じじぃの「歴史・思想_473_腸と脳・微生物の言語」

THE GUT MICROBIOME AND THE BRAIN

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=mToHUKRsxhg

How your gut might modify your mind

How your gut might modify your mind

APRIL 8, 2019 c&en
The microbes that live in your body might be influencing your behavior. Researchers want to know what they’re saying to your brain and how
https://cen.acs.org/biological-chemistry/microbiome/gut-might-modify-mind/97/i14

腸と脳―体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか 紀伊國屋書店

エムラン・メイヤー/著 高橋洋/訳
腸と脳のつながりを研究し続けてきた第一人者が、腸と腸内の微生物と脳が交わす緊密な情報のやりとりが心身に及ぼす影響や、腸内環境の異変と疾病の関係などについての最新知見をわかりやすく解説する。
健康のための食事や生活についての実用的アドバイスも必読。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011570

『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』

エムラン・メイヤー/著、高橋洋/訳 紀伊國屋書店 2018年発行

第4章 微生物の言語 より

幼年期における浣腸の負の効果

ダリアは執拗な便秘のために診察を受けに来たのだが、問題は便秘にとどまらず、他にも全身の慢性疼痛、疲労、偏頭痛などの症状が現れていた。また面談から、彼女はつねに抑うつ状態にあり、その原因が胃腸にあると考えていることが明らかになった。彼女の話では、便秘は、母親が定期的に彼女に浣腸をしていた子どものころにさかのぼるようだ。ちなみに当時は、日々の便通を確保するために、母親が子どもに浣腸することがよくあった。
遺憾ながら、ダリアは日々の便通を確保するために毎日浣腸をし、週に一度結腸洗浄(結腸上部に湯水を注入する浣腸)を施さなければならなかった。毎日浣腸をしていないと、何週間も自然な便通が起こらないことがあったのだ。彼女は、自分の結腸が「死んで」いるために内容物を動かすことができず、浣腸で毎日便通を誘導しなければ、耐え難い不快感を覚えると主張した。これらの事実は、便秘による不快感に対する恐れと結びつき、絶対に浣腸をやめられないという強い信念を生んでいたのである。
ダリアはそれまでに数々の治療を受けていたが、いずれも効果がなく、薬でうつ症状を抑えても、便秘は一時的にしか緩和しなかった。どうやら未知のメカニズムが、腸と脳のコミュニケーションを阻害する方向へと引き戻しているらしかった。私は一連の検査を受けるような彼女に指示したが、その結果からは便秘の原因はまったくわからなかった。結腸通過検査と呼ばれる特殊なテストで、消化後の食物の残滓が結腸を通過する時間はまったく正常だとわかったのだが、もっとも注目すべき結果だった。
ダリアはまた、不安、抑うつ疲労、慢性疼痛などの諸症状が、消化管における有毒な老廃物の発行によって生じているのだと、また、それを廃棄できないために、全般的な健康が蝕まれているのだと確信していた。彼女のような、さまざまな症状を抱え、奇怪に聞こえる訴えを起こす患者を前にした医師は、結腸な内視鏡検査を行なって最新の下剤を処方し、精神科医を紹介するのが関の山だ。今日では、そのような扱いは、症状の基盤をなす重要な生物学的要因を無視していると見なされるだろう。子どものころにダリアが受けていた浣腸は、幼年期における腸内微生物の正常な構成の発達を妨げ、腸内微生物と神経系のコミュニケーションの様態を長期にわたって変えていたことが大いに考えられる。腸内微生物のいかなる変化が、それらの症状を引き起こすのかについて現在のところ正確にはわかっていないが、彼女の症例は、健康なマイクロバイオ―ム(微生物叢)の発達の阻害が、消化管と脳のコミュニケーションの生涯にわたる障害とともに、精神症状を発現するリスクをもたらす可能性を示唆する。

微生物語と体内インターネット

腸内微生物は、私たちの消化管、免疫系、腸管神経系、そして脳とつねに会話を続けている。どんな協力関係にも当てはまるが、健全なコミュニケーションが肝要である。最近の研究によれば、この会話が攪乱されると、炎症性腸疾患、抗生物質による下痢、肥満、およびそれによる有害な症状など、消化管疾患が引き起こされうる。また、うつ病アルツハイマー病、自閉症などの重度の脳障害の発症を促す可能性も考えられる。
腸と脳のコミュニケーションは、特定の分子が炎症シグナルとして脳と転落を取る方式、ホルモンのように血流を伝わる方式、神経シグナルの形態で脳に達する方式など、伝送方式が異なるいくつかの並列的な「伝送経路(チャンネル)」に沿って生じる。これから見るように、おのおののチャンネルに沿うコミュニケーションは孤立して生じるのではなく、チャンネル間でさまざまな混線が起こる。腸内微生物は脳の会話に、脳は腸内微生物の会話に聞き入る。また、腸内微生物が脳とのコミュニケーションに用いている生物学的なチャンネルを介した情報の流れは、きわめて動的である。
このシステムが捉える情報量は、腸の表面を覆う薄い粘液層の厚さと、総合度、腸壁の浸透性(漏れやすさ)、血液脳関門の状態に強く依存する。通常この関門は比較的堅固で、腸内微生物から脳への情報は制限される。しかし、ストレス、炎症、高脂肪食、ある種の食品添加物は、体内の関門を漏れやすくすることがある。
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腸の免疫系は、いかなる形態で微生物を検知しようとも、サイトカイン(主にタンパク質からできており、細胞から生産・分泌される物質。細胞同士の情報を伝達し、免疫細胞を活性化させたり抑制したりするはたらきを持っており、免疫機能のバランスを保つための重要な役割を担っている)と呼ばれる分子を生成することでそれに反応する。炎症性腸疾患、急性胃腸炎などに見られるように、特定の条件下では、サイトカインは腸内で本格的な炎症を引き起こす。のみならず、ひとたび腸内でサイトカインが生成されると、そのシグナルは脳に達することがある。たとえばサイトカインは、腸と脳を結ぶ情報ハイウェイたる迷走神経の感覚神経[迷走神経には求心路と遠心路があるが、そのうちの求心路を刺す]終末に備わるレセプターに結合して脳の枢要な領域に長距離メッセージを送り、エネルギーレベルの低下、疲労感や痛覚感受性の高まり、さらには抑うつさえ引き起こす。また軽度の炎症を起こしても、満腹を示すシグナルに対する迷走神経終末の感受性が低下し、食物の過剰な摂取を控えさせるメカニズムが損なわれる。脂肪分を取りすぎている患者には、このメカニズムの阻害は問題になりやすい。
サイトカインは、ホルモンのように血流に入って脳に達し、血液脳関門を横切って、ミクログリア細胞と呼ばれる脳内の免疫細胞を活性化させるケースもある。脳内の細胞の大多数はサイトカインに反応するミクログリア細胞であるため、脳はこの経路を通じて、腸と微生物と免疫系で構成されるシグナルメカニズムの標的になるのだ。さらにいえば、腸から脳へと送られる。その種の長距離免疫シグナルは、アルツハイマー病などの神経変性疾患の発症に関与すると考えられている。
微生物は免疫系との複雑な精巧なコミュニケーションに加え、免疫系を介する方法より劇的ではないとしても等しく重要な、代謝物質を介する方法を用いて脳と連絡をとる。腸内微生物は多様で、その数も多い。腸内には、ヒトの遺伝子1個につき360個の微生物の遺伝子が存在する。また腸内微生物は、人体には消化不能な物質の消化が可能で、その活動を通して数十万種類の代謝部物質が産出される。しかもその多くは、私たちの消化器系によっては生成されない。微生物が産生した代謝物質の多くは血流に入り、そこで循環するあらゆる分子のほぼ40パーセントを占める。その多くは神経刺激性の物質と考えられており、神経系と交換し合うことができる。このような代謝物質には、大腸で吸収されて血流に入るものもある。なお腸が漏れやすいほど、それだけ大量の代謝物質が血流に入る。このように血液循環に乗った代謝物質はホルモン同様、脳を含むさまざまな身体組織に達する。
微生物の代謝物質が脳にシグナルを伝えるもう1つの重要な方法は、腸壁に存在する、セロトニンを含む腸クロム親和性細胞を介したものである。

体内における無数の会話

マイクロバイオ―タ(ある環境中の微生物)の役目で興味深いのは、この微生物のかたまりが、内臓反応と内臓刺激を分かつ境界(インターフェイス)の位置を占めている事実である。内容物の有無、またそれがある場合には食物の種類に応じて、腸管神経系は消化管内の環境を変え、消化液の酸性度、流動性、分泌量や、消化管の機械的な収縮を調節することで消化を管理する。
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20世紀を通じて科学者たちは、微生物という私たちのパートナーを観察できなかった。というのも、そのほとんどは実験室で培養できなかったからだ。また、微生物の種を同定する自動化された遺伝子配列決定技術と、微生物に関する膨大なデータを処理するスーパーコンピューターが登場するまでは、腸内に宿る微生物の種類や、微生物が総体として持つ遺伝子、さらには微生物が生成する代謝物質を確定するための、徹底的な調査ができなかった。だから当時の科学者は、「脳ー腸ーマイクロバイオ―ム」相関を構成するさまざまなメンバーが、いかに連絡を取り合っているのかに関して、限られた知識しか持っていなかった。
現在では、腸内微生物は、ある1つの特権的な役割を担っているだけではないことが判明している。マイクロバイオ―ムの著名な研究者でスタンフォード大学に所属するデイヴィッド・レルマンは、「ヒトマイクロバイオ―タは、人間の基本的な構成要素の1つである」と述べている。

腸内微生物は、体内に取り込まれた食物の大部分の消化を助けてくれるという、私たちにとって不可欠な貢献をしているのに加え、食欲をコントロールする脳のシステムや情動操作システム、私たちの行動、さらには心にすら、まったく意外な影響を及ぼしていることがわかってきた。私たちの消化器系に宿る目に見えない生物たちは、感情、直感的判断、さらには脳の発達や老化に関しても、一家言あるのだ。