じじぃの「科学・地球_138_がんとは何か・おしゃべりながん細胞」

講演2「がんの増殖を抑える小さな分子、マイクロRNA」稲澤 譲治(東京医科歯科大学難治疾患研究所 教授)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ibK0Psi0sEQ

図1.エクソソーム/マイクロRNAによる

細胞間コミュニケーションと疾患とのつながり

聞き逃せない、細胞同士のおしゃべり?! がんや免疫、メンタルをも制御するマイクロRNAとエクソソームの新潮流

2020年11月16日 prtimes
2009年以降、「miRNA・エクソソームの解析」関連特許が最も多く、全体ののべ25%にあたる4,519件が該当しました。次いで、「がん」関連特許が10%を占めています。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000148.000007141.html

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで

編:国立がん研究センター研究所
いまや日本人の2人に1人が一生に一度はがんにかかり、年間100万人以上が新たにがんを発症する時代。
高齢化に伴い、今後も患者は増加すると予測されるが、現時点ではがんを根治する治療法は見つかっていない。しかし、ゲノム医療の急速な進展で、「がん根治」の手がかりが見えてきた。世界トップレベルの研究者たちが語ったがん研究の最前線
第1章 がんとは何か?
第2章 どうして生じるか?
第3章 がんがしぶとく生き残る術
第4章 がんと老化の複雑な関係
第5章 再発と転移
第6章 がんを見つける、見極める
第7章 予防できるのか?
第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療

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『「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで』

国立がん研究センター研究所/編 ブルーバックス 2018年発行

第6章 がんを見つける、見極める より

がん細胞のおしゃべり”miRNA”に耳を傾ける

薬物や手術方など医療に関する技術を開発するのは、まず基礎研究が行われます。がんをみつけ、見極めるための診断法の開発の場合も同じで、がん細胞やそのゲノムの情報を調べ、がんがどのように発生し成長し転移するのか、そのメカニズムを分子レベルで明らかにするところから始まります。国立がん研究センターは、ゲノムの塩基配列がどのように変わっているか(変異)や、ゲノムにどのような化学修飾がついているか(エビゲノム)を調べ、それが特にがんの転移にどう関連しているのかを解明しようとしています。がんの転移を止められたら、多くの患者を救うことができます。止められなかったとしても、ほかの臓器に転移が広がるのをある程度コントロールできれば、延命が可能になります。
こうした基礎研究のなかで最近、がん細胞は”おしゃべり”だということがわかってきました。しかも、そのおしゃべりの内容というのが、ほかの細胞に自分の味方になってくれるように働きかけたり、自分を攻撃しようとしてくる免疫細胞をだまして攻撃を回避したり、いろいろと悪だくみをもちかけているようなのです。これには驚いてしまいますが、このような悪さができるのは、がん細胞が私たちの正常な細胞が変化したもので、同じ言葉を使っておしゃべりしているからです。
「がんのおしゃべり」といっても、もちろん実際にしゃべっているわけではありません。細胞が発した声のような物質が血液中に流れていて、それをみることで、がん細胞そのものを観察しなくても、がん細胞の状態を把握できたり、ほかの細胞にどのように働きかけているかがわかったりするのです。このおしゃべり物質の正体が、マイクロRNA(miRNA)とエクソソームです。
miRNAは、20塩基ほどの短い一本鎖のRNAで、ゲノムDNAから転写されてできるRNAから段階を踏んで切り出されます。多くは細胞質のなかで遺伝子発現調節を行っていますが、エクソソームに入れられるなどして細胞から分泌され血液中に入り込みます。これは健康な細胞でも起こっていることですが、がんになると、がん細胞特有のmiRNAが分泌されます。エクソソームは直径が20~100ナノメートルほどの、脂質二重膜で覆われた風船のような入れ物です。最近では、このエクソソームがmiRNAを選ぶだけでなく、がんの発症に対してさまざまな役割を果たしていることがわかってきています。それについては後述します。

いろいろな役割をもつmiRNA

がんの早期発見につながるのではないかと、いま、最も期待されているのが、さきほどおしゃべり物質として紹介した"miRNA”です。RNAは、長い間、ゲノムDNAの設計図から必要なタンパク質を生産するしくみのなかで、必要なDNAの配列の情報だけを写し取る中間体として働いているものだとされてきました。ところが、2000年代のはじめ頃、RNAのなかに、中間体にはならないごく短いものがあり、これが、「遺伝子発現調節」という大切な機能をはたしていることが明らかになりました。この遺伝子発現調節という機能によって、miRNAはおしゃべり物質だと言われています。

miRNAを運ぶ「エクソソーム」の大事な役割

miRNAは血液中に検出されますが、そのまま細胞外へ出されたら、壊れてしまいます。それを防いているのがエクソソームであり、さらにエクソソームによってどこに運ばれるかが決まっています(画像参照)。
国立がん研究センター研究所が最初に研究したのは、母乳中に含まれるエクソソームでした。母乳は、母親から赤ちゃんに伝わるメッセージだといわれます。それはタンパク質やミネラル、糖質などの栄養だと思われるかもしれませんが、世界中の研究者が、母乳の成分を徹底的に研究して人工乳をつくっても、母乳にはかないませんでした。2011年、森永乳業株式会社と国立がん研究センターの共同研究によって、そこに足りなかったのはmiRNAだということが世界ではじめて明らかになりました。
生殖によってゲノムの情報が親から子へ垂直伝達されることは誰でも知っていることですが、miRNAという形という形でも、親から子へ遺伝情報が伝わっていたのです。
この研究で興味深いのは、母乳に含まれているmiR-124が果たす役割です。これは神経細胞の分化に関係するmiRNAで、母乳中に多く含まれているT細胞、B細胞といった免疫系の細胞とともに腸管に届き、赤ちゃんの免疫力を高めます。このmiRNAを胃酸で壊されることなく、腸管まで運んでいたのがエクソソームでした。つまり、ヒトの生長に重要な母乳中にも機能的なmiRNAの存在が明らかとなり、その重要性が再認識されたわけです。これをきっかけに、国立がん研究センター研究所では、がんにかかわるエクソソームを探る研究がスタートしました。