じじぃの「カオス・地球_175_小川和也・人類滅亡2つのシナリオ・第2章・ゲノム編集(CRISPR-Cas9)」

高校生物 「ゲノム編集 CRISPR-Cas9」

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=O8QVtsbHE7s

ゲノム編集 CRISPR-Cas9


CRISPR-Cas9とは?原理をわかりやすく解説!

2021年11月19日 M-hub
ゲノム編集ツールの中でも、世界中の研究室で使われているのがCRISPR-Cas9です。
CRISPR-Cas9を活用することで、遺伝子研究はこれまで以上に加速しています。
https://m-hub.jp/biology/4829/332

朝日新書 人類滅亡2つのシナリオ―AIと遺伝子操作が悪用された未来

【目次】
はじめに
第1章 AIによる滅亡シナリオ

第2章 ゲノム編集による滅亡シナリオ

第3章 科学と影のメカニズム
第4章 “終末”を避けるために何ができるか

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『人類滅亡2つのシナリオ―AIと遺伝子操作が悪用された未来』

小川和也/著 朝日新書 2023年発行

画期的なテクノロジーほど、暗転したときのリスクは大きい。特にAIとゲノム編集技術は強力で、取扱いを誤れば、人類に破滅をもたらす因子となりうる。「制度設計の不備」と「科学への欲望」がもたらす、人類最悪のシナリオとは。

はじめに より

人工的な知能と、生命を操るテクノロジー。いま人類は、知能と生命という、自らを形成する最も重要な2つに関する技術を手にし、熱心に育てている。

人工的な知能である「人工知能(AI:Artificial Intelligence)」は、人間の知能のような動作をするコンピュータシステムを指すことが多いが、能力の著しい拡張により、定義も一定ではない。突発的な出来事にも臨機応変に対応できる能力、さらには人間を超える知能を視野に、研究開発が進む。

もう1つの技術「ゲノムテクノロジー」は、膨大な遺伝子情報「ゲノム」を解析し、意図通りに書き換える、いわば遺伝子を操る技術である。病気の治療から食糧危機まで、地球上の多くの課題の解決策になるため、AI同様に熱視線が注がれている。人間の能力を拡張したり、遺伝子操作された人間を生み出す手段にもなり得るこの技術により、2018年には世界初のゲノム編集ヘビーが誕生し、論議を呼んだ。

第2章 ゲノム編集による滅亡シナリオ――遺伝子改変の進んだポストヒューマンが、ホモ・サピエンスを淘汰する より

生命そのものを操るゲノムテクノロジーの現在

さもそもゲノムとは何か? 遺伝情報であるゲノムは、「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」の4つの物質の組み合わせから成り立つ。この4つの配列によって、身体の特徴や機能を細胞レベルで決めている。同じ種、たとえば2人の人間で比べてみても、個体によってその配列には多様性があり、たとえば背の高さやお酒の強さといった違いが生じるのはこのためである。

ゲノムの配列は数十億にも及ぶため、従来の技術では、場所の特定や組み合わせの書き換えは困難であった。ゲノムを操作する技術自体は1970年代からあり、医薬品製造や農作物の品種改良などに使われていたが、技術的にも取り扱いが難しい上に、遺伝子を組み換えた細胞や生体を作り出すために多くの時間を要した。

しかし、米国のジェニファー・ダウドナとフランスのエマニュエル・シャルパンティエの2人の研究者が画期的なゲノム編集技術「CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)」を開発し、2020年にノーベル化学賞を受賞したことで、生命科学の常識を覆した。
2人は、細菌がウイルスから身体を守る免疫の研究をきっかけに、細菌が持つ「Cas」と呼ばれる酵素でウイルスを断ち切り、切断した場所に関する遺伝情報を、細菌の遺伝子のなかにある「CRISPR」と呼ばれる場所で記憶していることを明らかにした。ウイルスの遺伝子を記憶できることで、もし同じウイルスが感染しても切断が可能となる。

この細菌の免疫のメカニズムをゲノム編集に応用し、ゲノムと呼ばれる生物の遺伝情報の狙い撃ちしたい部分を確実に切断してその機能を欠落させたり、切断したところに他の遺伝情報を組み入れられるのが、「CRISPR-Cas9」だ。ターゲットの遺伝子を認識して結合する「ガイドRNA」の酵素の「Cas9」に取り付けることで、狙った遺伝子を正確に切断できるようにした「CRISPR-Cas9」は、従来のゲノム編集の方法を飛躍的に簡便化、効率化した。
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前出のゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」は生み出されて間もないが、早くも臨床試験として活用され始めている。

中国・杭州にあるがんの専門病院、腫瘤医院では「CRISPR-Cas9」を用い、末期がん患者に含まれる細胞の遺伝子を操作している。がん患者の体内では、「キラーT細胞」と呼ばれる免疫細胞ががん細胞と闘っているが、キラーT細胞の遺伝情報であるゲノムを思い通りに操作することで、がん細胞への攻撃力を高めることが可能となる。
これによってがん細胞の増殖を抑え込むことが期待できる。この病院では、がん細胞に対する免疫力を高める臨床試験が重ねられ、一部の患者で効果が確認されているという。

加速する開発と、速さがもたらすリスク

今後、ゲノム編集技術の進化はさらに加速すると予測されている。その背景にあるのは、ゲノム情報の解析の急速なスピードアップと、大幅なコストの低下だ。

現時点で膨大なコストを擁するゲノム情報の解析は、2030年には限りなくゼロに近づくと試算する米国のシンクタンクもある。2000年代中頃から始まった大規模シーケンス技術開発により、1人のゲノム解析に1億ドルと言われたコストが、20年間で1000以下にまで一気に提言した流れを鑑みると、この試算に違和感はない。配列解読技術の進化に伴うコストの低減に加え、高精度で長鎖の配列解析が可能になったことにより、将来的に、「ゲノム解析は超高速で無料」が常識となる日が来ることも非現実的ではない。

そしてゲノム情報の解析は、急速に進んでいる。ヒトの細胞の中のDNAに含まれる塩基配列情報を読み解くヒトゲノムの解読では、4種類の塩基(A・T・G・C)の並び方を1つ1つ調べていく。ヒト1人のゲノムに含まれる塩基は60億個という膨大な数に達し、非常に小さな物質であるため簡単に判別できない。
また、DNAの移送や保存には特殊な方法が必要となる。したがって、ヒト1人のゲノムを解読することは極めて困難であり初めての解読には13年も要した。

当初は「サンガーシークエンス」という、1980年にノーベル化学賞を受賞したフレデリック・サンガー博士が発明したDNA塩基の決定方法(ジデオキシ法)で、DNAの断片を1本1本調べていた。その後、速く、正確に解読するための試行錯誤が重ねられた結果、解読スピードが劇的に速める「次世代シークエンサー」という画期的な解読装置が登場し、数億から数十億本のDNA断片を一度に調べることが可能となった。
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ゲノム研究領域におけるAI活用はとどまることなく進化を続け、ゲノム編集の可能性を加速度的に拡張する。そして2030年代には、AIによるゲノムデータ高度解析は急速に普及するとされている。AIは、さらに長く、正確に、短時間でのDNA配列解読を実現するはずだ。

2003年にヒトゲノム解読完了が宣言された時点でも、ヒトゲノム全配列(30億塩基対)のうち15%が未解読、2017年の時点でも全体の約8%に当たる2億塩基対が未解読であったが、2022年、ついに完全解読された。人間の身体の設計図の全てを解読することを目指すヒトゲノム計画のスタートが1990年であったことを考えると、人類の科学は信じがたいペースで進化を遂げていることになる。

脅威的な速度での技術開発によって多くの人が救われるのは喜ばしいことだが、一方で、こうした進化の速度に制度設計が追いついていないのも事実である。悪意や私利私欲による行動を防ぐシステムを構築しない限り、いずれは大きなリスクに転じる可能性があることを忘れてはならない。そしてゲノム編集はまだ進化の入り口にあると言ってよい。技術力に磨きがかかればかかるほど、生命操作の意欲を抑えることは簡単ではなくなる。序章の段階では、そのイメージがつきにくい。

ここまでは主に、ゲノム編集の光の部分に着目してきた。次項からは徐々に、闇に転じるリスクについて目を向けていく。