じじぃの「科学・地球_392_進化の技法・生命のM&A・CRISPR-Cas9」

Nobel Prize in Chemistry 2020 - CRISPR-Cas9!!

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=JEYSQ-Kx0IE

Nobel Prize in Chemistry 2020 - CRISPR-Cas9!!


基礎研究の大切さを強調 「クリスパー」先駆者、来日講演

2018.8.2 毎日新聞
生物の狙った遺伝子を精度良く改変できるゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の開発につながる先駆的な研究を主導したスペイン・アリカンテ大のフランシス・モヒカ博士(54)がこのほど来日し、講演などで基礎研究の大切さを強調した。
「生命の設計図」であるDNAは、A、T、C、Gの4種類の塩基が並んでできている。モヒカさんはアリカンテ大の大学院生だった28歳のころ、塩田に生息し、塩分に強い耐性を持つ古細菌の一種のDNAに、特徴的な塩基の繰り返し配列があるのを見付け、1993年に報告した。約30塩基対の繰り返し配列に、それより少し長い「スペーサー配列」が挟まれたこの不思議な構造は、後に「クリスパー(CRISPR)」と名付けられた。
https://mainichi.jp/articles/20180802/ddm/016/040/018000c

進化の技法 転用と盗用と争いの40億年 みすず書房

ニール・シュービン(著) 黒川耕大(訳)
生物は進化しうる。ではその過程で、生物の体内で何が起きているのだろうか。この問いの答えは、ダーウィンの『種の起源』の刊行後、現在まで増え続けている。生物は実にさまざまな「進化の技法」を備えているのだ。
本書は、世界中を探検し、化石を探し、顕微鏡を覗きこみ、生物を何世代も飼育し、膨大なDNA配列に向き合い、学会や雑誌上で論争を繰り広げてきた研究者たちへの賛歌でもある。
歴代の科学者と共に進化の謎に直面し、共に迷いながら、40億年の生命史を支えてきた進化のからくりを探る書。

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『進化の技法――転用と盗用と争いの40億年』

ニール・シュービン/著、黒川耕大/訳 みすず書房 2021年発行

第8章 生命のM&A より

リン・マーギュリス(1938~2011)はシカゴ大学とカリフォルニア大学バークレー校で微生物を研究した。そして初期の研究の1つで、生物の多様性を調べ、それらの細胞の起源にまつわる新説を提唱した。ところが、その新説を論文にまとめ上げたものの、本人いわく「15かそこらの雑誌」から却下されてしまう。しかし、それにめげることもなく、ついに比較的無名な理論生物学の雑誌に掲載することができた。否定的な査読の嵐にひるむことのなかった彼女の忍耐力には、ただ驚くほかない。いま、若き研究者がキャリアのとば口に立ち、男性優位の分野に根づいた正統的な考えに異を唱えようとしていた。
マーギュリスが注目したのは動物、植物、菌類の体を構成する細胞だった。これらの細胞は細菌の細胞には見られない複雑さを持っている。各細胞にはゲノムの格納庫である核があり、その周囲を多用な役割を担う種々の細胞小器官を取り巻いている。その代表格は、細胞にエネルギーを供給する細胞小器官だ。植物は葉緑体を持っていて、その内部に含まれるクロロフィル光合成反応を担い、太陽光のエネルギーを利用可能な形に変えている。同様に、動物にはミトコンドリアがあって、酸素と糖からエネルギーを産生している。
マーギュリスは、これらの細胞小器官が細胞内の”ミニ細胞”のように見えることに気づいた。おのおのが自前の膜を持っていて、自らを細胞の他の領域と隔てている。また、2つに分裂することで、細胞内で増殖もしていた。細長く伸びて中央部がダンベルのようにくびれ、その両側が分離していき、新たな2つが生じる。それらの細胞小器官はゲノムとは別に自前のゲノムも持っている。ただし、核のそれとの違いは大きい。核のDNA鎖がオイル状にまとまっているのに対し、ミトコンドリア葉緑素のDNA鎖は両端が閉じていて、単純な輪になっている。
膜にも増殖にもDNAの構成にも独自のものがあるこれらの細胞小器官を見て、マーギュリスには思い当たる節があった。こうした特徴を以前にも見たことがあったのだ。単細胞の細菌やシアノバクテリアにそっくりではないか。細菌やシアノバクテリアは分裂によって増殖するし、似たような膜に囲われているし、ゲノムも葉緑体ミトコンドリアのものにかなり似ている。動物や植物の細胞にエネルギーを供給するこれらの細胞小器官は、どう考えても、それらが属している細胞の核より、細菌やシアノバクテリアに似ているように見えた。
こうした観察事実に基づいて、マーギュリスは進化史についての過激な新説を提唱した。葉緑体の起源は自由生活性のシアノバクテリアで、それが他の細胞に取り込まれ、代謝の担い手にされて、宿主の細胞にエネルギーを供給するようになったと違いないと。同様に、ミトコンドリアの起源は自由生活性の細菌で、それが他の細胞に取り込まれ、エネルギーの供給役として使役されるようになったと考えた。彼女の過激な考えとは、「どちらの事例でも、別個の生物どうしが融合して、より複雑な新しい生命体になった」ものだっあ。

組み合わせの力

車輪は地球上に6000年ほど前から存在している。スーツケースは数百年前からある。車輪付きのスーツケースは数十年前に発明され、多くの旅行者の暮らしを変えた。私は、空港に行くといつも、革新的な発明が新たな組み合わせから生じることを実感し、そのことを褒めたたえたくなる。
マーギュリスの細胞小器官は、自然界における発明の源泉としての、組み合わせの力を明らかにした。もし、ある系統が自ら発明を生むのではなく、他の種に生じた特徴を獲得するとしたら? 私たちの細胞を駆動しているミトコンドリアは、私たちの祖先が単細胞生物だった時代に、その祖先自身のゲノムに変異が起きて誕生したわけではなかった。どこかで発明されて、太古の細菌が私たちの系統に合流した折に取り込まれ、転用されたものだった。ウイルスも同様に、何百万~何千万年もの間、ゲノムへの侵入を繰り返しているうちに、新たなタンパク質を生成する能力を宿主にもたらした。そうしたウイルスが転用されると、妊娠や記憶を助ける新たなタンパク質が誕生した。
形質は、ある種に生じたものが別の種に拝借されたり盗まれたりし、やがて改変されて新たな用途に転用されたりする。宿主は出来合の発明を受け継ぐことができ、その場合、自分で一から生み出す必要はない。パーツどうしの組み合わせと、そうした組み合わせにより生じる新たな種類の個体が、進化の可能性を切り拓く。

未来を拝借する

他の種の技術や発明を取り込み、拝借し、転用することが、私たちの過去数十億年の歴史だった。それはまた、私たちの未来の一部でもある。
1993年、スペイン人微生物学者のフランシス・モヒカがスペイン南部コスタブランカの塩生湿地を調べていた。その目的は、「極端に塩分濃度の高い環境で生きるために、細菌はどう進化したのか」を解き明かすことだった。大半の種にとって致死的な環境で生きていられるのは、ゲノム内の何かのおかげで抵抗性を身に着けているからに違いない。10年近くかけて発見への道をたどる中で、モヒカは細菌のゲノムを解読し、ある不可解な特徴を発見した。ゲノムの大部分は、雑多な文字から成る細菌の標準的な配列だった。しかし、いくつかの領域に、回文からなる短い配列があった。回文とは前から呼んでも後ろから読んでも同じになる文字列のことで、例えば「Hannah」という名前がこれに当たる(DNAの場合、使える文字はA、T、G、Cの4つ)。さらに、この回文から成る短いスペース、回文、他の配列からなるスペース、と言った具合に。しかも、これも科学界における多発性の1例なのだが、この10年近く前に日本の研究所も同様の回文配列を発見していた。
この回文配列が2回発見されたのは決して偶然ではない。そう考えたモヒカは、この不思議なパターンを他の細菌でも探してみた。すると同様のパターンが20種以上で見つかり、至極ありふれたものであることが分かった。これほど明確かつ普遍的なパターンには、何らかの機能が備わっているに違いない。しかし、その機能とは一体何だろうか。
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モヒカは大胆かつ未検証の仮説を立ち上げ、この回文・スペーサー機能が細菌の対ウイルス兵器などではないかと主張した。そして、仮設を論文にまとめ、いくつかの一流雑誌に投稿した。ある雑誌からは査読にも回してもらえずに却下された。別の雑誌からは「新規性、あるいは重要性に欠ける」として送り返された。そうしたやり取りを5回繰り返したのちに、ようやく分子進化学の雑誌に掲載してもらえた。同年、フランスの研究所がモヒカらとは少し違った手法を用いて独立に同様の仮説を発表した。
すると、他の研究所の連合がこの分野に参入してきた。細菌に防御機構があるとなれば、培養槽がウイルスの侵入にさらされるヨーグルト業界にとって。僥倖(ぎょうこう)となる。こうした動機のおかげで、この機構が細菌とウイルスの軍拡競争により進化してきたことが、ただちに説得力を持って示された。ウイルスはヒトも細菌も攻撃する。ヒトは自らの免疫系でたいていのウイルスを退ける。一方の細菌も、この機構を基盤とする一種の免疫機能を持っている。その主役は分子サイズのガイド役とメスだ。同文配列の助けを借りてガイド役が生成され、ガイド役が分子サイズのメスを導き、メスがウイルスのDNAを切断して無害化する。これは、感染し分裂し他のゲノムを乗っ取っろうとするウイルスの利己的な性質にたいする防御策である。
これらの発見に続いて、世界中の多くの研究施設が分子サイズのメス(Cas9という)についての創造的かつ画期的な研究を行った。その結果、この細菌の機構を転用すれば、ウイルスのDNAのみならず、あらゆる生物のDNAを編集できることが分かった。多くの論文が数ヵ月と間を開けずに科学雑誌に投稿され、細菌の機構を改変して他の種に用いる方法を説いた。CRISPR-Cas9と呼ばれるこの技術はゲノム編集の基盤であり(前出のニパム・パテルがミナミモクズ属の付属肢を組み替えた際に使ったのもこの技術だ)、今や一般的となったその仕組みを使えば、植物や動物、あるいはヒトのゲノムを編集し、農業から公衆衛生にいたる諸々の分野の利益を追求できる。しかも、これは始まりにすぎない。それまでよりも正確で、速くて、効率のいい高度な技術が毎月のように開発されいる。