じじぃの「科学・地球_140_がんとは何か・がん制圧は夢ではない」

分子異常と分子標的治療薬 効く人に効き、効く人にしか効かない【動画でわかる肺がん治療の最前線】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=cnMF72hGAQc

進歩するステージ4進行肺がんの治療

肺がん治療最前線 ~免疫チェックポイント阻害薬の登場でステージ4の進行肺がんに治癒の可能性も

2017年2月8日 「がん治療」新時代
●進歩するステージ4進行肺がんの治療
十数年前からは、遺伝子の変異「ドライバー・ミューテーション」を標的にして、その働きを阻害する分子標的薬が登場しています。
さらに最近はオプジーボなど免疫チェックポイント阻害薬という新しい免疫治療薬が登場し、これまで治療法がなかった進行肺がんの患者さんに対して効果を上げています。こうした新しい治療のおかげで、ステージ4の進行肺がんであっても、治癒とまではいかないまでも3~4年の延命が可能になってきました。
https://gan-mag.com/lung/6180.html

「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで

編:国立がん研究センター研究所
いまや日本人の2人に1人が一生に一度はがんにかかり、年間100万人以上が新たにがんを発症する時代。
高齢化に伴い、今後も患者は増加すると予測されるが、現時点ではがんを根治する治療法は見つかっていない。しかし、ゲノム医療の急速な進展で、「がん根治」の手がかりが見えてきた。世界トップレベルの研究者たちが語ったがん研究の最前線
第1章 がんとは何か?
第2章 どうして生じるか?
第3章 がんがしぶとく生き残る術
第4章 がんと老化の複雑な関係
第5章 再発と転移
第6章 がんを見つける、見極める
第7章 予防できるのか?
第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療

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『「がん」はなぜできるのか そのメカニズムからゲノム医療まで』

国立がん研究センター研究所/編 ブルーバックス 2018年発行

第8章 ゲノムが拓く新しいがん医療 より

はじめは偶然みつかった抗がん剤

がんの治療に抗がん剤が一般的な選択肢として採用されるようになったのは、たかだか半世紀ほど前からです。局所療法である手術や放射線療法に比べると、全身療法である化学療法の歴史は長くありません。比較的短い歴史とはいえ、今日、抗がん剤の展開は多彩を極めています。現在、わが国では、経口薬と注射薬を含めて100種類以上にのぼる抗がん剤が、がん治療に使用を認められ、使われています。
それらの薬は、どのようなしくみでがんを攻撃するかによって、従来型の化学療法剤である「細胞傷害性抗がん剤」と、「分子標的治療薬」に代表される、がんに特異的な標的に効率よく作用する抗がん剤と、大きく2つに分けて考えることができます。
細胞傷害性抗がん剤は、がん細胞の分裂のしくみを何なかの方法によって阻害してがん細胞の増殖を抑え、死滅させる機能をもつ薬物で、これまでに多くの種類が開発されてきました。このなかには、化学療法の柱となっている薬や分子標的薬との併用で使われている薬が数多くあります。
長く使われている細胞傷害性抗がん剤には、研究者が天然物質や合成物質のなかから偶然に抗がん効果を発見し、開発されたものが多く、作用のしかたや由来から、アルキル化剤、代謝拮抗剤、抗がん性抗生物質、植物アルカロイド、白金製剤などに分類することができます。

それでも生き延びるがんの環境適応術

続々と研究開発が進む分子標的薬ではありますが、治療を続けていると、薬剤に対する治療抵抗性が生じるという大きな問題があります。
先にお話しした肺がん治療薬であるゲフィチニブ(商品名=イレッサ)はEGFR(細胞の増殖に関わるタンパク質のひとつ)遺伝子の阻害剤として、この遺伝子の突然変異によってキナーゼ活性が亢進している肺がんに大いに効果を発揮しています。ところが、使用して半年から数年のうちに、ほぼ全例で治療抵抗性が生じて、もはやゲフィチニブは効かなくなり、がんが再発することが知られています。
どのようなしくみで治療抵抗性が生じるか、その原因が調べられています。最も頻度が高いのは、EGFR遺伝子の別の部位に新たな突然変異が生じて、薬との結合性が低下し、再びEGFR遺伝子タンパクの活性が上昇してしまうことです。もうひつとの原因は、EGFRとよく似たタンパク質キナーゼがゲフィチニブ投与によって拮抗的に増えて、別ルートでキナーゼを活性化させ、がんの再発を導くことです。
分子標的薬に対して治療抵抗性が生じるのは、ゲフィチニブの場合に限りません。多くの分子標的薬で同様の問題が起こります。標的分子を何種類抑制しても、がんは薬の作用を回避する別の道を探して、再発し、完治しないのです。薬の投与で環境が変化すれば、がんはそれに適応してさらに生き延びて、結局がんと分子標的薬とのイタチごっこという状況が生じかねません。

抗がん剤治療が難しい理由

なぜ、抗がん剤治療は簡単ではないのでしょうか。その理由のひとつは、がん細胞そのものの成り立ちにあると考えられています。がんはひとつの遺伝子変異をもつ細胞群なのではなく、多様な変異が組み合わさった細胞が混在する不均一な集団であるのが本来の姿です。遺伝的に多様なレパートリーをもつ集団であるがんは、1種類の薬ではやっつけにくいのです。
細胞のさまざまの変異に共通する遺伝子を攻撃する治療薬はよく効くのですが、薬が効かないような変異をもつ細胞がわずかでもあると、それが増えて再発することになります。薬剤によるがん治療は、攻撃に対して生き残れる細胞を選んでいるだけ、という結果に終わりかねません。また、薬の効きにくい細胞が分裂する過程で、遺伝子が変異して治療抵抗性を獲得するという展開もあると考えられます。
現在、がんのなかでどのように不均一性が生まれるのかを解明するために、スーパーコンピュータでシミュレーションを行い、治療抵抗性を克服しようという研究も進んでいます。分子生物学に加えて、計算科学もがん克服の戦列に加わっているのです。

がん制圧は夢ではない

世界中の医学、薬学、分子生物学の研究者が何十年にもわたって、がんを撲滅する治療法や新薬の開発に取り組んできましたが、いまだ道半ばでゴールは見えない状況にあります。
ゲノム不安定性と多様性を武器として、どのような環境にでもすぐに適応するがんを克服することは簡単なことではありません。しかし、次世代シーケンサー、AI、スーパーコンピュータなど、我々はがんと戦う新たなる”武器”を手にしつつあります。今後、遺伝子解析のイノベーションが進めば、患者の全ゲノム解析が安価に短時間で行えるようになり、データの蓄積も進みます。こうしたビッグデータを分析することで活路が開けるはずです。
がん制圧は容易ではありませんが、従来の学問的な枠組みを超えた取り組みを続けていけば、近い将来、必ずやブレークスルーが生まれるはずです。