じじぃの「科学・地球_559_テックジャイアントと地政学・プロローグ」

時田隆仁 富士通社長 × 山本康正 DNX Ventures インダストリーパートナー ―Society 5.0の社会実装に向けた企業・投資家の役割

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=x_fER13RIps


日経プレミアシリーズ テックジャイアントと地政学

【目次】

プロローグ シリコンバレーとの往来から見えてきた日本の近未来

Part1 ChatGPTが与える衝撃
Part2 テクノロジーが変える地政学
Part3 曲がり角のテックジャイアン
Part4 メタバース&Web3、先端技術ブームの実態
Part5 日本人が知らない世界の最新常識

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テックジャイアントと地政学

山本康正/著 日経プレミアシリーズ 2023年発行

プロローグ シリコンバレーとの往来から見えてきた日本の近未来 より

マイクロソフト、オープンAIに100億ドル投資で交渉」。2023年を迎えて、テクノロジー業界に最初の大きな衝撃を与えたニュースでした。

オープンAIが開発しているChatGPTは2022年11月後半にベータ版が登場し、大手経済メディアでは大きくは取り扱いはされていませんでしたが、その質がこれまでとは大きく違ったため、一部の技術コミュニティでは話題にはなっていました。その約1ヵ月後には、このような1兆円を超える規模での交渉に発展しているのです。

このような大きな変化が日本の経済界に伝わりにくい理由は3つあります。
1つは情報の発信源がほとんど海外である点です。多くのメディアや大企業、政府系機関は米国の東海岸には多くのスタッフを配置していますが、西海岸、特に、サンフランシスコ周辺やシアトルは手薄です。日本はハードウェアでは確かに最先端の時代がありましたが、ソフトウェアでは後進国です。外から学ぶ必要が今一度あります。

2つ目の理由は現地にいるスタッフの経験の多くが、技術かビジネス、行政のどれかに偏っているため、正しく先の展開を読みにくいことです。すなわち、今の時代のビジネスをハードウェアの専門家や旧来の法律の専門家やジャーナリストでは読み解くことは困難であり、ソフトウェアやインターネット、人工知能などのビジネスを経験した身でなければ何か大きくなりそうか、何が単なる人工的に作られたブームかを見破ることが難しいのです。たとえ、ソフトウェアの専門家であっても商業的に成功するかは別問題であるため、両方のバランスが求められます。今回であれば、単に「会話型の人工知能の発展版」として捉えるのか、「検索の新しい形」として捉えるのかで予想される予想されるビジネスのインパクトは大きく異なります。

3つ目が技術進歩がビジネスに変化を与える巣スピードが国境を越えて加速度的に進化しているからです。2000年代より前であれば、海外で成長するビジネスを自社で分析して対策を立てれば良い時期がありました。また、「タイムマシン経営」と呼ばれるように、海外のスタートアップの日本展開をジョイントベンチャーで行い利益分配するという手もあったでしょう。しかし、その手がもはや通じなくなってきています。インターネットの登場後のクラウドや5Gなどによって、新しいサービスが開発されてから、瞬く間に国境を越えて世界中で使えるようになっています。言語の壁も人工知能による翻訳によってずいぶんと低くなりました。そして、その速度が遅くなることはないでしょう。

有名な話ですが、ユーザー5000万人を獲得するために必要な年数は、電話や電気で約50年、携帯電話やインターネットで約10年、YouTubeで約4年かかりました。しかし、人気ゲームポケモンGoにいたっては19日で達成しています。

いや、「これはアプリだから」「うちの業界はテクノロジーは関係ない」と言えるでしょうか? もしポケモンGo以上の爆発的な人気アプリが突然、銀行機能を出すと仮定すれば、3週間以内に、5000万人以上の潜在ユーザーを持った競合が出てくることになります。1ヵ月先もどうなるか予測できないのです。

不確実性が増せば、その不安を煽るように「シンギュラリティが来る」など定義の曖昧な言葉を話す評論家やコンサルタント、メディアが増えます。しかし、評論家はその予想が当たらなくても、「幻滅期だから」と判断を先延ばしにし、次の流行り言葉を追いかければ良いので、ビジネスの判断の根拠にしてはなりません。

本書では、なるべく話題性などを追求せず、ビジネスや実務にとってどういった意味があるかということに絞ってわかりやすく解説したつもりです。最先端の技術は自社で全て開発できることはありえません。優秀なエンジニアを多数抱えるグーグルであっても、平均して毎月1社以上の企業を買収して、モバイル化の波や動画の波、人工知能の荒波を乗り越えようとしてきました。読者の勤務する会社がもし、ソフトウェアテクノロジーに強くないとしても、こういった買収競争に入らざるを得ないのです。そもそもソフトウェアテクノロジーに強くなければ、買収候補は余り物を回されるだけになってしまいますが、もし良い案件に出合えたとして、その際に経営陣が技術ビジネスの動向を掴めていなかったら、いくら良い金額の条件を提示したとしても、買収後の統合PMI(Post Merger Integration)がうまくいかないでしょう。

「テクノロジーは難しいから専門家に任せよう」「いつか勉強しよう」という考えが、「テクノロジーは財務や英語と同じようにビジネスに必須だ」(このテクノロジーはどうなっているんだろうか、他者に先駆けて買収を検討するためにAさんに明日にでも壁打ちをお願いしよう」という能動的なものに変わるようになれば筆者にとって望外の喜びです。