「はやぶさ2」搭載小型モニタカメラ撮影映像 / Hayabusa2 Touch down movie
The Japanese spacecraft can now grab some asteroid dust from below the surface
Project members celebrate as the success of trajectory control manoeuvre to withdraw from the Earth's sphere is confirmed, at a control room of JAXA's Sagamihara Campus
Japan’s Hayabusa2 delivers rock samples from asteroid Ryugu
6 Dec 2020 Al Jazeera
Japan’s space agency has retrieved a capsule carrying the first rock samples from beneath the surface of an asteroid that scientists say could provide clues to the origin of the solar system and life on our planet.
https://www.aljazeera.com/news/2020/12/6/japan-space-probe-delivers-rock-samples-from-distant-asteroid
第5章 着陸を目指せ――小惑星近傍運用・前半戦 より
それでも着陸はできない……
はやぶさ2のターゲットマーカー追尾の様子の画像はちょっとした反響を呼んだ。2018年12月にLSS(着陸地点選定、Landing Site Selection)会議以来4ヵ月ぶりに日本へ集まったはやぶさ2の海外メンバーは、その映像に拍手喝采を浴びせた。照井が講演したとある国際会議では、途中で講演を中断しなければならないほど大きなどよめきと拍手が起きた。
しかし、わたしたちはまだ答えにたどり着いていなかった。実は、もともとはやぶさ2に備わっていた「ピンポイントタッチダウン方式」は、着陸目標周辺は広く安全という前提で設計されていた。つまり「できるだけ目標点近くに降りる」設計だった。しかし、今やるべきは「目標点意外に下りてはいけない」設計だ。
課題は3つあった。①ターゲットマーカーが落ちた近くに安全な着陸場所はあるのか。②落ちているターゲットマーカーを、上空から降下していくはやぶさ2はきちんと見つけることができるのか。そして、③見つけた後それを目印に、安全な着陸場所に高精度で着陸することがそもそもできるのか。プロジェクトのサイエンスチームと工学チームが、総力を挙げてこの課題に取り組んだ。
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こうして、はやぶさ2を低高度に正確に導き、搭載カメラONC-W1で確実にターゲットマーカーを見つけさせる目処がついた。
ターゲットマーカーを見つけた後、どのように着陸に持ち込むか、ここの検討に私たちは一番苦労した。NECに3つのアイデアを提示し、その実現性を見てもらっていた。会議は、あらゆるタイミングで行われた。私はあるときに、空港の電話ボックスで、チンアナゴのようい細長い格好を保ちながら、パソコン片手にNECとテレコン(電話会議)をした。菊地は出張の移動中に、緊急のリモート会議に参加するために歌う目的ではなくカラオケボックスに駆け込んだりもした。
暮れも押し迫った2018年12月27日、NECから検討結果が報告された。「検討していた3つの方式はいずれも成立しない」という答えだった。崖から突き落とされたようなショッキングな報告だった。私たちは再び追い詰められた。特に問題なのは、着陸の最終プロセスだった。高度45メートル以下で、はやぶさ2はLRF(レーザを発射して距離を測定する装置、Laser Range Finder)の4本のレーザーを放射状に下方に照射して、高度を計測するとともに、地形に対する探査機の傾きを計測することになっていた。しかし、リュウグウの凹凸が激しいために、LRFが地形に敏感に反応し過ぎて姿勢が乱れ、着陸精度が確保できないのだった。
悪知恵で光明を見出す
後日聞いたところだと、NECの主要メンバーは職場に残っていて、私のこのアイデア(LRFのパラメータの設定方法を変えるという案)はすぐ議論されたのだそうだ。そしてすぐに、検証のシミュレーションに取り掛かり、芽があることを確認して年を越したのだとか。そうとは知らないJAXAメンバーは絶望の年越しをNECは希望の年越しを過ごしたのだった。
「実現可能」――2019年1月7日、NECからそう回答が返ってきた。私のアイデアは粗いものだったから、JAXAのAOCS(姿勢軌道制御系、Attitude and Orbit Control Subsystem)メンバーも総出でこの新方式を吟味した。あらゆる面から、穴がないことが確認された。
1月から2月にかけて、最後の仕上げに取り掛かった。”几帳面の2大巨頭”、尾川と竹内は、画像からレンズの歪みに誤差があることを発見し、着陸精度の15センチメートル向上に繋げた。LSS(着陸点選定、Landing Site Selection)解析の鬼の菊池と、石数えで悟りの境地を開いた諸田は、画像と地形モデルを照らし合わせて、50センチメートルの精度向上策を見出した。実行したシミュレーションの回数は数百万回に上る。
人類の手が新しい星に届いた
降下そのものは、ゲート1前の混乱とはうって変わって、とても平穏に進んだ。シフト明けのメンバーで、験(げん)を担いでかつ丼を食べに行く余裕もあった。17時33分、高度6.5キロメートル付近で、当初の計画軌道に追いつき、降下速度が秒速40センチメートルに落とされた。さあ、ここからはいままで計画してきた通りに探査機を飛ばすだけだ。
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管制室の歓喜の輪の片隅に、静かにテレメトり(遠隔情報収集)を見守り続ける3名がいいた。JAXAと三菱重工からなる化学推進系(RCS)のチームだ。聞けば、初代はやぶさは2回のタッチダウン後、上昇停止の噴射停止の噴射時に燃料漏洩が発生したから、RCSチームにとっては祝うのはまだ早いのだそうだ。私はそれを「そんな堅いことを」と笑いながら聞いていたが、内心は泣きそうだった。果たして、数時間後の上昇減速噴射完了後に、彼らはRCSチームとしてのタッチダウン成功を笑顔で分かち合った。いろいろな人の、それぞれの想いが、タッチダウンを成功させたのだ。
その後、サンプラーホーンモニターカメラ「CAM-H」の画像が動画として復元された。そこには、タッチダウンの一部始終が鮮明に写っていた。弾丸発射の瞬間、サンプラーホーンの先端から砂礫が大量に噴出し宙を舞った。まるで成功を乙姫様が紙吹雪で祝ってくれているかのような、劇的な映像だった。その様子から、私たちは着陸地点に「たまてばこ」というニックネームを付けた。
第6章 50年に1度のチャンスを掴み取れ――小惑星近傍運用・後半戦 より
なぜそこまで2回目の着陸にこだわったのか
そもそも、私たちははやぶさ2プロジェクトがなぜタッチダウンの2回目にこだわったかを、ここで整理しておこう。表面的な理由は、プロジェクト目標に(できればやるエクストラサクセスとして)地下物質の搾取を当初から決めていたからだ。当初計画通り進んでいるのだから、それを変える理由がない。しかし、私たちはそれよりも強く深い思いを持っていた。科学的には、月以外の天体の物質を複数地点から採取し持ち帰ることは、人類は実現したことがない。同じ天体の2地点以上の物質を比較できることの科学的な価値は、たった1地点から持ち帰ることよりはるかに高い。また、人類は末だかつて月以外の天体の地下物質を採取し持ち帰ったこともない。「2地点」と「地下」は科学者にとって夢しか見たことのない至高の領域だった。
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もう1つの視点は、ライバルのNASAオシリス・レックスとの関係だ。彼らも着陸を成功させるだろう。その結果、100グラム超のサンプルを採取する。もともと、はやぶさ2はサンプル量で勝負するつもりはなかったが、さりとて「オシリス・レックスと同等の1回の着陸を成功させ、たかだか0.1グラムのサンプルを採取したはやぶさ2」という事実だけが人類の記憶に残る。後世の歴史家は、悪気なく「2019年前後に小天体探査の科学史を前進させたのは米国だけだ」と言うかもしれない。科学はシビアな世界なのだ。
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