じじぃの「カオス・地球_213_免疫超入門・第7章・老化は免疫で止められるか」

脳科学の達人2022】三浦 恭子「不老長寿!?がんにならない!?社会性げっ歯類ハダカデバネズミ

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Y1fmRJAk8vA

図7-1 動物の寿命


老化やがんが少ない、長寿のハダカデバネズミ

2023.11.16 吉村昭

マウスの寿命がせいぜい3年程度なのに対して、ハダカデバネズミは観察された最大寿命が37年以上と長寿です。
ハダカデバネズミは、がんをはじめ老化に関連する疾患が起こりにくいことが知られています。ハダカデバネズミは、突然変異蓄積率が低いこともわかっています。
では、なぜハダカデバネズミは突然変異が少ないのでしょうか? 
https://gendai.media/articles/-/119097?page=3

細胞老化と慢性炎症

日本老年医学会 より
ヒトの正常な体細胞には分裂可能回数に限界がある。1961年に Hayflickらはヒトの体細胞を継代培養することでこの分裂限界の存在を発見した。
この分裂限界に向かって進行する細胞の変化は「細胞老化」と呼ばれ,古くから個体老化やがん抑制の基礎機構として働いている可能性が指摘されてきた。しかし,アポトーシスとは異なり,細胞老化を起こしても細胞が死滅するわけではないので,細胞老化を起こした老化細胞が長期に渡り生体内に存在し続けることが予想される。
近年,細胞老化を起こした細胞から,炎症作用や発がん促進作用を有する炎症性サイトカインやケモカイン,細胞外マトリクス分解酵素などの様々な因子が分泌され Senescence-associated secretory phenotype(SASP)と呼ばれる現象を起こすことが明らかになった。このため,加齢とともに生体内に老化細胞が増えると,老化細胞から分泌される SASP 因子を介して周囲の組織に慢性炎症や発がんが引き起こされていると考えられる。細胞老化はがん抑制と発がん促進の両方に働いていると考えられる。

                    • -

免疫「超」入門 「がん」「老化」「脳」のカギも握る、すごいシステム

【目次】
第1章 人類の宿命・病原体と免疫の戦い
第2章 ヒトに備わった、5つの感染防御機構
第3章 病原体との攻防
第4章 自己を攻撃する免疫――アレルギーはなぜ起こるのか
第5章 炎症とサイトカイン――さまざまな病気と免疫
第6章 免疫とがん

第7章 老化を免疫で止められるか

第8章 脳と免疫の深い関係

                    • -

免疫「超」入門 「がん」「老化」「脳」のカギも握る、すごいシステム

吉村昭彦/著 ブルーバックス 2023年発行

パンデミックによって感染症や免疫に関する情報を目にすることが多くなり、私たちの知識も増えたように見える。ただ、そこで出てきた情報は、曖昧なものや誤った情報、感情的なものなどもあり、玉石混淆ともいえる。
本書ではあらためて、ウイルスなどの病原体がどのように感染を起こし、免疫がどのように働くのか、その複雑なしくみを、基本から正しくわかりやすく解説する。

第7章 老化を免疫で止められるか より

なぜ細胞は老化するのか
老化細胞とは、細胞増殖を止めて、刺激に反応しない状態になった細胞をいいます。そもそも細胞の老化は、なぜ起こるのでしょうか?

細胞には寿命があり、各組織では死んだ細胞の不足を補うために、組織幹細胞が分裂して成熟細胞を生み出しています。細胞が分裂するたびにDNAは複製されるのですが、そのときにエラーも起きます。また染色体の末端にはテロメアというDNAの特殊な構造があり、分裂のたびに短くなります。テロメアが短くなり過ぎると、DNAの複製に問題が生じます。動物の体細胞を培養する場合、分裂回数が上限を超えると増殖しなくなります。ヒトでは50回程度です。この現象は「ヘイフリック限界」と呼ばれ、DNA損傷の蓄積やテロメア短縮が原因ではないかといわれています。

肝臓の肝実質細胞のように、寿命が長く、滅多に分裂しない細胞もあります。そういう寿命の細胞でも。放射能や紫外線、ミトコンドリア由来の活性酸素(酸化ストレス)、あるいは炎症が起きた際の白血球からの活性酸素などによって、DNAが損傷をうけます。そうしたエラーや損傷を修復するための酵素が多数存在しているのですが、修復が追い付かなければ突然変異となって、がん細胞の出現につながります。

DNAが損傷を受けるとp53と呼ばれる分子が誘導されます。p53はp16やp21と呼ばれる細胞周期を止める分子を誘導し、細胞の増殖を止めるのです。細胞老化は、損傷したDNAの修復ができずに突然変異が起きてしまっても細胞増殖を止めてがん化しないようにする仕組み、ともいえます。とはいえ、DNAに変異や損傷が起きることは避けられません。

最近、いろいろな動物について腸の細胞のDNA変異と寿命との関連を調べた研究の報告がありました(図7-1 画像参照)。
結果は明白で、体細胞の突然変異率が高い動物ほど寿命が短い、というものです。突然変異が起こりやすい動物ほど、年齢とともに変異が蓄積していくため、寿命が短くなるのです。がん細胞と同じく老化現象もDNA損傷や修復のエラーで出現し、そのような細胞が多いほど老化が進み、寿命が短いと考えられます。

この論文の中で興味深い動物が取り上げられています。ハダカデバネズミです。
このネズミは、アフリカのサバンナの地下にトンネルを掘って暮らす、マウスと同じくらいの大きさの齧歯類です。マウスの寿命がせいぜい3年程度なのに対して、ハダカデバネズミは観察された最大寿命が37年以上と長寿です。ハダカデバネズミは、がんをはじめ老化に関連する疾患が起こりにくいことが知られています。図7-1でも、ハダカデバネズミの突然変異蓄積率が低いことがわかります。

では、なぜハダカデバネズミは突然変異が少ないのでしょうか?
熊本大学の三浦恭子教授らのグループは、発がん性化学物質をマウスとハダカデバネズミに投与して、がんの発生頻度や組織の状態を比較検討しました。その結果、マウスは半年以内にほぼ全例がんを発症したのに対し、ハダカデバネズミは2年以上の長期にわたって1例もがんの発生が見られませんでした。

両者の大きな違いは、化学物質を投与した部位での炎症で、マウスに比べてハダカデバネズミでは炎症が低く抑えられていることがわかりました。炎症は、がんの発生の促進に働くことがわかっています。なぜハダカデバネズミでは炎症が起きないのでしょうか。
三浦教授らは、ハダカデバネズミの遺伝子を調べて、炎症のトリガーとなる「細胞死」を起こす遺伝子が機能を失っていることを突き止めました。細胞が死んで炎症を誘導することは第2章で触れました。つまり、過剰な炎症ががんの発生を促進したり、寿命を短くしたりしていると考えられます。

免疫制御は老化や健康寿命を変えるか!?
では、T細胞の老化を止めて健康長寿を維持できる方法があるのでしょうか? ヒトに応用できなければ意味がありません。

免疫老化に伴ってSASP因子が増加し、さまざまな老化関連疾患が増えるのであれば、老化細胞除去のほかSASP因子の除去も老化抑制に有効と考えられます。

例えば、SASPとして知られる炎症性サイトカイン腫瘍壊死因子α(TNFα)の機能を阻害する生物製剤は広く関節リウマチや炎症性腸疾患で使用されています。TNFα中和抗体を処方された患者では、インスリン抵抗性の改善やアルツハイマー病の発症リスクの低下が認められた、と報告されています。

しかしTNFα中和抗体の投与により結核帯状疱疹のリスクが上昇することもあり、寿命そのものを延長するかどうかは不明です。
    ・
カロリー制限は、多くのモデル生物において、老化を防止し、寿命を延長させることが知られています。マウスなどの哺乳類でも、実験室では寿命を延長させる効果があるとされています。興味深いことに、マウスではカロリー制限によって胸腺の萎縮が止まることが報告されています。

ヒトでも同様の実験がなされ、2年間カロリー制限をしたら普通食の人たちよりも胸腺が大きく、ナイーブT細胞の数も多かったと報告されています。残念ながら、この人たちが長生きしたかは記載されていません。しかしカロリー制限で免疫老化を止められる可能性が示されました。ただしカロリー制限はストレスにもなり、最適条件を見つけることが難しいと思われます。

このように、免疫老化と心血管疾患、動脈硬化症、糖尿病などの慢性炎症、臓器の機能低下、そして全身の老化には密接な関係があることは疑いないと考えられています。適切な免疫制御が老化の阻止や寿命の延長に寄与することは十分期待できます。何よりも免疫細胞は、輸血のように外から投与することも可能です。将来、老化したT細胞をiPS化して試験管の中で若いT細胞につくり変えて投与することも可能になるかもしれません。
「免疫と老化」の研究は、安全に健康寿命を延ばす方法の開発につながることが大いに期待できます。

老化における最大の問題の1つが認知症などの脳の老化に関連する疾患です。これについては次の章でお話しします。