じじぃの「カオス・地球_348_林宏文・TSMC・第1章・ファウンドリー(受託製造)」

【台湾人スター記者が語る、TSMC大成功の理由】創業者モリス・チャンの人物像/会議の7つのルール/台湾のWinWinカルチャー/製造業からサービス業へ/24時間体制でスピード3

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=PC2LAWVhElA


世界最大の半導体ファウンドリ「TSMC」を創業したモリス・チャンはどのような人生を送ってきたのか?

2023年08月21日 GIGAZINE
スマートフォンやPC、車などのさまざまなハードウェアに用いられる「半導体」を製造する企業として有名な台湾のTSMCについて、ABCニュースのマット・ビーヴァン氏が創業者であるモリス・チャン氏にフォーカスし解説しています。
https://gigazine.net/news/20230821-tsmc-morris-chang/

TSMC 世界を動かすヒミツ

【目次】
はじめに――TSMCと台湾半導体産業のリアル
序章 きらめくチップアイランド

第1章 TSMCのはじまりと戦略

第2章 TSMCの経営とマネジメント
第3章 TSMCの文化とDNA
第4章 TSMCの研究開発
第5章 半導体戦争、そして台湾と日本

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TSMC 世界を動かすヒミツ』

林宏文/著、牧髙光里/訳、野嶋剛/監修 CCCメディアハウス 2024年発行

2024年の熊本工場(JASM)始動と第2工場の建設決定で、注目が高まるTSMC。創業時からTSMCの取材を続け、創業者モリス・チャンのインタビュー実績もある台湾人ジャーナリストが、超秘密主義の企業のベールを剥がす。
(以下文中の、強調印字は筆者による)

第1章 TSMCのはじまりと戦略 より

ファウンドリーという業態のヒミツ――最も価値のあるイノベーションはビジネスモデル

TSMCが「ファウンドリー(受託製造)」産業のリーディングカンパニーであることは周知の事実だが、いっぽうでTSMCのどこがすごいのか、下層にいる受託業者じゃないかといった揶揄も、長年の取材生活のなかで少なからず耳にしている。

こうした声は後を絶たない。数年前、台湾大学で化学を専攻した大学院生の9割が卒業後にTSMCに就職したとき、頭にきたある教授が「修士課程を廃止にしろ!」と叫んだという。TSMCのような下請け会社の職業訓練所に甘んじているのはもうまっぴらだ、という意味だ。

確かに、受託生産が主流の台湾の電子産業界では、粗利率が低いために「毛三至四(粗利率が3%から4%)」と嘲笑されている会社もある。ファウンドリーは低レベルで儲からない産業だと誤解している人がいるのは、そのせいもあるだろう。
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ちなみに、「受託製造」は「低レベル」の同義語ではない。受託製造会社の多くは高い技術力を備えて確固たる地位を築き上げているし、TSMCはそうした受託製造企業の1つだ。むしろ、ブランドイメージや知名度ではその会社の優劣は図れない。有名でも技術力や粗利率の低い企業は、山のようにあるからだ。

TSMCファウンドリーは、パソコンや携帯電話、パネルを生産する台湾のかつてのエレクトロニクス産業とは一線を画している。TSMCが確立したのは、最先端技術を備えた唯一無二の売り手市場だからだ。

台湾の受託メーカーの多くは、研究開発力や技術力が顧客より劣っている。台湾のネットワーク通信産業を例に挙げると、最大の経営リスクは同業他社との競争からではなく、自分の顧客から生れている。

大口顧客はたいてい、受託企業よりも高い技術力を備えている。シグナル・インテグリティと放熱技術を例に挙げる。前者はデジタル信号の伝送品質を維持するための重要な技術で、後者は100Gや400G時代に突入するため、積極的に取り組む必要のある分野だ。こうしたコア技術に対し、国際的なメーカーは台湾の受託業者よりもはるかに優れた開発チームを抱えているため、その気になればサプライヤーをいつでも取り替えて、別の業者を育てることができる。このことが、台湾の通信機器受託事業者にとって最大のリスクになっている。

そして彼らだけでなく、台湾の大部分の受託企業が同じ問題を抱えている。
だが、TSMCは違う。TSMCはコア技術を自社で握っている。サムスンインテルといった競合他社は、そもそも作れないか、作れたとしても良品率が低いため、TSMCに製造委託するしかない状態である。アップルやエヌビディア[主要製品はGPU(画像処理専用プロセッサ)で、高性能ゲームやビットコインの分野で重要が拡大]、AMDアドバンスト・マイクロ・デバイセズ)[主要製品はコンピューター、グラフィックス製品など]を始めとする大口顧客には、そもそもウエハーの製造に必要な設備も技術もないため[こうした、工場(ファブ)や生産ラインを持たない企業をファブレス企業という]、TSMCに供給してもらうしかない。この点が、TSMCファウンドリーの最大の強みである。

別の言い方をすると、TSMC以外の受託メーカーの大部分は、顧客が支配する「買い手市場」にいるが、TSMCは「売り手市場」でビジネスを展開している。そこでは顧客がTSMCに高度に依存しており、TSMCと同じものを提供する会社は存在しない。TSMCの最大顧客であるアップルはリスク分散のために、過去に何度も2つ目、3つ目のサプライヤーを積極的に育てようとしてきた。しかしTSMCに対しては、第2、第3のサプライヤーがどうしても欲しいとは言いにくかった。他社にはまねできない抜きんでた技術を、TSMCが持っているからだ。

つまり、「受託業者」と呼ばれるかどうかはまったく問題ではない。顧客が持っていない技術を握り、顧客を自分により依存させることこそが、勝敗を決めるカギになるのである。

企業哲学のヒミツ――製造業をサービス業にした「すべては顧客のため」精神

モリス・チャン(張忠謀、ちょう ちゅうぼう)が以前にTSMC創業時の経験談を聞かせてくれたとき、創業の参考になるいくつかの原則を教わった。そして、創業とテーマの選択についてモリス・チャンから影響を受け、大いに啓発されたという、かつて出会ったある起業家の話が、私のなかで深く印象に残っている。

私は2009年からラジオのパーソナリティを務めている。そのラジオ番組のある日のゲストが、一二三視科技公司社長の談肖虎(だんしょうこ)だった。工研院からの二度の退職を経て起業した談肖虎は、まだ工研院にいたころ、米国から戻って工研院院長に就任したばかりだったモリス・チャンの講演を聞いて、起業に対する考え方が一変したという。

モリス・チャンはその講演で、工研院のみなさんは研究テーマを選ぶ際、産業界に実際のニーズがあるかどうかを確かめなければならないと言い、米国第16代大統領リンカーンの有名な言葉「人民の、人民による、人民のための」を例に挙げた。談肖虎はこのスピーチに大いに触発された。

  The government of the people, by the people, for the people shall not perish from the eart(人民の人民による人民のための政治は地球上から滅びることはない)


TSMCは顧客の工場であり、顧客の技術者になる
モリス・チャンは基本的に「人民の、人民による、人民のための」という3つの原則に基づいてTSMCを創業した。モリス・チャンはまずは顧客のニーズを考えることから着手して、TSMCを顧客自身の工場にし(人民の)、顧客のニーズ照らして統治し(人民による)、そして成功の果実を顧客と分かち合う(人民のための)という目標を掲げた。この3つを徹底的に実践したことで、TSMCを成功に導いた。

リンカーンは、国の主人は人民だと言った。モリス・チャンに言わせれば人民とは顧客のことだから、人民が何を欲しているかを常に考えてきた。だからこそ、顧客のニーズを徹底的に理解して、顧客が求めている製品、あるいは顧客の問題を解決するための製品を作り出してきた。