じじぃの「科学・地球_577_心の病の脳科学・脳の配線障害」

Cartographers of the Brain: Mapping the Connectome

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=OoU_GF4fc6w

ヒトの大脳全体を1996の部位に分け、各部位間の接続の強さを調べた図

線の太さが各ノード[要曖昧さ回避]間の接続の強さを、点の大きさがノードに集まる接続の量を表す。

コネクトーム

ウィキペディアWikipedia) より
コネクトーム(connectome)とは、生物の神経系内の各要素(ニューロンニューロン群、領野など)の間の詳細な接続状態を表した地図、つまり神経回路の地図のこと。
つながる、接続するといった意味を持つ英語のコネクト(connect)という言葉と、「全体」を表す-オーム(-ome)という接尾語から作られた言葉。人間の神経回路地図全体のことを言うときは特にヒト・コネクトーム(Human connectome)と名付けられている。また、コネクトームの調査、研究を行う分野はコネクトミクスと呼ばれる。

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ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか

【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた

第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?

第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係
第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか
第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ

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『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』

林(高木)朗子/著、加藤忠史/編 ブルーバックス 2013年発行

第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす? より

脳の「配線の変化」が精神疾患の1因?

第1章でも紹介したように、脳の疾患には、神経変性疾患精神疾患があります。記憶ができないなどの症状が出るアルツハイマー認知症では、多数の神経細胞が細胞死を起して脳の顕著な萎縮が見られます。それが神経変性疾患です。当然のことながら、脳内の情報処理を担う神経細胞が死んでしまうので、記憶や認知などいろいろな脳機能に障害が出てしまいます。

一方、脳にそうした顕著な萎縮、神経細胞死が見られないのが精神疾患だとされています。このような精神疾患の原因として、第1章で紹介したシナプス神経細胞のはたらき方の変化のほかに、神経回路の配線の変化が考えられます。脳の領域間を結ぶ配線の巣が少なかったり多すぎたり、間違った相手に配線させたりする変化です。そのような配線の異常があっても、脳に明らかな萎縮などの「見える病変」は認められないでしょう。このような理由から、細切れにスライスした脳組織を顕微鏡で観察している従来の病理学では、第1章でも触れたように「精神疾患=病理学者の墓場」とたとえられることもあったのです。

本章では、脳の神経回路の「配線」の変化や認知の仕組みから、精神疾患の原因を考えてみましょう。

ヒトの脳では1000億個ともいわれる神経細胞が、軸索をほかの神経細胞に伸ばしてつながり合い、信号を流す神経回路をつくっています。脳には異なる機能を司る領域が最低でも1000ヵ所あると考えられています。それらの領域間を結ぶ配線のルートの数は、万の単位です。驚くべきことに脳内の配線は、すべて脳神経が発生、発達する間に自律的に構築されているのです。顔が1人1人異なるように、脳の神経回路の複雑な配線も微妙に1人ずつ異なっているはずです。なんらかの原因で配線が大きく変化する、もしくは配線相手を間違うと、精神疾患の症状を現れると考えられるのです。

たとえばコンピュータでも、配線の間違いから、同様の動作異常が想定できます。コンピュータの基盤を成す集積回路も、とても正確に再現性良く配線されています。
工場の工作機械のトラブルなどでこの集積回路がまちがって配線されてしまうと、ある時にできあがったコンピュータは暴走したり、とんでもない回答を出したりすることになります。

しかし、この「配線の誤り」という仮説を検証する、もしくは探し出すことはとても難しいことです。コンピュータの集積回路も、何百万という配線を使ってとても複雑な電気回路で構成されているからです。集積回路電子顕微鏡で観察して、配線のされ方の違い、誤りによっtrコンピュータの機能がどう変わるかを調べることは容易でないでしょう。これが、精神疾患の原因を解明するのに時間がかかっている理由の1つです。

同様に、極めて複雑な脳の神経回路の配線を調べて、脳の機能を理解することはとても難しく、結果としてそのような研究は遅れていました。このような神経回路の配線地図をコネクトームといいます(図3-1、画像参照)。コネクトーム研究こそが脳の仕組みを解明する上で不可欠だと認識だれ、2010年代から米国をはじめとしてコネクトームの大型研究プロジェクトが進められています。私は、コネクトーム研究などの知見を、統合失調症自閉症スペクトラム症などの原因解明につなげることを目指しています。

脳の炎症で、正常な神経回路がつくられなくなる?

最後に、先ほどのコネクトーム研究などの知見を踏まえ、私たちが進めている統合失調症自閉症スペクトラム症などの原因解明につなげるためのモデル動物研究を紹介しましょう。

先に説明したように、胎児期や新生児期の脳が発達する過程における神経回路の微細な変化が、統合失調症自閉症スペクトラム症の発症リスクになるという仮説があります。

そもそも脳内にある何百万の配線は、遺伝子の命令で自律的につくられていきます。ですので、お母さんのお腹の中や生れてすぐの時期は、脳内の神経回路は、まだ構築中で完成していません。そのため、この時期の脳回路は非常に感受性が高く、少しの酸素不足や栄養不足により影響されることが知られています。
たとえば虚血性や炎症性の脳性まひなどがそれにあたります。この場合には、錐体路(すいたいろ)と呼ばれる運動機能を司る神経回路形成が障害されるため、思い通りに(トップダウン情報が)対象の筋肉に伝達されなかったり、筋肉の視覚情報が間違った脳部位に伝達されたりしています。