環境科学特別講座-研究最前線からの報告- 13 ピックアップ[2] エピジェネティックスとは?
エピジェネティクス・マークは分子の
ふせんのようなもの。
NHKスペシャル シリーズ人体Ⅱ「遺伝子」第2集 "DNAスイッチ"が運命を変える
2019年5月12日
今、遺伝子の研究で最もホットな分野の一つが"DNAのスイッチ"、専門的には「エピジェネティクス(後成遺伝学)」と呼ばれるものです。なんとDNAにはまるで「スイッチ」のような仕組みがあり、その切り替えによって遺伝子の働きががらりと変化。さまざまな体質や能力、病気のなりやすさなどが変わり、私たちの運命や人生までも左右するというのです。
どうすればDNAのスイッチが切り替わるのでしょうか?
その詳しいメカニズムはまだ研究途上ですが、食事や運動などによって「DNAメチル化酵素」の量などが変化し、スイッチが切り替わることが分かってきています。特に影響が大きいと考えられているのが、生活習慣によるスイッチの変化です。
そしてさらに、「DNAメチル化酵素」を薬でコントロールしようという研究も進んでいます。特にがん研究の分野では、ジョンズ・ホプキンス大学で、世界に先駆けて臨床試験が進められています。DNAに直接作用する、新たな薬を開発。従来の治療法では効果の見られない、重い肺がん患者に投与します。
https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_972.html
遺伝子のふせん
適切な時に適切な場所で遺伝子のスイッチを入れるだけではじゅうぶんではない。細胞は、どの遺伝子を活性化させ、どの遺伝子を静止させておくべきかを記憶する必要がある。
遺伝子は、特別なDNA配列(エンハンサー)に結合した転写因子というタンパク質によって活性化される。転写因子がスイッチとして働き、遺伝子を読み取る機構に作用して、遺伝子のRNAへの転写を開始させる。DNA塩基配列にコード化された遺伝子のデータの上にもう1つ複雑な層があり、これはエピジェネティクスと呼ばれる。
遺伝子のDNA配列がタンパク質をつくるレシピとして働くとすれば、ゲノム内のエピジェネティクス情報は、どこにある遺伝子を使うべきか細胞に思い出させる一連のふせん、あるいは蛍光ペンのようなものだ。細胞のなかには、おもに2種類のエピジェネティクス・マークがある。ヒストン修飾(DNAを収納しているタンパク質についた分子の”タグ(目印)”と、DNAメチル化(DNA自体の化学的修飾)だ。
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DNAは、アデニン(A)、シチシン(C)、チミン(T)、グアニン(G)の4つの反復する化学塩基(文字)からなっている。1940年代に、研究者たちは通常のシトシンに加えて、5-メチルシトシンまたはmeCと呼ばれる(単にDNAメチル化と呼ばれることも多い)わずかに異なる形も存在することを発見した。これにはメチル基という小さい化学的な目印がついている。この改変型は、ヒトゲノム内のDNA塩基全体の約1パーセントを占めている。
重要なのは、このmeCの文字が、遺伝子全体にでたらめに散らばっているのではなく、ごく限られた場所に見出されていることだ。科学者たちは膨大な時間をかけて、がんなどの病気を含め、さまざまな組織と器官でのmeCのパターンを詳細に調べて、多様な人のメチル化パターンを比較した。主として、DNAメチル化は、ゲノムの非コード領域、特にはるか昔に機能を失ったウイルス様反復配列(レトロエレメント)を含む部分に生じやすい。科学者たちは、こういう配列がゲノム内を飛び回って損傷を与えたり、偶発的に遺伝子を活性化させたりするのを、メチル化が防いでいるのではないかと考えている。
エピジェネティクスとがん より
細胞の分裂と死滅を制御する遺伝子の変化は、がんの大きな原因になるが、腫瘍が重要な遺伝子でのDNAメチル化やヒストン修飾を含むエピジェネティクス修飾の様式を変えることが、現在明らかになっている。
研究者たちは現在、これらのマークの変更あるいはリセットを目的とした薬を開発し、試験を行っている。そういう薬は、数種類の腫瘍(特に血液のがん)の治療に有望な結果を示している。興味深いことに、2015年のある研究では、DNAメチル化を除去する薬が細胞をだまして、特定の遺伝子におけるメチル化のマークを変えたのではなくウイルスに感染したと思わせることで、うまく働くことが示された。もちろん、エピジェネティクス治療ががん治療の柱になるまでの道のりはまだ長いとはいえ、これは刺激的な成長分野だ。