じじぃの「科学・地球_578_心の病の脳科学・慢性ストレス・うつ病」

うつ病のメカニズム④神経炎症仮説(ミクログリア仮説)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1yj_cAlaMzg

反復ストレスによるうつ様行動を担う脳内炎症の働き


うつ病における脳内炎症の役割の一端を解明

2018/07/20 Research at Kobe
神戸大学医学研究科の古屋敷智之教授、北岡志保助教らの研究グループは、京都大学医学研究科の成宮周特任教授らとの共同研究により、ストレスによる抑うつの誘導に自然免疫系による脳内炎症が重要であることを発見しました。
本研究成果は、うつ病の病態に脳内炎症による神経細胞の機能変化が重要であることを示唆しており、自然免疫分子を標的とした新たな抗うつ薬の開発につながる可能性を提示しています。
https://www.kobe-u.ac.jp/research_at_kobe/NEWS/news/2018_07_20_01.html

ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか

【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?

第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係

第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか
第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ

                • -

『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』

林(高木)朗子/著、加藤忠史/編 ブルーバックス 2013年発行

第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係 より

うつ病とはなにか

WHO(世界保健機関)によると、「気分が落ち込む」「何に対しても興味や喜びを感じることができない」といった症状が現れるうつ病は、2021年時点で、世界で約2億8000万人もの人々が苦しんでいる精神疾患です。厚生労働省によると、日本では100人のうち約6人という高い頻度で発症します。

うつ病は、統合失調症双極性障害などに比べて遺伝要因よりも環境要因が発症に強く影響するという調査報告があります。精神的ストレスや身体的ストレスなどの環境要因によって、誰もが発症する可能性がある精神疾患だと言えるでしょう。

誰でも何らかの理由で気分が落ち込むことがありますが、やがて元気を取り戻します。うつ病の患者さんの症状は、そのような多くの人たちが経験する気分の落ち込みとは、質の異なるものです。理由がないのに気分の落ち込みが続く、生きていることに価値を見出せない苦しみに襲われます。その苦しみを止めるには死を選ぶしかないと思うけれど、死ぬ元気もなく苦しみに耐えているといった症状が現れるのが、うつ病です。

患者の3割で、抗うつ薬の効果が不十分

現在では、さまさまな種類の抗うつ薬が開発されています。その多くは、脳の広い範囲に拡散して気分を安定させたり高めたりするセロトニンノルアドレナリンという神経修飾物質のはたらきを強めるものです。

既存の抗うつ薬は、副作用が軽減され、うつ病の患者さんのうち7割はどの人たちの症状を改善しますが、まだ問題点が残されています。服用を始めても治療効果が出るまで数週間かかる一方で、いまだに残る副作用はすぐに現れるため、服用を止めてしまう患者さんがいることです。

服用後に自殺のリスクが増加するケースがある可能性も示されています。とくに、双極性障害の患者さんに抗うつ薬が処方された場合にその危険性が高まります。双極性障害は、気分が高揚する躁状態うつ状態を繰り返す病気で、うつ病とは別の精神疾患です。

ストレスで炎症が起きるメカニズム

炎症がうつ病に関係していることは、1980年代から指摘されてきました。うつ病の患者さんでは、脳内で炎症が起きており、炎症に関わる物質の濃度も変化していると報告されています。また、関節リウマチなどの慢性炎症疾患の患者さんはうつ病を併発する確率が高くなります。しかし、ストレスと脳内炎症、うつ病に因果関係があるのか、よく分かっていません。

脳をつくる細胞は、神経細胞グリア細胞に大きく分けられます。脳内で炎症に強く関わるのはミクログリアというグリア細胞の一種です。ミクログリアは脳における免疫を担当しており、異物がないかどうかセンサーで常に探索しています。そして異物を発見するとミクログリアは活性化して異物を発見するとミクログリアは活性化して異物を排除します。このとき、炎症が起きます。

ミクログリアが異物を探すとき重要なはたらきをするセンサーが、Toll様受容体(Toll-Like Receptor:TLR)です。ウイルスや細菌など病原体由来の異物をTLRが捕まえるとミクログリアが活性化して脳内炎症が起きるのです。

TLRは、ウイルスや細菌に感染していないときにもはたらくことが分かってきました。何らかの理由で細胞が壊れて細胞内にあった物質が周囲にまき散らされたりすると、そのような内因性のダメージ関連因子をTLRが捕まえてミクログリアが活性化します。すると、炎症を引き起こすサイトカインというタンパク質(TNFαやIL-1)を放出します。それらのサイトカインは、神経細胞の機能を低下させたり樹状突起を退縮させたりする作用があると考えられます。

体の疾患と精神疾患が併発しやすい理由とは

私たちは、体で起きる炎症にも注目しています。うつ病の患者さんの血液を調べると、体の炎症に関わる免疫細胞の一種である好中球と単球が増加しているという報告が以前からあります。うつ病の患者さんでは、脳だけでなく体にも炎症が起こているのです。

私たちは、ストレスを与えたマウスの好中球や単球の増減を調べました。すると、どちらも骨髄から動員されて、増加していました。マウスでも、ストレスによって体の炎症が進むのです。
この変化には、ストレスによる交換神経の活性化が関わることが示されています。ただし、ストレスを与えるのを止めると、単球はもとの数にすぐに戻りますが、好中球は増加した状態が長期間続きました。

慢性ストレスによる好中球の増加数は、遺伝情報が異なるマウス系統ごとに違いがあることも分かりました。ストレスに弱い系統では好中球の増加数が多く、ストレスに強い系統では増加数が少ないのです。好中球の数は、腸内にある免疫細胞によってコントロールされています。

体の炎症が脳へ及ぶことはあるのでしょうか。普通は、血液中の免疫細胞や免疫系分子の脳へのアクセスは厳密に制御されていて、そのまま脳血管の外側へ漏れ出て、脳に作用することはありません。脳の血管には血液脳関門と呼ばれる仕組みがあるからです。血液に侵入したウイルスなどの異物だけでなく、血液中の多くの物質が血管から外側へ出て脳に作用しないように防御する機能があるのです。

たとえば、食べ物に含まれるうま味成分であるグルタミン酸は血液に吸収されますが、それが脳に作用すると神経細胞は過剰な興奮状態となってしまいます。グルタミン酸神経細胞を興奮させる神経伝達物質だからです。

普通は、好中球や単球も関門を通過できず、脳に直接作用することはありません。しかし体の炎症が進むと、関門の防御機能が弱まり、炎症を引き起こす免疫細胞や免疫系分子が脳に作用して炎症を起こすことが、さまざまな研究者による動物実験で示唆されています。

私たちは、慢性ストレスを与えたマウスの脳血管の周囲に単球や好中球がどのように分布しているのかを調べて、ストレスによる体の炎症と脳内炎症の関係を探っています。
    

体の炎症が脳内炎症を促し、炎症が起きた脳が免疫細胞をつくる骨髄などにはたらきかけて体に炎症を引き起こす物質を増やす、といった悪循環が起きている可能性が考えられます。

その仕組みを解明して悪循環を断ち切ることができれば、うつ病や体の疾患の症状が改善するはずです。