じじぃの「科学・地球_552_なぜ宇宙は存在するのか・真空のエネルギーの謎」

the energy density diagram might look like


3. THE INFLATIONARY UNIVERSE

Although the properties of the Big Bang are very special, we now know that the laws of physics provide a mechanism that produces exactly this sort of a bang. The mechanism is known as cosmic inflation.

●Physics of the False Vacuum
THE FALSE VACUUM arises naturally in any theory that contains scalar fields, that is, fields that resemble electric or magnetic fields except that they have no direction. The Higgs fields of the Standard Model of particle physics or the more speculative grand unified theories are examples of scalar fields. It is typical of Higgs fields that the energy density is minimal not when the field vanishes, but instead at some nonzero value of the field. For example, the energy density diagram might look like
https://ned.ipac.caltech.edu/level5/Guth/Guth3.html

なぜ宇宙は存在するのか――はじめての現代宇宙論

【目次】
第1章 現在の宇宙
第2章 ビッグバン宇宙1――宇宙開闢約0.1秒後「以降」
第3章 ビッグバン宇宙2――宇宙開闢約0.1秒後「以前」
第4章 インフレーション理論

第5章 私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか

第6章 無数の異なる宇宙たち――「マルチバース

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『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論

野村泰紀/著 ブルーバックス 2022年発行

第5章 私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか より

5-5 真空のエネルギーの大いなる謎

真空のエネルギーと物質のエネルギーの関係

実は、この「私たちの宇宙が特別に作られているように見える」という問題は、ダークエネルギー(真空のエネルギー)に最も顕著に現れているのです。現在の私たちの宇宙の全エネルギー密度は約8.6x10-30g/cm3であり、第1章で述べたように、その7割が真空のエネルギー、約3割が物質のエネルギーによるものです。しかし、よく考えるとこれは実に奇妙なことなのです。それは真空のエネルギー密度が存在するという事実もさりながら、それ以上にその大きさに関する不思議です。

ここで真空のエネルギーとは何であったかを、振り返ってみましょう。それは、物質粒子を全て取り去った後に残る「空間自体が持つエネルギー」です。これが正であれば空間を膨脹させる力が働き、負であれば収縮させる力が働きます。第4章で、空間には一般に「粒子」以外にも「場」が存在していることを述べました。真空のエネルギーは、この場のポテンシャル関数の極小点における値と考えることができます。たとえば、図4-3(画像参照)の場合の真空のエネルギーはゼロ、図4-4(a)、(b)(aは真空のエネルギーは正、bは真空のエネルギーは負)の場合はそれぞれ正および負となります。

1998年にパールマターらが発見したのは、私たちの宇宙が約6.0x10-30g/cm3の真空のエネルギー密度を持つということですが、これには2つの非常に奇妙な点が存在します。

第1の点は、その大きさが理論的に示唆される値よりもはるかに小さいということです。次章でより詳しく述べるように、真空のエネルギー密度は現在の理論的枠組みで正確に計算することはできませんが、その大きさが理論的にどのくらいになるのが自然かということは、見積もることができます。そしてその見積もりは、観測された値よりも約120桁も大きいのです。120倍ではなく、120桁です。

第2に(これはある意味第1の点よりも不思議な点なのですが)、真空のエネルギー密度とたった数倍しか違わないという事実です。図2-1(宇宙のエネルギー密度の時間変化)や図3-3(ウィンプのエネルギー密度と放射のエネルギー密度)でも見たように、一般に物質のエネルギー密度は時間が経って宇宙が膨脹していくにつれ、薄まっていきます。これは、初期の宇宙では物質のエネルギー密度が今よりももっと大きかったということを意味します。たとえば、ビッグバン原子核合成の頃の物質のエネルギー密度は現在のそれより30桁ほども大きかったのです。

一方で、真空のエネルギー密度は宇宙膨張の影響を受けず、したがって時間によって変化しません。ということは、初期の宇宙では、物質エネルギー密度のほうが真空のエネルギー密度よりもはるかに、何十桁も大きかったということになります。また、将来の宇宙では逆に真空のエネルギー密度のほうが物質のエネルギー密度よりもはるかに大きくなるはずなのです。

実際、いったん真空のエネルギー密度のほうが支配的になると、宇宙は加速度的に膨脹していきます。そうなると物質のエネルギー密度は急速に薄まり、事実上ゼロになってしまいます。つまり、わたしたちはこの2つのエネルギー密度がほぼ同じ大きさで存在する。極めて特別な時代に生きているというわけなのです。

これは極めて不思議なことです。仮に真空のエネルギー密度を決定する何らかのメカニズムが、宇宙初期に存在したとしてみましょう。そのメカニズムが働いた頃に支配的だったエネルギー(物質または放射のエネルギー密度)に比べると、真空のエネルギー密度は無視できるほど小さかったはずです。

そのような完全に無視できるほど小さいものを、微妙に調節するメカニズムが存在することすら考えづらいのに、それがいつ高等生物である人間が誕生して宇宙を観察するようになるかをあらかじめ「知って」おり、ちょうどその百数十億年後の時代に真空エネルギーと物質エネルギーの2つのエネルギー密度が同程度の大きさになるように働く、などと「いうことは到底あり得ないことのように思えます。

これら2点が意味するのは、私たちの宇宙には何か純粋に理論だけからは説明できない特別な性質、しかも人間の存在に関係したような性質があるということです。この意味で、この現象は標準模型のパラメータが人間に都合よく選ばれているように見える事象と共通しています。しかも、この場合、その度合いは凄まじいものです。なぜなら、これは私たちの宇宙では、2つの関係ないはずの量(真空と物質のエネルギー密度)が120桁で一致していると言っているからです。

このことがいかに不思議化を体感するのは、2人の人がそれぞれ独立に、何の情報を共有せず120桁の数字を紙に書き、その後にそれらを照らし合わせるということを想像してみればよいでしょう。ここで言っているのは、その2つの数字が最後の1桁を除いて完全に一致していたというのと同じことです。このような事態に遭遇したら、多くの人はその根底にはなにか深い理由が隠されていると考えるのではないでしょうか。

歴史的には、次章で述べる「マルチバース」理論は、この奇妙な事実を説明するほぼ唯一の候補として、今世紀になり一躍浮上してきた理論です。