じじぃの「歴史・思想_472_腸と脳・脳に話しかける腸」

The Gut-Brain Connection

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=oym87kVhqm4

図1.消化管に分布する腸管神経節

腸管神経系

2016年7月18日 脳科学辞典
●構造
腸管神経系は食道から肛門に及ぶ消化管と膵臓、胆嚢や胆道系の壁内に存在し、神経節と神経節間を結ぶ神経線維、および粘膜上皮や小動脈などへ投射する神経線維から成り立っている(図1)。ヒトの腸管神経系に存在する神経細胞の数は4億から6億に達し、他のどの末梢器官に存在する神経細胞の数より多く、脊髄に存在する神経細胞の総数に匹敵する。
腸管神経節には神経細胞グリア細胞が存在し、多くの点で中枢神経系の構造に類似している。しかしながら、腸管神経節には結合組織性の要素は存在せず、中枢神経系でみられる血液脳関門のような構造も存在しない。
神経線維束には腸管神経系の軸索と消化管に投射する外来神経である交感神経や副交感神経の軸索及びグリア細胞が含まれる。なお、外来神経の中には中枢神経からの指令を効果器に伝える遠心性神経ばかりでなく、消化管からの情報を中枢神経系に伝える求心性神経も含まれている。
筋層間神経叢と粘膜下神経叢は、形態的・機能的に互いに連絡し、さらに外来神経である副交感神経系(迷走神経や骨盤神経)や交感神経系(血管運動神経など)とも連絡している。
https://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E8%85%B8%E7%AE%A1%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB

腸と脳―体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか 紀伊國屋書店

エムラン・メイヤー/著 高橋洋/訳
腸と脳のつながりを研究し続けてきた第一人者が、腸と腸内の微生物と脳が交わす緊密な情報のやりとりが心身に及ぼす影響や、腸内環境の異変と疾病の関係などについての最新知見をわかりやすく解説する。
健康のための食事や生活についての実用的アドバイスも必読。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011570

『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』

エムラン・メイヤー/著、高橋洋/訳 紀伊國屋書店 2018年発行

第3章 腸はいかに脳に話しかけるのか より

私たちが気づく内臓刺激は、一般に対応に迫られるものに限られる。空腹感は何かを食べるよう促す、満腹感はそれ以上食べるのをやめさせる。便意はトイレに駆け込ませる、などだ。それ以外のほとんどの内臓刺激については、胃の痛み、胸焼け、吐き気、執拗な腹部の張り、あるいは悪くすると食中毒、ウイルス性胃腸炎など、胃腸に問題が生じない限り、私たちは安心し切ったまま気づかないでいる。もちろんいつもと変わらない量の食事をしたあとでも、食べ過ぎや胃もたれを感じる程度のことはある。突然、胃腸からの感覚情報[Sensory informationの訳で、感覚を生み出す刺激情報の意。実際に感覚を感じるのは刺激が脳に達してからであることに留意]が、自分にとって意味を持ちはじめるのには理由がある。不快感を覚えることによって何らかの対処を余儀なくされ、また、そのような状況を引き起こす食べ物には今後手をつけないよう肝に銘じさせるのだ。

過敏な脳

たいていの人は、ほぼすべての内臓刺激に気づいていないが、顕著な例外がいくつかある。その1つは、心臓の鼓動や腸内における食物の動きに容易に気づく人がいることだ。彼らは、胃腸を含め身体から送られてくるあらゆるシグナルに対して敏感である。そのような人々を対象に行なわれた脳画像実験では、注意や顕著性(サリエンス)の評価に関与すう脳のネットワークに、反応の高まりが見出されている。
もう1つの例外は、消化管から脳に送られた感覚情報が、破損したシグナルとして脳に届く、不運な人々が10パーセントほどいることだ。私が診察した数々の患者のなかでも、身体刺激に対する気づきの鋭敏化を顕著に呈するある紳士の症例は、その独自性において突出している。
この患者フランクは75歳の元教師で、私の診察室に来るまで5年間にわたり、腹部膨満、腹部の不快感、不規則な便通など、典型的なIBS過敏性腸症候群)症状を含む消化管の障害を抱えていた。だが、問題はIBS症状のみではなかった。かれはまた、食道の上部に何かがつかえているような不快感(ヒステリー球とも呼ばれる)を慢性的に覚え、げっぷを繰り返し、胸骨の背後にメントールのような刺激性の感覚を覚えて頻繁にせきをし、息を吸ったときに十分に空気を取り込めていない気がすることがあったのだ。これらの症状は、私の診断室に来るおよそ5年前、重病の妻を亡くしたちょうどその時期に突然発現したという。
診断に役立てようといくつかの質問をしたところ、フランクは、子どものころからIBSに似た軽い症状があったようだ。これまでに何度も胸部、消化管、心臓を徹底的に検査してきたにもかかわらず、症状の原因がまったくわからないとのことだったが、消化管に何らかの機能的障害を抱えている可能性が高かった。彼の症状は、食道から結腸に至る消化管の各領域から送られてくる内臓刺激に対する過敏性に由来する、といったあたりがもっとも妥当な診断だと思われた。
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フランクのような患者は、収縮、膨張、酸の分泌などの消化管の正常な機能に過敏なばかりではない。彼らのなかには、腸内で風船を膨らます、食道に酸性溶液を垂らすなどといった実験的な刺激に対し、健常者より敏感な人もいることが数々の研究からわかっている。
消化管が備える感覚系の複雑さを考慮すると、普通の食べ物、あるいは不健康ながらたいていの人にはいかなる症状も引き起こさない食べ物や食品添加物に過剰に反応するなど、彼らの消化器系が混乱の影響を受けやすいことは特に驚きではない。彼らは、危険をいち早く察知できる、いわば炭鉱のカナリアなのだろうか?

セロトニンの役割

セロトニンは、腸と脳のシグナル交換に用いられる究極の分子である。セロトニンを含む細胞は、小さな脳と大きな脳の両方に密接に結びついている。腸を本拠地とするセロトニン・シグナルシステムは、食物、腸内微生物、薬の作用もよって生じた反応を消化器系の活動、さらには感情に結びつけるのに重要な役割を果たす。その一方、腸の神経や脳に含まれる少量のセロトニンには、それとは別の大事な役目がある。セロトニンを含む腸内の神経は蠕動反射の調節に関与し、脳内の一群の神経細胞は、さまざまな脳領域にシグナルを送って、食欲、痛覚感受性、気分など、生存に必須の一連の機能に影響を及ぼす。

情報としての食物

消化管が備えるさまざまなセンサーや迷走神経(脳神経の中で唯一腹部にまで到達する神経)の複雑さや、消化プロセスにおけるそれらの動きを考慮しつつ、内臓刺激という広い文脈で消化管の働きをとらえると、人間の消化器系の革新性がよくわかる。私たちが備える消化管は、食物に含まれる種々の栄養素やカロリーを吸収するだけでなく(消化できなかった食物は腸内微生物が面倒を見てくれる)、その高度な監視システムで、食物の栄養を分析し、最適な消化に必要な情報を引き出している。

食物には最適な消化方法に関する指示や詳細説明が記載されているのだ。それについては、最近になるまでほとんど何も知らされておらず、現在でもその意味の解明が進まれている。この事実は、あなたが菜食主義者、魚菜食主義者、雑食者、肉食者のいずれでもあろうが、ファストフードばかり食べていようが、ダイエット中であろうが、あるいはメキシコ旅行中に腸感染を起こして苦しんでいたとしても、何ら変わりはない。注目すべきことに、消化管の精巧な感覚系は、食物が口に入ったその瞬間に情報を引き出しはじめ──舌の感覚レセプターと、食道の腸管神経系[腸管神経系は消化管の全体にわたって存在する]が、入ってきた食物に関する情報を送りはじめ──結腸に達するまで働き続ける。そして消化管は日常生活に何ら支障をきたすことなく、一連の機能を実行しているのである。
感覚レセプターが消化管壁に沿って広範かつ濃密に存在していることを考えると、消化管は、消化に関係する複雑なプロセスによって、またそこに宿る100兆のおしゃべりな微生物が生み出す膨大な量の情報を常時脳に送っていることがわかる。つまり脳腸相関は、大量の情報の収集、蓄積、分析、それへの反応という機能に鑑みれば、かつて考えられていたようような地道に働く蒸気機関などではまったくなく、真のスーパーコンピューターなのだ。
以上はすべて、消化管の機能に関して最近得られた知見の一部であり、マクロ栄養素、ミクロ栄養素、代謝、カロリーなどといった詳細への拘泥(こうでい)から、「私たちの消化管とその神経系、そしてそこに宿る微生物は、実のところ驚異的な情報処理装置であり、それに関与する細胞の数という点では脳をはるかにしのぎ、能力という点でも脳が持つ機能のいくつかに匹敵する」という最新の見解への移行を反映するものでもある。このシステムは体内に取り込まれた食物が、いかに飼育、栽培されたのか、どんな肥料が使われたのか、いかなる化学物質が添加されているのかなどに関する重要な情報を拾いつつ、私たちを周囲の世界に密接に結びつける。そして次章で詳しく説明するように、体内に取り込まれた食物と感情の結びつきには、腸内微生物が注目すべき役割を担っている。