じじぃの「歴史・思想_470_腸と脳・リアルな心身の結びつき」

What If You Had A Second Brain?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=T3Ftj5E90tY

腸と脳―体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか 紀伊國屋書店

エムラン・メイヤー/著 高橋洋/訳
腸と脳のつながりを研究し続けてきた第一人者が、腸と腸内の微生物と脳が交わす緊密な情報のやりとりが心身に及ぼす影響や、腸内環境の異変と疾病の関係などについての最新知見をわかりやすく解説する。
健康のための食事や生活についての実用的アドバイスも必読。
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784314011570

『腸と脳──体内の会話はいかにあなたの気分や選択や健康を左右するか』

エムラン・メイヤー/著、高橋洋/訳 紀伊國屋書店 2018年発行

第1章 リアルな心身の結びつき より

本書で私は、腸と腸内に宿る兆単位の微生物、そして脳とが、いかに密に連絡を取り合っているかについて、革新的な見方を提示する。とりわけこの三者の結びつきが、脳や腸の健康維持に果たす役割に焦点を絞る。さらには、この体内の会話が遮断された場合、脳や腸の健康にもたらされる悪影響について論じ、脳と腸の連絡を再確立して最適化することによって、健康を取り戻す方法を紹介する。
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それから(ニクソン大統領が米国がん法に署名したときから、1971年)数十年間、機械的で軍隊的な疾病モデルが医学研究の指針として用いられた。「故障した部品を修理さえすれば問題は解決するだろう。究極の原因を解明する必要などない」と考えられていたのだ。このような医療哲学は、ベータ遮断薬やカルシウム拮抗薬を用いて、脳が発信する異常なシグナルが心臓や血管に届かないようにする高血圧治療や、胃酸の過剰な生成を抑えることによって胃潰瘍や胸焼けを治療するプロトンポンプ阻害剤を生んできた。医療や科学は、これらすべての問題の主たる原因である。脳の機能不全にはほとんど注意を払ってこなかった。あるアプローチが失敗すれば、さらに強力な手段が用いられた。プロトンポンプ阻害薬で潰瘍を抑えられなければ、脳と腸を結ぶ必要不可欠な神経線維の束である迷走神経を切断したのだ。
確かになかには、大きな成功を収めたアプローチもある。長いあいだ、医療システムや製薬業界は、わざわざアプローチを変える必要を感じなかったらしい。

一般的な健康状態の劣化

IBS過敏性腸症候群)、慢性疼痛、うつ病などのさまざまな慢性疾患に効果的に対処できないことだけが、疾病に焦点を絞る従来的な医療モデルの欠陥なのではない。1970年代以後、肥満やそれに関連する代謝障害、炎症性腸疾患、喘息、アレルギーなどの自己免疫障害、アルツハイマー病やパーキンソン病などの加齢にともなう脳疾患や進行中の脳疾患を含め、健康に対する新たな障害の増加が見られるようになった。たとえば、アメリカにおける肥満率は、1972年の13パーセントから2012年の35パーセントへと次第に増大している。今日のアメリカでは、1億5470万人の成人と、2歳から19歳の子どもの17パーセント、すなわち6人に1人の子どもが、太り気味か肥満だ。また、毎年少なくとも280万人が、肥満が原因で死亡している。世界的に見ると、糖尿病の44パーセント、虚血性心疾患の23パーセント、各種がんの7~41パーセントは、その原因を太り気味と肥満にに求めることができる。肥満の流行が退潮しなければ、それによる疾病の治療にかかる費用は、驚くべきことに年間6200億ドルにものぼると見積もられる。
私たちは現在でも、このような新たな健康障害の発生件数が急上昇した原因をつきとめようと苦労しているが、そのほとんどは、効果的な解決方法が見つかっていない。アメリカの平均寿命の延びかたは他の先進諸国と軌を一にするが、高齢者の身体と心の健康という点では大幅な遅れをとる。平均寿命が延びた分の代価を、その延びた数年間の生活の質(QOL)の低下で払っているともいえよう。
だから私たちは、人体がいかに機能するのか、どうすればそれを最適な状態に保てるのか、また、障害が生じたときにいかにして安全かつ効率的に治せるのかを理解するための現行のモデルを、今こそ更新しなければならない。もはや、時代遅れになったモデルがこれまで生んできた対価や長期的なコラテラルダメージアーノルド・シュワルツェネッガー主演のアメリカ映画)を、許容するわけにはいかないのだ。
これまで私たちは、全般的な健康の維持という点になると、消化管(消化器系)と脳(神経系)という、人体が備える2つの複雑かつ重要な系(システム)を無視してきた。心身の相関は神話などではなく生物学的事実であり、身体全体の健康を理解するためには必須の要素なのである。

健康と新たな科学

腸と脳のコミュニケーションに関する新たな科学は、最近になって科学界やメディアでももっとも注目されるようになった分野の1つである。「外交的な」マウスから取り出した、マイクロバイオ―タを含み糞を移植するだけで、「臆病な」レシピエントマウスが、社交的なドナーマウスが、社交的なドナーマウスに似た振る舞いを示すようになるなどと誰が考えていただろうか? あるいは、貪欲で肥満したマウスの便を微生物とともに移植すると、やせたマウスが餌を食べ過ぎるようになることを示した類似の実験や、プロバイオティクスの豊富なヨーグルトを4週間食べ続けた健康な女性の脳が、負の情動を喚起する刺激に以前より反応しなくなることを示した実験についてはどうか?
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今や私たちは、心、身体、体内の生態系を保全するエンジニアに、自分自身がならなければならない。そのためには、腸や脳がいかにコミュニケーションを取っているのかを、さらには腸内微生物がそこにどう関与しているのかを理解する必要がある。次章からは、このコミュニケーションシステムに関する最新の科学的発見を取り上げる。もし私が本書の執筆に成功したとすれば、この本を読み終わるころには、あなた自身と周囲の世界の見えかたは刷新されるはずだ。