じじぃの「歴史・思想_475_腸と脳・情動の新たな理解」

Why is the gut microbiome important?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=AsyzqhFKLoI

The gut microbiome affects depression bidirectional communication with immune

Finding intestinal fortitude: Integrating the microbiome into a holistic view of depression mechanisms, treatment, and resilience

February 2020 ScienceDirect
1. Introduction
The English language is filled with idioms connecting the gastrointestinal tract with emotion, as is perhaps most evident from a quick scan of the microbiome literature (a few examples: Dinan and Cryan, 2017b; Forsythe et al., 2010; Foster, 2013; Mosher and Wyss-Coray, 2015).
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0969996119302463

腸と脳―体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか 紀伊國屋書店

エムラン・メイヤー/著 高橋洋/訳
腸と脳のつながりを研究し続けてきた第一人者が、腸と腸内の微生物と脳が交わす緊密な情報のやりとりが心身に及ぼす影響や、腸内環境の異変と疾病の関係などについての最新知見をわかりやすく解説する。
健康のための食事や生活についての実用的アドバイスも必読。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011570

『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』

エムラン・メイヤー/著、高橋洋/訳 紀伊國屋書店 2018年発行

第6章 情動の新たな理解 より

情動(emotions)は、幼年期から私たちの思考を色づけ、判断に影響を及ぼす。また、危険が迫ったときに戦ったり逃げたりするよう導いてくれる。そして、恋人探しに駆り立て、子どもたちとの触れ合いを促す。さらには嗜好を左右し、ペットを飼わせ、情熱の火を焚きつける。このように、情動的感情[emotional feeling 一般的には、情動作用に対する意識的な気づきの意]は、人間性の基盤に欠かせないものだ。
哲学者や心理学者による数世紀にわたる研究、あるいは最近では神経科学者の研究を通じて、情動の起源を心や脳や身体に求める、高度な理論が提起されるようになった。しかしここ数年間で、ほとんど誰も考えていなかった要因に情動が影響を受けることを示唆する科学的証拠が得られるようになった。その革新的な発見によれば、腸と脳と心の複雑な相互作用には、マイクロバイオ―タ(ある環境中の微生物)が重要な役割を果たす。この種の瞠目すべき発見は、内臓反応や内臓感覚、およびその双方が気分、心、思考に与える影響という面で、目に見えない生物が果たす役割を果たす役割をめぐって、画期的な見方を生み出したのである。

腸内微生物が人間の行動を変える?

腸内微生物が情動に影響を及ぼすのなら、そして、情動や内臓感覚がどう振る舞うべきかをめぐる判断を導いているのなら、「腸内微生物は私たちの行動を左右する」という結論が論理的に導き出される。では、腸内微生物が私たちの行動を変えられるのなら、腸内微生物の構成の異変は、異常な行動につながるのだろうか? そしてそれが真なら、異常な腸内微生物を健康な微生物に置き換えれば、腸の問題のみならず行動の問題も矯正できるのか?

ジョナサンと彼の母親は、それが可能だと考えた。2人が私の診察室を訪れたとき、彼は25歳だったが、すでに自閉症スペクトラム障害ASD)、強迫性障害、不安障害と診断された。ASDを抱える多くの人と同様、ジョナサンはつねに腹部の膨満感や痛み、便秘など、さまざまな胃腸症状に悩まされていた。

腹部膨満は、薬効範囲の広い抗生物質を数種類服用しはじめてからさらに悪化した。これはマイクロバイオ―タの変化が胃腸症状の激化に何かしらの役割を果たしているのであろうことを示す。彼はすでに、グルテンフリーや乳製品フリーなどいくつかの食餌療法を試してみたが、いずれも効果は長続きしなかった、また当然ながら、偏食も良くなかった。においや下ざわりを嫌って果物や野菜をほとんど食べず、もっぱらパンケーキ、ワッフル、ジャガイモ、ヌードル、ピザ、菓子などの精製された炭水化物、プロテインバー、肉類を食べていたのだ。
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カリフォルニア州パサデナにあるカリフォルニア工科大学カルテック)に所属するサーキス・マズマニアンとエレイン・シャオは、大反響を呼んだきわめて重要な動物実験を行なった。妊娠したマウスに、ウイルス感染を摸倣するかたちで免疫系を活性化させる物質を注射したのだ。この母親から生まれた子どもは、不安様行動、ステレオタイプ化された繰り返し行動、不適切な社会行動など、ASDの症例に見られる一連の異常な行動を呈した。そのため、このいわゆる母親の免疫活性化モデルは、自閉症の妥当な動物モデルとして扱われている。
実験の結果、カルテックの研究者たちは、マウスの子どもの腸とマイクロバイオ―タが変化しているのを発見した。腸内微生物の構成のバランスが崩れ、腸が漏れやすくなり、腸を本拠地とする免疫系の活動が高まっていたのである。また彼らは、ASDを抱える人の子どもの尿に検出されていたものと密接に関連する代謝物質が、腸内微生物によって産生されているのを見出した。免疫系の活性化が見られない母親マウスの健康な子どもにこの代謝物質を与えたところ、この子どもは、免疫系の活性化を起こした母親の子と同じ行動異常を示した。さらに興味深いことに、行動異常を呈するマウスの便を正常に振る舞っていた無菌マウスに移植すると、後者も異常な行動を見せるようになった。

この結果は、行動異常を呈するマウスの便の移植によって、特定の代謝物質が生成されるようになり、それが脳に達して健康なマウスの行動を変えたことを強く示唆する。自閉症スペクトラム障害を抱える人によって非常に重要な意義を持つ結果としては、異常な行動を見せるマウスにバクテロイデス・フラジリスと呼ばれる人間の腸内細菌を与えたところ、(すべてではないとしても)自閉症に特徴的ないくつかの行動が消えたことを明記しておきたい。

この巧妙な実験は、科学者のみならず、自閉症の子どもを持つ親や自閉症」の新たな治療法の開発を試みる企業のあいだでも注目を集めた。ジョナサンと母親も、この研究のことを聞きつけて、プロバイオティクス(腸内で有益に働く微生物やそれらを利用した食品素材や製品)や糞便微生物移植に関する質問を私にしてきたのだ。
私はこの質問に対し、ASDを抱える人を対象に現在行われている研究の結果が数年以内に出るはずなので、その暁には確実な答えが得られるだろうと答えた。
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私がジョナサンに提案した治療プランは、腸と脳の両者を対象にするのだった。栄養士をつけ、果物や野菜やさまざまな発酵食品(発酵乳製品、プロバイオティクス入りのソフトドリンク、キムチ、ザワークラウト、各種チーズなど)を含む、バランスのとれた食物をとるよう食習慣を徐々に変えさせていった。ちなみにいずれの食品も、乳酸菌やビフィズス菌のさまざまな種を含む。また私は、便秘の治療のために、ダイオウの根やアロエベラなどの薬草をベースにした、少量の下剤を試してみることを提案した。さらには、腹式呼吸などのセルフリラクゼーション運動の実践方法を教え、また、恐怖症や不安の高まりに対処するために、すでに導入していた認知行動療法の継続を強く推奨した。
2ヵ月後に再度診療を受けにきたとき、ジョナサンの胃腸症状はかなり良くなっていた。偏食も徐々に解消され、便通も正常な状態に戻っていた。彼はもはや、腸内の寄生虫に拘泥しなくなった。その代わり、食習慣がマイクロバイオ―タの振る舞いどのような影響を及ぼすかの、そして、食べ物とマイクロバイオ―タの相互作用が胃腸症状を緩和する仕組みの理解に、強い関心を持つようになっていた。