
世界中で長年人気を博し続けている文学史上に残る名作と言えば、J・D・サリンジャーの『The Catcher in the Rye(キャッチャー・イン・ザ・ライ)』です。この作品は、売り上げ発行部数が世界で6000万部以上を超える作品で、その人気は現在も続いています。
本作は映画化もされたほどの人気作品で、なんと人気漫画『暗殺教室』にも登場。また、『攻殻機動隊』の「笑い男」の会話のなかでも、本作のセリフが何度も引用されています。さらに表紙の絵として、ピカソが使用されているものも存在します。そいったことからも、現在でもその人気が続いていることを伺い知ることができるでしょう。
●『ライ麦畑でつかまえて』は中二病小説!? それでも好きだと思わせる、すごい魅力
本作は、大人社会に対する純粋な子どもの反抗を描いた物語という意味で、中二病の青年を描いたことが特徴の小説と呼べるかもしれません。
大人になりきれない青年のわがままをそのまま描写しているだけ。中二病の心を持っているからこそ、社会に対して反抗的な態度を取り続ける主人公は、自堕落な生活を送りながらも、いつか自分はキャッチャーになりたいといえるのです。
しかし、そんな中二病的な内容だけが、本作の魅力というわけではありません。むしろ本当の魅力は、ホールデンという1人の高校生の「内面的葛藤」を描いていることなのです。
https://honcierge.jp/articles/shelf_story/6242

『映画になった衝撃の実話』

鉄人ノンフィクション編集部 鉄人社 2020年発行

チャプター27 ジョン・レノン殺害事件 犯人チャップマンが凶行に及んだ本当の理由 より

1980年12月8日夜、世界で最も偉大なミュージシャンの1人で、元ビートルズメンバーのジョン・レノンがニューヨークで殺害された(享年40)。犯人は熱心なジョンのファンだったマーク・チャップマンなる当時25歳の男性。彼はジョンの自宅ダコタハウス前で何時間も待ち伏せし、戻ってきたジョンの胸に容赦なく銃弾を放った。
いったい、犯行の動機は何だったのか。映画「チャプター27」は、チャップマンが凶行に至るまでの3日間の行動と心理を描写した作品である。
チャップマンがジョン暗殺に至った理由。それは、劇中では詳しく触れられない彼の半生に一因があるようだ。
チャップマンは1855年、米テキサス州に生まれた。父親は石油会社のサラリーマン、母は看護師。典型的な中流家庭だが、彼の父親は母や息子に日常的に暴力を振るう男だった。
心の傷を癒すためか、チャップマンは8歳のとき初めてビートルズを聴いて以来熱心なファンになり、中でもジョンに強い憧れと尊敬の念を抱く。
しかし、彼が拠り所にしていたのはビートルズだけではなかった。14歳でドラッグを覚え2年間にわたり薬に依存。何度も家でし、路上で暮らすような生活も送っていた。
1971年、高校に入学すると、キリスト教に目覚め、宗教活動に熱中するようになる。YMCAのサマーキャンプに参加し、子供から信頼と尊敬を集める自分。これぞ、彼が幼年期から求めていた己の姿だった。
しかし、大学に入ってから勉学に遅れを取り、当時付合っていたガールフレンドと破局。周囲とも上手く馴染めず、しだいに精神を病んでいく。
1977年、チャップマンは心機一転ハワイに移り住む。生活を変える気持ちが半分、残り半分は自殺願望で、実際、彼はホノルルで車の排気管ホースを口に咥え自殺未遂を図っている。

図書館でサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に出会うのは、そんな頃だ。インチキ社会に抵抗する主人公ホールデンが自分に重なった。一時期社会貢献をした業績を高く評価されたのに、なぜ自分は認められないのだろう。こうしてチャップマンは身勝手な悩みを深刻化させていく。

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どうでもいい、じじぃの日記。
1980年に元ビートルズメンバーのジョン・レノンがニューヨークで殺害されてからもうすぐ40年になる。
犯人は熱心なジョンのファンだったマーク・チャップマン。彼はジョンの自宅ダコタハウス前で待ち伏せし、戻ってきたジョンの胸に銃弾を放った。
ジョン・レノンを殺そうとした動機は『ライ麦畑でつかまえて』という一冊の本だったというから驚きだ。
アメリカは「銃社会」だ。毎年3万人が銃で亡くなっている。
ジョン・レノンというと、「イマジン」が思い浮かぶ。
芸術家の思わぬ死というのは、なにかもったいないという気がする。

じじぃの「歴史・思想_319_ユダヤ人の歴史・預言者・エレミヤ」

Babylonian Conquest and Destruction of the First Temple

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=xrmTw0WroQ8

The Babylonian invasion of Judah

ユダヤ人の歴史〈上巻〉』

ポール ジョンソン/著、石田友雄/監修、阿川尚之/訳 徳間書店 1999年発行

最初のユダヤ人エレミヤ より

イザヤのメッセージがエルサレム陥落の前に、人々の良心に浸透したことは疑いない。しかし破局が訪れる前の最後の数十年間、イザヤの力強い声に、彼ほど詩的ではなかったが同じように心を強く打つもう一人の預言者が加わった。このエレミヤという預言者については、捕囚以前に活躍した他のいかなる著作者よりも、多くのことがわかっている。説教と自伝を、書記の役をつとめた弟子バルクに口述筆記させたからである。
エレミヤの生涯は、祖国の悲劇的な歴史と密接に重なり合っていた。ベニヤミン族の一員、エルサレムのすぐ北東にある村の出身で、祭司の家に生まれている。ホセアの伝統に従い、また、ある程度イザヤの影響を受けて、紀元前627年に説教を始めた。エレミヤは民が恐ろしいほど罪深く、破滅に向かってつき進んでいると見た。「この民には強情で逆らう心がある」(エレミヤ書5章23節)。ホセアが感じたとおり、祭司であれ、書記、「賢人」、神殿の預言者であれ、既存の宗教指導者層の行動を待っている暇はなかった。「預言者は偽って預言をし、祭司は自分勝手に治め、わが民はそれを好む。しまいにお前たちはどうするのか」(5章31節)。
エレミヤはヨシヤ王のもとで着手された神殿主体の大宗教改革を、完全な失敗とみなした。そして紀元前609年に王が死んだ直後、神殿に行って改革を弾劾する激しい説教を行なった。このためもう少しで殺されそうになり、神殿の聖域に近づくのを禁じられる。彼の生まれ故郷の村人や、彼の家族までもが、彼に背を向けた。結婚もできず、そうしようともしなかった。
孤独と孤立の中で、エレミヤの著作の中に、今日であれば強迫観念的と呼べそうな兆候が現れる。「わたしが生まれた日は呪われよ」(20章14節)と彼は記す。「何故わたしの痛みはやむことなく、わたしの傷は癒えないのか」(15章18節)とも言う。「わたしに対して謀(はか)りごとをめぐらす」敵に囲まれているように、また「わたしは屠(ほふ)り場に引かれて行く子羊か雄牛のようだ」(11章19節)と、感じるのである。これらの記述には、根拠があった。エレミヤは説教を禁じられただけでなく、その著作物はすべて焼かれたのである。
エレミヤが嫌われたのは、もっともである。彼が「北からの敵」と呼んだネブカドネツァル王とその軍勢が日に日に増し、王国すべての人々が何とかこの災難から逃れる道がないものかと模索しているときに、エレミヤは敗北主義を説いているように見えたからである。民とその支配者たちとは自分たちの邪悪さゆえに、この危険を自ら招いたのだとエレミヤは言った。敵は神が怒りを表現する手段にすぎない。だから逆らってもしかたがない。この託宣(たくせん)は、縁起の悪い宿命論としか聞こえなかった。悲歎、泣き言を英語で「ジェレマイアド」と呼ぶのは、ここから来ている。
しかし同時代人は、エレミヤの主張のもう1つの側面、すなわち希望を抱く理由があるというメッセージを、理解できなかった。王国の滅亡はそもそも大したことではない。イスラエルは依然として神が選んだ民である。小さな民族国家の枠内にとどまらず、捕囚と離散の境涯にあっても、神が彼らに与えた使命を成し遂げることは十分可能であると、エレミヤは説いた。イスラエルと神との絆は、軍事的敗北によって揺らぎはしない。なぜならそれは目に見えず、したがって破壊することができない性質のものだからである。エレミヤは絶望を説いているのではなかった。まったく逆に、彼は同胞のイスラエル人に絶望に備え、それを乗り越える準備をさせたのである。どうしたら彼らがユダヤ人になれるかを、教えようとした。征服者の力に屈し、その支配に順応し、敵対関係の中で最善をつくし、神の正義の恒久的な確かさを、一人ひとりが心の中で大切にするよう説いたのである。
人々はこの教えを必要としていた。第1神殿時代が終わりに近づいていたからである。エレミアが神殿で説教をする3年前、アッシリア帝国は突如崩壊する。それによって生じた力の真空を、バビロニアの新勢力が埋めた。
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アッシリア人の北王国蹂躙とバビロニア人によるユダの攻略には、しかしながら1つ決定的な差があった。バビロニア人はアッシリア人ほど残虐でなかったのである。彼らは被征服地への植民を行なわなかった。東から異民族が移り住み、約束の地を異教の聖所で覆うということがなかった。貧しい人々、すなわちアム・ハ・アレツは、指導者を失ったものの、何とか自分たちの宗教を保つことができた。さらに588年に降伏したと思われるベニヤミン族は捕囚の憂き目にあわず、彼らの町、ギブオン、ミツバ、そしてペテルには、手がつけられなかった。それでもなお、民族はすっかりばらばらになった。それは捕囚であると同時に離散でもあった。多くの者が、北のサマリアあるいはエドムやモアブに逃れたからである。エジプトへ向かった者もいる。その中にはエレミア自身が含まれていた。
エルサレム最後の日々、エレミヤは非常な頑固さを見せ、勇気ある行動をとった。そして抵抗は無駄だ、ネブカドネツァルはユダの邪悪さを罰するために送られた神の代理人にすぎないと、繰り返し強調した。このため彼は拘束された。町が陥落したあと、エレミヤはそこに残って貧しい者たちと生活を共にしたいと望む。しかし市民の一団が彼を無理やり引きずっていって、エジプトの国境の彼方へ住み着いた。すっかり年老いたエレミヤは、そこで神の怒りを引き起こした罪を非難しつづけ、自分の信仰を「残れる者」、「わずかの者」に託す。いつの日か歴史が自分の言葉の正しさを証明する、彼らはそれを見届けてくれるはずだと確信しながら、エジプトの地で、その声はしだいにか細くなり、やがて沈黙が訪れた。エレミヤこそは、最初のユダヤ人であった。

じじぃの「ピンクイルカ・アマゾンのバーチャルライブツアーを自宅で楽しもう?夕刊フジ」

アマゾンでピンクイルカと泳ぐ①

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=fDMM1ANSN44

アマゾンのバーチャルライブツアーを

東京の自宅で楽しんだ

地球の裏側の秘境をリアルタイムで旅する!ブラジル・アマゾン発のバーチャルツアー

●今後のオンライン・ライブ・アクティビティの予定
今後は、アマゾン河へと飛び出すエコツアーを開催予定。
現地の人気No.1ツアーだった野生のピンクイルカに会いに行く「ピンクイルカ見学ツアー」は9月8日から毎週火曜日に、真っ黒なネグロ河とソリモンエス河というふたつの大河が合流する「二河合流点見学ツアー」は近日中の催行開始が決定しています。
https://news.arukikata.co.jp/column/travel-style/South_America/Brazil/MANAUS/133_837515_1598244017.html

夕刊フジ』 2020年9月12日発行

日系旅行会社が奮闘! アマゾンの「バーチャルツアー」人気 より

【執筆者】日本の元気 山根一眞(ノンフィクション作家)
新型コロナウイルスの感染者数が世界で3番目に多いブラジル。今年は久々にアマゾンに行きたいと思っていただけに現地の状況が気になっていた。
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コロナ禍で世界各国でバーチャルツアーが盛んになっているが、多くは録画した動画の配信だ。しかしマナウス市で日系旅行会社(ATSツール)を経営する友人、島準さんはあくまでもライブ配信を目指すと言う。
そりゃ、無理だろう、と最初は思った。アマゾンで書いた原稿を日本に送るのにとんでもない苦労をしたからだ。80年代、郵便局で、原稿を日本にファクス送信したいと依頼したところ、「なぜ電話線の中に書類が通るんだ?」と質問された。やむなくホテルのロビーで日本への帰国者をつかまえ、出版社あての原稿を託したこともあった。90年代には大型の衛星電話を持参し、何とか日本とコンタクトした。そんなアマゾンからのライブ配信というのだから、「隔世の感」どころではなかった。
ものは試しと数回のテスト版に参加したが、回を重ねるごとに機材が充実。ウソのようなアマゾンライブツアーが楽しめるようになった。そして先日から、びっくりするような映像が届き始めた。それは、アマゾン川に生息するピンクイルカのライブ映像だ。
アマゾンは3000万年前までは広大な海だったため、大型のエイやイルカなど海洋動物が生息している。試験ライブ映像では、アマゾン川の浮きロッジの脇で魚をかざすと、ピンクイルカが水中から大きく飛び上がる姿が写し出されたのだ。
アマゾンは日本人移住者が多いため、日系人ガイドさんも含めてライブツアーは日本語で行う試みだ。マナウス市内のオフィスにいる島さんが進行役で、アマゾンのウンチクもたっぷり披露。さらに、ピンクイルカが跳ねるアマゾン川の現地にいる日本語ガイドさんとのZoomでの2元中継になる。
そのライブ中、ピンクイルカの餌付けは10歳の少女が成功したのがきっかけだった、というエピソードが紹介された。アマゾンでは、イルカは若い男性に化けて現れて若い女性を水に引きずり込むので、男が生臭いと感じたら近寄るなという言い伝えがある。そのため少女の母親は、当初は少女とイルカとの交流を制していたが、やがて餌付けのノウハウが広がり人気の観光資源になったらしい。そんないい話を聞きながらの50分、地球の反対側で跳ねるピンクイルカの姿に見入ってしまった。
このライブツアー、いくつかメニューがあるが料金は20ドル。採算がとれるのか心配だったが、アマゾンへ開いた「どこでもドア」として人気を集めているという。

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どうでもいい、じじぃの日記。
9月12日発行 『夕刊フジ』に、「日系旅行会社が奮闘! アマゾンのバーチャルツアー人気」が載っていた。
家にいながら、アマゾン川に生息するピンクイルカと遊ぶ。
認知症まがいのじじぃも遊んでみたいです。