じじぃの「科学・地球_586_心の病の脳科学・精神疾患が治る時代」

パーキンソン病の基礎知識 どんな病気?治療は?」脳神経内科 部長 眞木 二葉 医師

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=yxbLjDKhY2s

特集 「腸内細菌叢とパーキンソン病の病態発症機構」

名古屋大学大学院医学系研究科神経遺伝情報学 大野欽司
ヒトを含む真核多細胞生物は細菌群との共生関係にあり、ヒトは体を構成する約30兆個の細胞に対して約38兆個の細菌と共生している。
共生細菌が健康と病態に大きな影響を与えることが近年解明されつつあり中枢神経系も例外ではない。本稿ではわれわれが解析してきたパーキンソン病(PD)・REM睡眠行動障害(RBD)と腸内細菌叢の関連を紹介する。特にPDの一群において腸内細菌叢の異常がPDを進行させる可能性を見出している。
https://chugai-pharm.jp/contents/cb/027/06/02/

日本神経学会 脳神経疾患克服に向けた研究推進の提言 2020

(1)脳神経疾患克服に向けた研究推進の必要性

●超高齢社会とともに、認知症神経変性疾患・脳血管疾患などの脳神経疾患の有病率が増大し、最近 20 年間でほぼ倍増となっている。
● 脳神経疾患による様々な機能障害により人間らしい生活が脅かされるが、多くは難治性のものが多く、いまだ治療法が見出されていない疾患が数多く存在する。
認知症をはじめとする難病の病態が解明されつつあり、分子病態を標的とした疾患修飾療法(DMT)の開発を推進し、研究成果を社会実装する必要が高まっている。
●治療法が存在する脳血管疾患や神経免疫疾患などについては、プレシジョン・メディシンによる治療の最適化に加え、機能再生のための BMIブレイン・マシン・インターフェース)や再生医療の開発が必要である。
https://www.neurology-jp.org/images/teigen_2020.pdf

ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか

【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?
第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係
第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか
第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する

第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ

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『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』

林(高木)朗子/著、加藤忠史/編 ブルーバックス 2013年発行

第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」――「前触れ症状」を見出して根本治療を確立する より

神経変性疾患は、根本的な治療薬が次々と承認されている

神経疾患と神経変性疾患はどちらも脳の疾患ですが、精神疾患では神経細胞の顕著な細胞死は見られません。一方、神経変性疾患では、脳や脊髄にある神経細胞が細胞死を起こします。神経変性疾患には、スムーズな運動ができなくなるパーキンソン病や、認知症の代表的疾患であるアルツハイマー認知症、筋力が低下する筋委縮性硬化症(ALS)などが含まれます。

2010年代後半から、神経変性疾患の根本的な治療薬が次々と承認され、神経変性疾患が治る時代が始まった、と言われています(図12-1、日本神経学会 脳神経疾患克服に向けた研究推進の提言 2020を参照)。

この章では、私たちが取り組んできた神経変性疾患の研究成果と課題を中心に紹介し、その知見が「精神疾患が治る時代」の実現にどのように貢献するかを考えたいと思います。

精神疾患は「神経変性疾患の前段階」

神経変性疾患精神疾患の発症に至る経過には、共通性があります。どちらも、神経細胞間の情報伝達に関わるシナプスの異常や、細胞内の情報伝達やエネルギー産生に関わるミトコンドリアの異常といった分子レベルの変化から始まります。
神経変性疾患は多くの場合、異常な形のタンパク質が蓄積することで分子レベルの変化が起きます。一方、精神疾患の場合、異常なタンパク質の明確な蓄積は見られませんが、分子レベルの変化は生じます。

そして、分子レベルの変化の程度が大きくなることで、やがて神経細胞の機能低下や神経伝達物質のはたらき方に異常が起きて症状が現れます。たとえば、神経変性疾患パーキンソン病」では神経伝達物質ドーパミンのはたらきが弱まり、精神疾患統合失調症ではドーパミンのはたらきが強まります。

神経変性疾患の場合は、神経細胞の細胞死が起きますが、精神疾患の場合は明確な細胞死は見られないという相違点があります。ただし、どちらも思考や判断、行動など認知や心理に異常が現れるという症状には共通点があります。パーキンソン病では、多数の神経細胞の細胞死が起きて運動機能に異常が現れる前段階に、うつ症状を示すことがあります。すなわち、「神経変性疾患の前段階として起きる精神疾患もある」と言うことができます(図12-2、日本神経学会 脳神経疾患克服に向けた研究推進の提言 2020を参照)。

「前触れ症状」をどうやって発見するか

患者さん全員が遺伝子変異によって発症するSMA(脊髄性筋萎縮症)のような遺伝性の病気は、遺伝子検査によって早期発見・治療ができます。遺伝性ではない神経変性疾患についても、早期に発見して発症を予防することはできるのでしょうか。私たち名古屋大学では、パーキンソン病の早期発見に挑む取り組みを進めています。

パーキンソン病は、α-シヌクレインというタンパク質が脳内の神経細胞に蓄積します。それにより、ドーパミンをつくる神経細胞が大量に細胞死を起して症状が現れます。ドーパミンの不足を補う薬が開発されていますが、症状は緩和しても病気の進行を止めることはできません。

パーキンソン病の症状は、手足のふるえから始まり、やがて運動がスムーズに行えなくなり、動作が遅くなります。さらに幻視などの認知症の症状に至ります。このような症状の進行が20年ほどかけて起きます。

じつは、手足のふるえなどの初期症状が現れる20年前から、便秘や睡眠障害、嗅覚障害、うつといった「前触れ症状」が現れることが最近、分かってきました。その前触れ症状は、α-シヌクレインが蓄積し始めたことの合図だと考えられます。

私たちは便秘、睡眠障害、嗅覚障害の有無について、健康診断の受診者にアンケートを取りました。すると、受信者のうち7%の人たちが2つ以上の前触れ症状があると回答しました。その人たちに対して、脳内のドーパミン神経を調べる画像検査を行ったところ、3分の1の人たちは患者さんたちと同じレベルでドーパミン神経や交感神経のはたらきが弱っていました。
現在、その段階の人たちに薬を投与してパーキンソン病の発症を予防できるかどうか確かめる臨床試験を始めています。

じつは残念ながら、画像検査では脳内にα-シヌクレインが蓄積しているかどうかを調べることはまだできません。そこで血液検査でα-シヌクレインを検出して、パーキンソン病の早期発見につながる研究が国内外で進められています。

一方、アルツハイマー認知症で蓄積するアミロイドβやタウは、画像診断や血液検査で調べることができるため、早期発見・治療により発症を予防する臨床試験が先行して行われています。

前述のように、精神疾患では異常タンパク質の蓄積は見られませんが、発症前からシナプス異常など分子レベルの変化が起きます。その変化に伴う何らかの前触れ症状を捉えることが、早期発見・治療への道が開かれるでしょう。

腸内環境、炎症……「見えない疾患」の手がかりを見出す

1つ目の提言は、細胞やモデル動物を用いた基礎研究の成果を、ヒトを対象にした臨床研究で検証するトランスレーショナルリサーチと、ヒトで分かったことを細胞やモデル動物で検証するリバース・トランスレーショナルリサーチをつなげた循環型トランスレーショナルリサーチの重要性です。
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2つ目の提言は、早期発見・治療の重要性です。
私たち名古屋大学では、パーキンソン病を早期発見するために、前触れ症状を調べていることを紹介しました。神経変性疾患精神疾患はどちらも脳の疾患ですが、体の影響を少なからず受けるという共通点があります。

たとえば、神経変性疾患精神疾患はどちらも腸内環境の影響を大きく受けます。

パーキンソン病では、腸内でつくられたα-シヌクレインが、腸と脳を結ぶ迷走神経を伝わって脳へ運ばれて蓄積する可能性があります。α-シヌクレインの蓄積は、まず延髄から始まることで便秘などの症状が現れ、次に橋(きょう)に至ることで睡眠障害、中脳に及び運動症状、そして大脳に蓄積することで幻視や認知症が現れるという指摘があります。このような知見は、腸内環境を調べて精神疾患を早期発見する研究に示唆を与えるでしょう(図12-6、画像参照)。

また、本書でも精神疾患と体や脳の炎症の関係が指摘されていますが、神経変性疾患でもα-シヌクレインなどの異常タンパク質が蓄積する原因として、加齢とともに炎症との関係が注目されています。炎症は、神経変性疾患精神疾患の早期発見を実現する上で重要な視点となります。

神経変性疾患は異常タンパク質の蓄積や神経細胞の細胞死という脳の変化が「見える」疾患ですが、精神疾患は変化が「見えない」疾患です。そのような精神疾患に対して脳科学者たちは、fMRIなどの脳画像法を駆使して、特定の脳領域の縮小や、神経回路の異常を見出す研究を進めています。そのような脳の異常が、神経変性疾患の発症前の分子レベルの変化でも現れると考えられます。
精神疾患の研究の進展は、神経変性疾患の早期発見・治療にも役立ちます。

そして近い将来、精神疾患の根本的な治療法が次々と承認される「精神疾患が治る時代」が始まると期待しています。