じじぃの「歴史・思想_705_NATOを知るために・スイス」

How Switzerland Has Become A Hurdle In Western Nations’ Bid To Arm Ukraine l Russia War

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=MmS-2epW8dU

永世中立国 スイス


永世中立国」スイスで武器再輸出めぐり国を二分する議論

2023年5月13日 NHK
ウクライナ侵攻の長期化を受けてスイスでは、第三国を通してウクライナなどの紛争当事国にも一定の条件のもとで武器を再輸出できるよう、法律を修正する動きが出ています。
ただ、「武器の再輸出」は、長年掲げてきた「永世中立国」の立場を根底から覆すものだとして反対する声も根強く、国を二分する議論となっています。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230513/k10014066791000.html

エリア・スタディーNATO北大西洋条約機構)を知るための71章

【目次】
はじめに
第1部 NATOとはどのような組織か
第2部 冷戦期の展開
第3部 冷戦の終焉
第4部 冷戦後の危機管理

第5部 冷戦後の拡大をめぐって

第6部 ウクライナ危機とNATO主要国の対応
第7部 集団防衛への回帰――今後のNATO
第8部 日本とNATO

                • -

NATO北大西洋条約機構)を知るための71章』

広瀬佳一/編著 明石書店 2023年発行

第5部 冷戦後の拡大をめぐって より

第43章 永世中立国スイス――中立概念の変遷とNATO加盟の可能性 【執筆者】穐山洋子(同志社大学,グローバル地域文化学部,准教授)

スイスにとって、永世中立国であることはナショナル・アイデンティティの1つであり、言語的、文化的、宗教的に多様なスイスを結束させる要素でもある。

スイスの中立政策には16世紀からの長い歴史があるが、国際的にスイスが永世中立国として認められたのは、1815年のウィーン会議である。大国に囲まれたスイスの中立がヨーロッパの安寧に資すると考えられたのである。それ以降、中立はスイスの安全保障政策の要となっている。加えて、スイスの中立は自国の軍隊と国民皆兵制度による武装中立でもある。

中立国が試練に立たされるのは、周辺国が戦争状態に陥ったときである。戦時における中立国の義務と権利は1907年のハーグ条約によって規定され、スイスもこれに従っている。

それでは、20世紀以降スイスはどのような中立政策をとってきたのだろうか。第一次世界大戦時、スイスは中立を宣言し、国土防衛に腐心し、国家としては中立を守った。しかし、国内は協商国側を応援するフランス語圏とドイツ陣営を応援するドイツ語圏で二分され、国内分裂の危機を経験した。これを受けて、1930年代から「精神的国土防衛」と呼ばれる国内結束えの政治文化運動が官民挙げて行われ、1960年代まで続いた。

第一次世界大戦後、平和維持を目的にベルサイユ条約でスイスの中立が承認された。一方で国際的な連携による平和構築も模索され、1920年、スイスは国際連盟に加盟する。その際、軍事制裁参加は免除されたが、経済制裁参加が義務づけられた。しかし、日本、ドイツ、イタリアが国際連盟を脱退するなど、国際政治的な緊張が高まるなか、1938年にスイスは経済制裁不参加が認められ、「絶対中立」へと戻った。

第二次世界大戦時にもスイスはすぐに中立を宣言し、国民総動員体制を敷いて、国防に傾注した。国内分裂という第一次世界大戦時の轍を踏むことなく、国内は一致団結して、国土の中立は守られた。しかし、経済取引においては、連合国よりもはるかに多い武器をナチ・ドイツに輸出し、ナチの資金を「洗浄」するなど、中立違反を犯していた。

第二次世界大戦後、冷戦の影響により、スイスは国際連合(国連)には加盟せず、常駐オブザーバーの地位にとどまり、政治的中立を厳密に保とうとした。その一方で、1953年から朝鮮半島北緯38度線監視のための兵士派遣(スウェーデンと合同)をはじめ、国外の平和維持活動に積極的に貢献する「積極的な中立」に取り組み始める。

さらにスイスは1975年に原加盟国として、中立を条件に、欧州安全保障協力会議(CSCE、現・欧州安全保障協力機構:OSCE)に加盟する。

冷戦終結による国際情勢の変化はスイスの中立政策の根本的な転換をもたらし、スイスはますます国際的な協力を通じて国内外の安全保障政策を行うようになる。しかし、それは決してスイスの中立性を脅かすものではないと認識されている。
    ・
2001年には軍法が改定され、国連とOSCEの平和維持活動への参加と自衛のための武装スイス軍の国外派遣が認められた。

国連加盟は国民の賛成が得られずなかなか実現しなかったが(超国家的組織の加盟には国民投票が必須で、1986年に否決されていた)、2002年にはようやく加盟を果たす。これにより、スイスは国連の経済制裁参加を義務づけられるとともに、国連の軍事制裁を妨げることを禁止されている。

2022年、スイスははじめて国連安全保障理事会非常任理事国に選出された(2023~24年)。スイスは、独立的で客観的に合意形成された意見により、重要な役割を果たせると考えている。しかし一方で、国内には中立的な立場で仲介役を担ってきたスイスの独立性が脅かされ、今後そのような役割を担うことが不可能になるという批判もある。

2022年2月のロシアのウクライナ侵攻により、スイスの中立政策が改めて問われることになった。スイスはEUのロシアに対する経済制裁に参加し、日本では「中立政策の転換点」という報道もみられたが、これまでみてきたように、スイスの中立政策は決して硬直的なものではなく、状況に合わせて柔軟に行われてきた。

スイスはEUには加盟していないが、2つの二者間協定(1999年、2004年)によりEUと密接な関係にある。また、1963年に欧州評議会に加盟して以来、ヨーロッパ諸国と人権、民主主義や法治国家など基本的価値観を共有してきている。

スイスは、中立であることは立場を表明しないということではないと主張し、人道や世界平和に反することに対しては強硬に対応する姿勢をみせている。また、EUとの関係を考えるとEUと協調しない選択肢は難しい状況である。

しかし、国内にはこの政策に反対する声もある。第1党で右派保守政党のスイス国民党は、ロシアへの経済制裁参加によってスイスの中立性が損なわれたとして、絶対中立に戻るべきだと政府の決定を非難している。

それでは今後スイスのNATO加盟の可能性はあるだろうか。2022年5~6月にスイス連邦工科大学チューリヒ校軍事アカデミー(MILAK)がスイス市民約1000人に行った世論調査によると、NATO加盟の支持率はウクライナ侵攻前後で大きな変化はなく、27%(前年比1%増)だった(ただし、2012年から10年の平均は21%)。

一方、NATOとの協力関係を強化すべきという意見は、前年比7%増の52%に上昇し、近年の傾向に拍車がかかった。つまり、NATOとの協働はより重要視するものの、国民の大多数はNATO加盟に反対している。

他の軍事機構への加盟は中立に反すると考える国民が多数を占めており、前提となる国民の賛成を得ることが難しい状況がある。

21世紀に入り、単純に国境を守るだけで自衛できる時代が終わり、国境をまたいだテロ、空からの攻撃やサイバー攻撃などには国単位では対応が難しくなった。
スイスは国是である中立を堅持しつつ、国際的な協力と連帯を通じて国内外の安全保障を確立していく必要性に迫られている。