じじぃの「科学・地球_136_がんとは何か・がんと老化の複雑な関係」

老化細胞は加齢とともに蓄積する?細胞の老化と発癌の関係(前編)【YOBO-LABOコラボ】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ut6no7meVIM

細胞の老化

老化関連疾患の予防,治療法の開発に向けた「老化と糖鎖」

2018年10月25日 生化学
老化とは,生物の一生において,成熟期を迎えてから死に至るまでに起こる変化として,加齢に伴った生理機能の衰退など機能低下の過程を指す.動物個体における老化の原因はいまだはっきりと解明されておらず,プログラム説や活性酸素説など複数の要因が考えられている.
培養細胞を用いた研究から細胞レベルでの老化(細胞老化)が知られ,がんをはじめとする老化関連疾患や個体老化と深く関わる現象として研究されている.生体組織から取り出した細胞をin vitroで培養すると,細胞分裂の回数に限界があり(ヘイフリック限界),染色体末端のテロメア長の短縮が原因とされる.分裂回数の限界に達し,細胞増殖が停止した細胞が老化細胞である.また,酸化ストレスなどのさまざまなストレスが原因で,テロメア長に依存しない老化(ストレス老化)も知られている.このように老化した細胞の共通な特徴として,細胞周期の恒久的停止,細胞の巨大化と扁平化,そしてsenescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれる炎症性サイトカインなどの種々の生理活性因子の産生増加の現象が知られている(図1).
https://seikagaku.jbsoc.or.jp/10.14952/SEIKAGAKU.2018.900719/data/index.html

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで

編:国立がん研究センター研究所
いまや日本人の2人に1人が一生に一度はがんにかかり、年間100万人以上が新たにがんを発症する時代。
高齢化に伴い、今後も患者は増加すると予測されるが、現時点ではがんを根治する治療法は見つかっていない。しかし、ゲノム医療の急速な進展で、「がん根治」の手がかりが見えてきた。世界トップレベルの研究者たちが語ったがん研究の最前線
第1章 がんとは何か?
第2章 どうして生じるか?
第3章 がんがしぶとく生き残る術
第4章 がんと老化の複雑な関係
第5章 再発と転移
第6章 がんを見つける、見極める
第7章 予防できるのか?
第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療

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『「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで』

国立がん研究センター研究所/編 ブルーバックス 2018年発行

第4章 がんと老化の複雑な関係 より

テロメア長を維持するテロメラーゼの発見

1986年、ヒト細胞の性染色体の末端DNAが体細胞では短くなっていることがはじめて報告され、その後、エリザベス・バラックバーンの教室の博士研究員だったキャロル・グライダーの研究で、ヒトの体細胞において、テロメアの長さと細胞の分裂回数との間に密接な相関関係があることが明らかになりました。テロメアの長さは細胞分裂のたびに短くなり、一定の長さになると分裂を停止するのです。つまり、テロメアの長さが細胞の分裂回数を規定しており、テロメアは「細胞分裂時計」としての役割を果たしていると考えられるようになりました。
正常細胞では細胞分裂ごとにテロメアが短くなっていく、最終的に分裂が停止するのに対し、がん細胞ではこのような現象は起こりません。多くの研究者は、がん細胞では、テロメアを長くする、あるいはテロメアを短くしないような酵素が働いいるのではないかと考え、未知なる酵素の探索を始めました。
テロメアを復元する酵素「テロメラーゼ」を最初にみつけたのはバラックバーンたちでした。テロメアの構造を明らかにしてすぐに、繊毛虫のテトラヒメナを用いた研究で、テロメラーゼの精製に成功したのです。この酵素RNAユニットを含み、テロメアに特異的にDNA配列をつけ加える特殊な酵素(逆転写酵素)でした。バラックバーンとグライダーは、テロメアとテロメラーゼの研究で2009年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています(ジャック・ゾスタックも共同受賞)。
ヒトでは、ヒーラ細胞(ヒトの子宮頸がんの組織から分離され、培養され続けている株細胞)を用いた研究で初めてテロメラーゼが発見され、同時にヒトの細胞を用いてテロメラーゼ活性を検出する方法が開発されました。その後、テロメアの長さとヒトの体細胞の分裂可能回数に相関があることがみいだされ、さまざまなヒト細胞でのテロメラーゼの活性が詳しく調べられました。
その結果、がん細胞以外では、生殖細胞や幹細胞といった未分化の細胞でテロメラーゼ活性が高く、長いテロメアが維持されていることがわかりました。一方で分化した体細胞ではテロメラーゼ活性はほとんどみられず、テロメアの長さは分裂ごとに短くなっていきました。こうして、細胞が分裂して分化が進むにつれ、テロメラーゼの活性を失い、テロメアは短くなっていくモデルが確立されました。

細胞老化の原因はテロメア短小化だけではない

閉塞感のあったテロメア研究が新たな局面を迎えた頃、冒頭で述べた「細胞老化」と「個体老化」をつなぐミッシングピースの手がかりも出てきました。
当初、テロメアの長さが「細胞の老化」を規定していると考えられていましたが、テロメアの長さとは関係なく、何らかの危機に直面したときに細胞老化が誘導される場合があることがわかってきたのです。
このような細胞老化を「ストレス老化」といいます。ストレス老化として、最初に報告されたのが、「がん遺伝子による細胞老化」です。
何となく矛盾を感じませんか? これまでの解説では、正常細胞でテロメアが短くなると細胞老化が起こり、一方でがん細胞ではテロメアを短くしないため(いいかえれば細胞老化にならないように)テロメラーゼが働いていて細胞が不死化していると解説しました。この説明に当てはめて単純に考えると、がん遺伝子はがんを引き起こす遺伝子であるのだから、細胞老化を引き起こさないはずです。
しかし実験結果は異なりました。がん遺伝子を「大量に」発現させると、若返りどころか、細胞老化が起きたのです。このとき、世界中の細胞老化の研究者たちは考えました。これまでは、”短いテロメア”が細胞老化を引き起こす唯一無二の原因と考えてきたが、実は、他にも正常細胞に細胞老化を引き起こす原因があるのではないかと……。
こうした見立てで研究を進めると、細胞に「極度のストレス」を与えると、細胞老化が起こるという報告が次々にあがってきました。
2000年、セル誌に「カルチャーショック(ストレス)が細胞を老化誘導する」という興味深い論文が発表されました。当時行われていたさまざまな老化研究をリサーチして、細胞培養自体がストレスになって細胞老化が起きているのではないか、と推論したのです。この総説は、培養細胞で老化研究をしている科学者たちの間で大変な話題になりました。
英語でも日本語でも、カルチャーショックは、異なる文化に接した時に生じる不安・衝撃などを指しますが、この論文でいうカルチャーショックは、「シャーレ上での培養」を指しています。日本語の培養は、英語でcultureです。
すなわち、この論文ではカルチャーショックになぞらえて、細胞には「培養自体」がストレスになる と分析したのです。
細胞にとってストレスになるのは、細胞培養だけでなく、DNAの損傷や活性酸素、熱、培養中の酸素濃度などさまざまなものがあります(画像参照)。

あらためて、なぜ年をとると発がんリスクが上がるのか

近年の注目を集めているのがSASP(Senescence-associated secretory phenotype)と呼ばれる現象です。これは、簡単にいうと、細胞老化を起こした細胞から、外部に液性因子が分泌され、近傍の細胞や、血液に乗って運ばれることで遠隔臓器に影響を及ぼすという現象です。液性因子とは利き慣れない用語ですが、内分泌器官から分泌されるホルモンのようなものを、老化細胞が分泌していると考えて下さい。
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生体内に蓄積した老化細胞はただおとなしく存在しているわけではなく、さまざまな液性因子を細胞外に分泌しています。近年の研究で、老化細胞から分泌される液性因子は炎症を引き起こしたり、がん化を促進することがわかってきました。こうした老化細胞の分泌現象をSASPと呼びます。
炎症というと、風邪による発熱や、喉の痛み、歯の痛み、捻挫などの外傷にともなう痛み、などの「急性炎症」をイメージされる方が多いと思いますが、ここでいう炎症は「慢性炎症」という長く続く静かな炎症を指します。最近の研究ではこの慢性炎症が発がんないしはがんの悪性化に強くかかわることがわかってきました。
2013年、がん研究会がん研究所の研究グループは、肥満にともない肝細胞がんが発症するマウスモデルを用いて、実際に老化細胞が周囲の細胞のがん化を促進していることを明らかにしました。
報告によると、マウスが肥満化すると、胆汁酸を産生する腸内細菌が増え、その結果、胆汁酸の分泌が亢進し、それが原因で肝星細胞(肝臓内にある線維芽細胞)が細胞老化を起こしたといいます。そして、細胞老化を起こした肝星細胞は、発がん促進作用を有する炎症性サイトカインを含むSASP因子(細胞老化関連分泌因子)を分泌し、周囲に存在する肝臓の実質細胞のがん化を促進していました。ヒトの肥満による肝細胞がん発症でも、同様のメカニズムが関与している可能性が示唆されています。
肥満と炎症が結びつかない方もいらっしゃるかもしれませんが、最近は、肥満は慢性炎症を代表する生体内環境と解釈されています。実際、疫学的にも肥満になると肝細胞がんを含むさまざまながんの発症率が上がることが知られています。