じじぃの「生き抜くヒント・人工知能の使いかた・チャットGPT!週刊新潮」

Death to the Old Man


週刊新潮』 2023年5月25日号

生き抜くヒント 五木寛之 より

人工知能の使いかた

このところカラスの鳴かぬ日はあっても、チャットGPTの文字を見ない日はない。
新聞、雑誌はもとより、ご近所の奥様がたのおしゃべりにまで出てくるのだから大したものだ。

「ほら、あのチョットGPTなんとかっていうの、ホントに役に立つのかしらね」
「チョットじゃないでしょ。チャットよ、チャット」
「チョットぐらい間違えたっていいじゃない。こっちは人間なんだから」
「でも、俳句まで作るんですってね」
「それより家計簿つけてくんないかしら」

などと、井戸端ならぬ美容院会議でも話題らしいのだ。

新聞でチャットGPTが作った俳句というのを見たが、なかなかのものである。

いろいろ細かく注文をつけたら、それなりの作品を作成しそんな感じなのだ。風情とか、余韻とかも、指示すればそれなりに表現できるのではあるまいか。

「チャットGPTを使って書いたと思われないような個性的な文体で」

などと注文をつけたら、どうなるのだろう。聞くところによると、ほとんど無限のデータを一瞬のうちに検索して、しかるべき回答を作りあげるという。

私など、なにか雑文めいたものを書く際に、ちょっと格好つけて中国の古典なんぞを引用しようとしても、すぐに原文が浮かんでこない。若い頃、必死でおぼえた漢詩なども、最初の1行ぐらい思い浮かべるのが関の山だ。

人生相談にのるチャットGPT

俳句が作れるのなら、短歌も詠めるだろう。詩歌俳文の世界には、添削という形式もある。チャットGPTが打ち出した作品を、時間をかけて添削すればいいのだ。

表現形式よりも、発想が大事なのだ、といわれそうだが、そこもなんとか工夫できるのではないか。

昔は俳句が興行として演じられたこともあったのだ。一晩ぶっ続けで何句作れるか、などと、人を集めて実演したものらしい。

「これもダメ! もっと作れ! 趣向を変えて! 新鮮な言葉で!」

などと叱咤激励して人工知能がクタクタになるほど推敲する。

一流の棋士たちも人工知能相手に研鑽を積むらしいから、少しもヘンではないだろう。

そもそも文字を手で書いている作家など、今はめずらしく、若い人はほとんどパソコンの時代だ。

以前、「NARA万葉世界賞」という催しに選考委員として加わっていたことがあった。中西進先生を座長に、故ドナルド・キーンさんなどとご一緒に、選考の席で勉強させていただいたものである。

その参考資料として事前に送られてくる論文には、万葉の歌がすべて横書きのかたちで印刷されていた。

俳句も、和歌も、詩も、そのうちぜんぶ横書きの文字で詠読することになるのだろうか。

また、チャットGPTが<人生相談>を担当する日がこないとも限らない。何万、何百万という実例を綜合、検索して、人生相談にのる人工知能というのも、ありえないことではないのではないか。個人的な感覚などをまじえずに、もっとも合理的な回答を冷静に行うというのが人工知能の取りえだろう。

「そういうわけで、もう今の夫とはやっていけません。どうすればいいでしょうか」

などという相談に、はたしてチャットGPTがいかに答えるか興味のあるところだ。

「60パーセントから65パーセントの確率で別れたほうが良い結果をもたらすでしょう」

などと回答されたとき、相談者ははたしてどう対処するだろう。

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どうでもいい、じじぃの日記。

5月発売『週刊新潮』「生き抜くヒント 五木寛之」に「人工知能の使いかた」が書かれていた。

「チャットGPTが<人生相談>を担当する日がこないとも限らない。何万、何百万という実例を綜合、検索して、人生相談にのる人工知能というのも、ありえないことではないのではないか」

その1.
相談者、「そういうわけで、もう今の夫とはやっていけません。どうすればいいでしょうか」
    ↓
チャットGPT、「60パーセントから65パーセントの確率で別れたほうが良い結果をもたらすでしょう」

その2.
相談者、「そういうわけで、もう1年分の貯金しかありません。どうすればいいでしょうか」
    ↓
チャットGPT、「60パーセントから65パーセントの確率で生活保護の手続きした方がいいでしょう」

とか、なるのかなあ。

5月放送「ビートたけしのTVタックル」では、こんなことを言っていた。
高齢者に、インタビュー。
テレビのレポーター、「この物価高に生活はどう影響していますか?」
高齢者、「早くお迎えが来てほしいわ」

何と、答えた高齢者50人のうち、40人近くが「お迎え」を待っているのだった。