じじぃの「カオス・地球_362_林宏文・TSMC・第5章・米国の半導体産業」

半導体製造の「ファブレス」「ファウンドリー」とは?”失われた30年”日本勢の巻き返しは?(日経今からわかるキーワード)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=UoiqrBztPfQ

2023年半導体メーカー上位10社の売上高


2023年半導体売上高ランキングと時価総額について考える

2024年01月22日 EE Times Japan
2023年の半導体市場を振り返る上で、NVIDIAの躍進を語らないわけにはいかないだろう。今回は、半導体売上高上位10社の時価総額を比較しながら、それぞれの企業の現状や期待度について述べてみたい。
図1を見る限り、NVIDIAIntelとの差はわずかではあるが、半導体/エレクトロニクス業界におけるNVIDIAへの注目度は、もはやIntelをはるかにしのいでいる。
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2401/19/news044.html

TSMC 世界を動かすヒミツ

【目次】
はじめに――TSMCと台湾半導体産業のリアル
序章 きらめくチップアイランド
第1章 TSMCのはじまりと戦略
第2章 TSMCの経営とマネジメント
第3章 TSMCの文化とDNA
第4章 TSMCの研究開発

第5章 半導体戦争、そして台湾と日本

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TSMC 世界を動かすヒミツ』

林宏文/著、牧髙光里/訳、野嶋剛/監修 CCCメディアハウス 2024年発行

2024年の熊本工場(JASM)始動と第2工場の建設決定で、注目が高まるTSMC。創業時からTSMCの取材を続け、創業者モリス・チャンのインタビュー実績もある台湾人ジャーナリストが、超秘密主義の企業のベールを剥がす。
(以下文中の、強調印字は筆者による)

第5章 半導体戦争、そして台湾と日本 より

モリス・チャンが見た半導体戦争のヒミツ――対中制裁と米国半導体産業の復活は別の話

2023年3月にTSMC創業者モリス・チャン(張忠謀、ちょう ちゅうぼう)と『半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防』の著者クリス・ミラーが台北で対談した。モリス・チャンはこのとき初めて、米国が中国の半導体産業の発展を遅らせることには賛成するが、米国が「CHIPS法」[トランプ政権下で2021年に成立した半導体政策]を施行して生産拠点を米国に移転することには賛同できないと述べた。半導体のコストが間違いなく上がるからだ。

モリス・チャンが世界の半導体業界と米国の産業政策について態度を明確にしたのはこれが初めてだった。この歯に衣着せぬ物言いは多くの人にとって意外だったかもしれない。というのも、これまでTSMCが取ってきた、できるだけ立場を表明せず、米国と中国の間で等距離のバランスを保つという従来のスタンスから明らかにかけ離れていたからだ。

私はその理由を、モリス・チャンはすでに引退から5年が過ぎて、経営面のしがらみがなくなったからだとみている。逆に真実を伝えることで、米国の政策制定者に正しい方向に向かうべきだと知らせることができる。また、米国で半導体製品を製造する難しいを直接的に指摘すれば、半導体業界は外から想像するほど簡単ではないということをより多くの人に伝えられるかもしれないし、TSMCがよりよい投資条件や補助金を手にすることにもつながるだろう。

まず、モリス・チャンが中国の半導体業界の発展を米国がスローダウンさせることに賛同したのは、非常に現実的な考えた。なぜなら、TSMCの営業収入の6割以上は米国の顧客が占めていて、こうした米国独占状態はTSMCが1987年に設立された時から変わっていないのだ。
ファーウェイ傘下のハイシリコンは2019年の時点まで、つまり米国のエンティティリスト(製品輸出禁止対象企業一覧)に入るまではTSMCの営業収入の14%を占め、アップルに次ぐ2番目の大口顧客だった。だが制裁が発動されてハイシリコン向けの生産が急速にゼロになっても、TSMCは何の影響も受けなかった。他の米国企業がすぐにその穴を埋めたからだ。

米国は半導体の製造分野に占める世界シェアこそ徐々に低下し、今ではわずか11%だが、付加価値が最も高い部分はずっと握っている。たとえばIC設計では米国が世界シェアの36%を占め、そこにIPライセンスと半導体製造装置(設備)を合わせると39%にも達する。米国は半導体業界の覇者であると共に、ファウンドリーにとって主要な市場でもあるため、モリス・チャンは当然、米国の対中制裁に賛同するだろう。
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モリス・チャンはよく産業競争を第二次世界大戦にたとえている。たとえば過去に何度もスターリンググラード攻防戦になぞらえて、TSMCにおけるファウンドリーの意義を話している。モリス・チャンが言うには、TSMCが勝てるのは、TSMCにはファウンドリービジネスしかないため、当時のソビエト赤軍と同じように死に物狂いで牙城を守っているからだ。このほどにも先に触れたとおり、TSMCグランドアライアンスの緊密な協力体制を第二次世界大戦の連合国のようだとも形容している。
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中国は半導体業界に各種補助金を出して、業界秩序のすべてを乱している。台湾のIC設計会社を訪ねると不公平だとブツブツ言う声がしょっちゅう耳に入ってくる。彼らの多くは、各種補助金をもらった中国の同業者によって不公平な競争を強いられることに、強い不満を抱いているのだ。統計によると、台湾のIC設計会社がカスタムICのプロジェクト着手した場合、正式な量産まで進むことができる割合は50%だ。しかし、中国に2000~3000社あるIC設計会社のうち、プロジェクトに着手して実際に量産に進むのは20~30社、たった1%しかない。補助金目当ての会社があまりにも多すぎて必要以上のプロジェクトがあふれ返り、産業競争に混乱を起きているのだ。

米国にしてみれば、中国が行っている半導体業界への補助金のばらまきや、軍事や科学技術、国防等の産業の拡大は、米国の覇権をすでに深刻に脅かしている。台湾が誰もが覇権を握ることは好まないが中国が台頭すると、ローエンド製品を皮切りに一気にハイエンド製品まで入り込み、最終的にはその市場を呑み込んでしまうので、台湾メーカーは、その被害を最も直接的に受ける。だから米国の対中制裁に同意することは、台湾の国益にもかなっている。

グローバリズムに逆行する産業政策は天に昇るより難しい

モリス・チャンは業界のために真実の声を伝えた。半導体業界でのモリス・チャンの地位や重みを考えると、その発言は真摯に受け止めねばならない。モリス・チャンは米国政府に、産業政策を決定する際は、グローバリズムに逆行する産業政策は天に昇るより難しく、成功するチャンスは極めて低いということを認識すべきだと警告した。

米国の対中規制は、中国が台頭して5GやAIの分野で大躍進したことに米国のハイテク業界が深刻な脅威を覚えるようになったため、一連の輸出規制や対中制裁を開始したのが始まりだった。そしてモリス・チャンが話したことは、台湾の半導体業界だけでなく、実は米国の多くのIC設計会社の意見でもあった。

米国には以前から、業種や立場の異なる半導体業界団体が3つある。1つ目はインテルやTI(テキサス・インスツルメンツ)を始めとする米国のIDMが主体の米国半導体工業会(SIA)、2つ目はアプライド・マテリアルズ(AMAT)等の半導体装置(設備)メーカーで構成された国際半導体製造装置材料協会(SEMI)、3つ目がエヌビディアやクアルコムといったIC設計会社とTSMCなどファウンドリーが組織する世界半導体連盟(GSA)である。
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ファブレス半導体協会(FSA)を前進とするGSAは、エヌビディア(NVIDIA)、クアルコムQualcomm)、AMDアドバンスト・マイクロ・デバイセズ)、TSMCを主な会員として、米国は台湾をしっかり守るだけでよいと主張している。半導体メーカーが米国に工場を建設してもコストが上がるだけで、米国のIC設計業界の発展はつながらないからだ。、

健全な民主主義社会であれば、さまざまな意見が飛び交うのも、政策を決める際に色々な主張や意見が生まれるのも当然のことだ。よって、米国の半導体業界に3つの利益団体が生まれ、それぞれの自分の立場から政策に対して声を上げるのも、ありふれた光景である。だが今や、米国の半導体業界で主流を占め、最も高い付加価値を生み出しているのはIC設計業界、つまりファブレスだ。エヌビディアやブロードコムAMDクアルコムといった企業は時価総額、影響力、従業員数のいずれでもインテルを大きく上回っている。こうした状況は、世界の半導体業界が時代とともに変遷していくなかで、自然に形成された潮流だ。米国は政策を決定する際、誰の目にも明らかなこの潮目を無視すべきではないし、もちろんモリス・チャンの警告も心に刻んでおくべきだ。世間知らずにはなってはならない。