じじぃの「科学・地球_137_がんとは何か・転移の本質に迫る」

『がん』|01「がん」と「癌」の違い / もっとお医者さんと話そう。ほぼ日基礎医療講座 第3シリーズ

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tkQY1KJFi5M

がんの転移

ステージⅣ、および再発の“がん”とは?

免疫療法コンシェルジュ
がんが最初に発生した部位(原発巣)を超えて、離れた場所にある臓器に転移(遠隔転移)している状態です。
末期がんとは“治療方法がほとんどない、または、通常のがん治療では身体の体力を奪って死期を近づけてしまう状態”――。つまりは「これ以上の治療はできない」と医師に宣告された状態を指すので、ステージ4の場合でも末期がんと、そうでないがんがあります。
https://wellbeinglink.com/treatment-map/stage4/

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで

編:国立がん研究センター研究所
いまや日本人の2人に1人が一生に一度はがんにかかり、年間100万人以上が新たにがんを発症する時代。
高齢化に伴い、今後も患者は増加すると予測されるが、現時点ではがんを根治する治療法は見つかっていない。しかし、ゲノム医療の急速な進展で、「がん根治」の手がかりが見えてきた。世界トップレベルの研究者たちが語ったがん研究の最前線
第1章 がんとは何か?
第2章 どうして生じるか?
第3章 がんがしぶとく生き残る術
第4章 がんと老化の複雑な関係
第5章 再発と転移
第6章 がんを見つける、見極める
第7章 予防できるのか?
第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療

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『「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで』

国立がん研究センター研究所/編 ブルーバックス 2018年発行

第5章 再発と転移 より

転移する能力を獲得するとき

「どうして、がんで死ぬのか」という問いには「転移が起こるから」と答えることができます。
「転移」とは、がん細胞が血液やリンパ液に乗って全身をめぐり、発生した場所とは異なる臓器やリンパ節に生着して、そこに増えることです。がんは発生した場所で大きくなる限りは、手術で取り除くことができます。しかし、血液やリンパ液に乗って全身をめぐり始めてしまったら、いつまた別の臓器で増えるかわからず、治療は困難になります。
それでは転移にいたる過程を詳しくみてみましょう。原発巣で増えてきたがん細胞のかたまりは、細胞間接着により互いにしっかりくっついています。それが転移する性質を獲得すると、細胞間接着が緩くなり、1個1個の細胞がバラバラになって離れていきます。しかもこのときに、湿潤能を獲得しているので周りの組織を壊して侵入し、ついには血管壁という大きな関門さえも通過してしまいます。血管壁を通り抜けた後には、血管のなかを浮遊状態で生きています。そして血液に乗って移動し、新しい臓器に接着したら、がん細胞はこれまでとは違う足場のもとでも増殖するのです。もともとがん細胞は血液から栄養分を得て増殖しています。しかし転移先の新しい環境には、血管はなく酸素や栄養が得られない状態です。それがいつしか、自前で血管をつくって次第にそこに適応していきます。

転移の本質に迫る

ゲノムDNAが傷ついた結果として実際に起こるのは、DNAを鋳型につくられるタンパク質の変化です。このタンパク質が細胞の性質を変化させ、湿潤や転移を可能にします。そこで、がん細胞の湿潤や転移をタンパク質レベルで明らかにしようと研究が進んでいます。遺伝子の傷は治すことができませんが、それが原因でできた悪い性質をもつタンパク質の機能を抑えることはできるので、タンパク質の研究は、治療につながる可能性があり重要です。
がん細胞が正常細胞と異なるのは、コントロールがまったく効かない点です。「これ以上増えてはならない」「ここから先の組織を乗り越えて侵入してはならない」というブレーキが効かず、正常細胞であれば増えることのない細胞が密に詰まっているような場所でも増殖して、ほかの細胞を壊してしまいます。
このようながん細胞特有の性質のうちで興味深いのが、「細胞外基質(足場)に接着していないと増えない」という正常細胞の性質を、転移がん細胞が失っていることです。正常な大腸の細胞が1個はがれたとしても、それが直腸に行って増えることはありません。足場からはがれた時点で、正常細胞は死んでしまうからです。また、正常細胞の増殖には、そこがどういう足場なのかも重要で、どこかに偶然接着したとしても、適した環境でなければ増えることはありません。これらを、「足場依存性」といいます。
ところが、がん細胞はこの「足場依存性」を失っています。正常細胞にがん遺伝子を導入して、その細胞ががん化した際にも、足場依存性は失われています。がんのこの性質を利用すると、寒天の濃度が薄く、非常にやわらかい軟寒天培地の上に細胞をまいて、がん細胞だけを増やすことができます。正常細胞は増えることができないほど弱い足場を利用して、がん細胞だけを増殖させる方法は、昔から行われています。
細胞が足場に接着しているかどうかによる挙動の違いは、どのように制御されているのでしょうか。細胞の足場となるのが細胞外基質です。細胞の周りにあるコラーゲンやプロテオグリカンでできた構造体で、ここに細胞がくっつきます。
細胞外基質と細胞とが接着すると、細胞表面にあるインテグリンというタンパク質からシグナルが発せられます。インテグリンからのシグナルの伝達にはさまざまな分子が関与しており、足場に依存した生存や増殖をコントロールしています。さらにこのなかでCasという分子は細胞が引っぱられたときの力を感じとるセンサーであり、がんがまわりを押しのけ湿潤していくことにも深くかかわるタンパク質であることが明らかになっています。

足場を失っても死なないがん細胞

正常細胞は、足場を失って浮遊状態になると細胞死を起こします。これは「アノイキス」と呼ばれる現象ですが、なぜアノイキスが起こるかはいまだに明らかになっていません。反対に、転移する能力を獲得したがん細胞は浮遊した状態になっても死にませんが、その理由もわかっていません。足場を失っても死なないことは、転移性のがん細胞に共通する特徴なので、がん細胞ではアノイキスに対する何らかの抑制シグナルが働いているのでしょう。このしくみを解明することが治療につながると考え、国立がん研究センターでは足場依存性の肺がんと、足場非依存性で悪性度の高い肺がんとで、どのようにタンパク質のシグナルが違うかを調べています。
2つのタイプの肺がんを比較した結果は、足場非依存性の高い肺がんでは浮遊状態でのタンパク質のリン酸化が全体的に強いうえに、2つのタンパク質が特にリン酸化していました。このタンパク質を詳しく調べると、両方ともCDCP1という膜タンパク質でした。
そこで、RNA干渉法という手法を使って、この膜タンパク質の量を減らすと、がん細胞は、足場がない状態のモデルとして作成した。寒天濃度が低くてやわらかい軟寒天培地では増えることができなくなりました。また、マウスの尾静脈にがん細胞を打って転移を起こさせる実験でも肺がんの転移巣はほとんどできなくなりました。
CDCP1の性質もわかってきています。CDCP1はSrc遺伝子の産物であるSrcキナーゼによってリン酸化されると、PKCδと結合して細胞膜に移行させます。PKCδはプロテインキナーゼCのひとつで細胞死の制御にかかわっているといわれています。
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また、肺がんやすい臓がんなどいくつかのがん種で予後の悪い患者さんでは、CDCP1の発現が高いことがわかり、2012年頃から国立がん研究センターではCDCP1とSrcキナーゼとの結合を抑える低分子を探索しています。このような薬は、手術で腫瘍はとったものの、転移の恐れがある患者さんに予防的に投与することが考えられます。ただし”予防的”に使う薬にはかなり高い安全性が求められます。転移を抑える薬がいまでも実用化にいたっていない理由には、安全性のハードルが高いこともあります。