じじぃの「科学・地球_579_心の病の脳科学・DNAのメチル化」

環境科学特別講座-研究最前線からの報告- 13 ピックアップ[2] エピジェネティックスとは?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Pmr5AtUkuPY

がん細胞や生殖細胞内で転移し続けるLINE-1について研究


DNAメチル化


レトロトランスポゾン「LINE-1」がDNA上を移動するメカニズムを解明-京大ら

2019年09月03日 QLifePro 医療ニュース
生物のDNA配列の中には、「がらくたDNA」とも呼ばれる、まだ存在意義のよくわからない配列が多く存在している。
がらくたDNAは潜在的に細胞の恒常性、寿命・発生・分化過程、あるいはある疾患へのかかりやすさなど、今後の生命科学においてパラダイムシフトにつながるさまざまな情報を含んでいると考えられている。ほとんどの生物のがらくたDNAの中には「転移因子」とよばれる配列が存在し、DNA上のある場所から別の場所へと移動するという性質をもっている。ヒトでは約45%のDNA配列が転移因子から構成されているが、それらのほとんどは太古の昔に転移した残骸や既に転移する能力を失った配列として残されている。
しかしLINE-1やSINEと呼ばれる配列の一部は、現在でも生殖細胞、発生の初期段階、神経前駆細胞やがん細胞内で転移し続けており、転移の分子メカニズムはまだよくわかっていない。転移因子の存在は集団内の遺伝的多様性を生み出す原動力になり生物の進化を促すと考えられる一方で、短期的には疾患の原因となるDNA変異を生み出すことになる。
https://www.qlifepro.com/news/20190903/line1.html

DNAメチル化

ウィキペディアWikipedia) より
DNAメチル化とは、DNA中の塩基の炭素原子にメチル基修飾が付加される化学反応である。
真核生物から原核生物、ウイルスに到るまで、生物に広く見られる。特に真核生物の場合、CpG アイランド部分などのゲノム領域でよく見られ、エピジェネティクスに深く関わり複雑な生物の体を正確に形づくるために必須の仕組みであると考えられている。
がんの形成や進行にも関わっていると考えられている。

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ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか

【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?
第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係

第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは

第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか
第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ

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『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』

林(高木)朗子/著、加藤忠史/編 ブルーバックス 2013年発行

第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは より

ゲノムの中を飛び回る転移因子LINE-1とは

近年、塩基配列を高速で解読する次世代シーケンサーや、1個の細胞に含まれる極微量の核酸解析技術の登場により、体細胞変異を高精度に同定することが可能になってきました。

中でも、「LINE-1(ラインワン/Long interspersed nuclear element-1)」というゲノムの中を飛び回る転移因子による体細胞変異が同定されています。転移因子は、ゲノムのほかのDNA領域に入り込む(これを転移といいます)ことのできる塩基配列であり、ヒトゲノムの約45%は転移因子や、これらの残骸で占められています。
転移因子には多くの種類がありますが、私たちが注目しているLINE-1はヒトゲノムの約17%を占め、1つの細胞に中に数十万コピーも存在します。タンパク質をつくる普通の遺伝子は、両親由来の2コピーしか存在しないことを考えると、膨大な数のLINE-1が存在するのがお分かりになるかと思います。

ただしほとんどのLINE-1は突然変異などによってその機能を欠損しており、100コピー程度のLINE-1が、現在のヒトゲノムでも転移能力を保持していると考えられています。

DNAのメチル化が、転移頻度の上昇を引き起こす?

では、どのような仕組みで、患者さんでは脳の神経細胞ゲノムでLINE-1の転移頻度が上昇するのでしょうか。LINE-1の転移頻度は、DNAメチル化による転写の抑制、転写抑制因子の結合による転写抑制、転写されたLINE-1産物の迅速な分解、翻訳されたタンパク質の活性抑制や分解など、宿主の細胞によって何重にも厳密に抑制されています。このうち、抑制メカニズムの基盤となるものは、転写を抑えるDNAのメチル化だと考えらています。

私たちは、母体免疫の活性化や炎症によってLINE-1のDNAメチル化状態が変化することは、転移頻度の上昇につながっているのではないかと考えています。

また、22q11.2欠失領域には、統合失調症の原因に関連すると考えられる遺伝子やRNA代謝に関わる遺伝子などが多数含まれています。2欠失領域に含まれる遺伝子が、転移頻度を調節する役割を持っている可能性が考えられます。詳細な分子メカニズムの解明は今後の課題です。

健常者の脳でも新規転移が見られる理由とは

興味深い点は、健常者の脳でも一定頻度でLINE-1の新規転移が生じていることです。LINE-1の新規転移が、脳の発達や機能の維持にどのような意義も持つのかは、まだ明らかにされていません。

1つの仮説として、脳神経系の細胞に見られる形態や機能の驚くべき多様性に、LINE-1の新規転移が貢献している可能性が考えられます。また、記憶や学習、認知機能といったさまざまな高次機能の形成や高次機能の個人間差異にも影響を与えているかもしれません。
動く遺伝因子の研究は、精神疾患の原因解明のみならず、脳科学における普遍的な課題にアプローチできると考えて、私たちは研究を進めています。