【トランプ氏】“サプライズ登場”に支持者熱狂 共和党大統領候補に正式指名
トランプ候補の集会に集まった人々
【寄稿】トランプ旋風を支える米国の新下流階級
2016年2月15日 WSJ
トランプ旋風に困惑しているあなた、ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領候補に指名されなければ騒ぎは収まるだろうなどという甘い考えを持ってはいけない。
トランプ旋風は米国がこれまでたどってきた道のりに対して多くの米国人が感じている当然の怒りの表れであり、起こるべくして起きた現象である。歴史的なナショナルアイデンティティ(国民意識)の喪失という半世紀前から続いてきたプロセスが最終段階に到来したのだ。
https://jp.wsj.com/articles/SB11865717880025093900504581541353800594690
『アメリカ大統領選』
4年に一度の政治のリニューアル。最古のデモクラシーであるアメリカ大統領選のイロハから、活力漲る予備選・本選での現場ルポ、二極化する現代社会の縮図としての大統領選の闇までを描く。トランプ大統領の再選を占う選挙を控え、第一線の著者たちがその見どころを示す。
(この本は2020年11月のトランプ対バイデンの大統領選挙、1ヵ月前に出版された)
第2章 予備選の現場を歩く 立候補表明 より
トランプ支持者の異なる受け止め
当時トランプに当選の可能性があると思っていた報道関係者は少なかったことだろう。
ところが、この演説を聴いて即座に支持を決めた人々がいた。
「オレは彼が気に入ったよ。出馬の演説で支持を決めた」
中西部オハイオ州の製鉄所で38年ほど働いて引退した男性ジョセフ(当時61)は、トランプの出馬演説を聴いて支持を決めた。投開票日の半年以上前、2016年3月に筆者に次のような趣旨で語った。
「オレは間もなく62歳になる。社会保障(年金)の受給が始まる。トランプを支持するのは、社会保障を削減しないと言ったからだ。ほかの政治家は削減したがっている。受給年齢を70歳まで引き上げる提案をしている政治家までいる。オレは、そんなことを言う政治家が嫌いだ」
ジョセフは、高校在学中の15歳から製鉄所の食堂で働き始め、18歳で年齢制限をクリアすると製鉄所に移り、最もきつい作業で知られる溶鉱炉に入った。基幹産業が廃れた「ラストベルト」地域の、ど真ん中を歩んだ肉体労働者だった。現役時代に身体を酷使してきたことから呼吸器系や膝、腰に持病を抱えている人が多い。40~50歳代で早世した元同僚もいる。彼らには、長年の勤労で社会保障を「つかみとった」という意識も強い。そういう認識で、大統領候補者の言動を注視している。
メディアで発信する記者や評論家とは視点、関心が異なる。
筆者も例外ではない。「トランプが出馬演説で社会保障の保護を約束した」とジョセフに指摘されるまで、気付かなかった。演説を聴いたのに記憶にない、のである。トランプの出馬表明を改めて聴いてみた。すると、トランプは確かに社会保障に2回、言及していた。
「私のような誰かが国家に資金を取り戻さないと、社会保障は崩壊しますよ。他の人々はみんな社会保障を削減したがっているが、私は削減しません。私は資金を呼び込み、社会保障を救います」
「メディケア(高齢者向けの公的医療制度)やメディケイド(低所得者向け公的医療制度)、社会保障を削減なしで守らないといけません」
トランプは、財源をどう確保するかに触れず、「社会保障制度を維持する」という単純メッセージを繰り返しただけ。巨額の財源を必要とする社会保障制度の保護を訴えながら、同時に「最大の減税」も公約しており、どう両立させるかは何も説明していない。それでもジョセフにはメッセージが響いていた。大統領選の鍵を握ったラストベルトの労働者へのメッセージに、トランプは、大幅減税や現行の自由貿易協定への批判だけでなく、社会保障制度の保護もしっかりと盛り込んでいた。
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トランプが労働者階級にメッセージを送っていたことは明らかだった。労働組合に所属し、民主党支持の傾向が強かった労働者たち。そんな彼らに対し、トランプは出馬時点から「私を支持するために共和党に移ってきてください」と呼びかけていたのだ。