じじぃの「科学・地球_553_なぜ宇宙は存在するのか・ワインバーグと人間原理」

【野村泰紀にきいた】宇宙はたくさん存在するのか

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=TGCUoB_pS10

「宇宙が1つって、誰が決めた?」多様な世界の仮定から生まれた無数の宇宙の存在(野村 泰紀)

ワインバーグは、真空のエネルギー密度が量子力学により大きな補正を受けるという理論的な結論は正しいと考えました。つまり、物理学者がいくら探しても見つからない未知のメカニズムが存在してそれが補正を抑えている、などということはないと考えたのです。
もしそうであるならば、異なる宇宙たちの持つ真空のエネルギー密度の典型的な大きさは、理論で示唆される自然な大きさ、つまり現在私たちが観測している物質のエネルギー密度よりも120桁ほど大きいサイズであろうと考えられます。より正確には、これらの異なる宇宙たちの真空のエネルギー密度の値は、マイナス1090g/cm3からプラス1090g/cm3までの間のランダムな値を取ると考えられます。これは、これらの宇宙たちのほとんどには何ら構造が存在しないことを意味します。

しかし、もし異なる宇宙の種類が10120以上あれば、その中のいくつかの宇宙はたまたま小さい真空のエネルギー密度、すなわちその内部に構造が生まれ得る範囲の真空のエネルギー密度を持つだろうと考えられます。なぜなら、真空のエネルギー密度がそのような範囲におさまる確率が10-120と極めて小さかったとしても、宇宙の種類が10120以上、たとえば10130あったとすれば、そのうち約10130×10-120=1010=10000000000種類の宇宙は、構造が許される程度に小さい真空のエネルギー密度を持つだろうからです。そして、銀河や星、生命といった構造はこのような「ラッキーな」宇宙にのみ生じ得るのです。

これは逆に言えば、もし宇宙に知的生命体が現れて真空のエネルギー密度を測定したならば、彼らは必ず理論の自然な値より120桁ほど小さい値を観測するということを意味します。なぜなら、そうでなければ彼ら自身が存在しないからです。
https://gendai.media/articles/-/95238?page=2

なぜ宇宙は存在するのか――はじめての現代宇宙論

【目次】
第1章 現在の宇宙
第2章 ビッグバン宇宙1――宇宙開闢約0.1秒後「以降」
第3章 ビッグバン宇宙2――宇宙開闢約0.1秒後「以前」
第4章 インフレーション理論
第5章 私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか

第6章 無数の異なる宇宙たち――「マルチバース

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『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論

野村泰紀/著 ブルーバックス 2022年発行

第6章 無数の異なる宇宙たち――「マルチバース」 より

6-1 真空のエネルギー密度と「人間原理

真空のエネルギーの問題を「棚上げ」!?

私たちの真空のエネルギー密度に関する理解には何かおかしな点がある、ということは1980年代にはすでによく知られていました。一言でいえば、量子力学が真空のエネルギー密度に及ぼす効果と、真空のエネルギー密度の値に関する観測的事実との矛盾です。

第4章で、量子力学は一般にあらゆるものにある種の揺らぎをもたらすということに触れました。これを真空に当てはめた場合、その影響は真空のエネルギー密度がシフトするという効果となって現われます。

この真空のエネルギー密度の量子力学による補正は、極めて特別な理想化された場合を除いて現在の理論的枠組みで正確に計算することはできません。しかし、その大体の大きさは見積もることができ、それは絶対値においておよそ1090g/cm3というとんでもない値になります(絶対値とは、正・負を勘案せず数字の部分だけを考えたときの量のことです)。

一方で、当時すでに真空のエネルギー密度の値に関しては、このエネルギー密度が宇宙膨張に及ぼすはずの影響が当時の観測に見られないことから、その絶対値の上限が与えられていました。そしてこの観測的な上限は、上記の理論的に示唆される値よりもはるかに、120桁近くも小さかったのです。

では、当時の科学者たちは、この問題にどう向き合ったのでしょうか?
多くの物理学者のとった態度は「棚上げ」でした。そしてこれは以下のような理由により、あながち不当な態度ではありませんでした。

第1の理由は、重力は実際面ではあまり重要な力ではないという事実です。重力が重要でないとは、少し意外に感じるかもしれませんが、他の3つの力、すなわち電磁気力、弱い力、強い力に比べて圧倒的に弱いのです。
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第2の理由としては、重力の量子論がよく理解されていないという事実がありました。先にも述べたように、素粒子標準模型は重力を含んでいません。したがって宇宙論など重力が問題になる系を扱うには、完全な量子力学的理論である標準模型と古典理論であるアインシュタイン一般相対性理論とを「継(つ)ぎ接(は)ぎ」にして考える必要があったのです。

ワインバーグ人間原理

簡単に言えば、実際の値が理論的に単純に示唆される値よりも120桁近く小さいことはすでにわかっているのだから、それは恐らくゼロだということを意味しているのだろうと考えたのです。

この状態で、真空のエネルギー密度の問題に真剣に取り組んだ物理学者の1人にスティーヴン・ワインバーグがいました。電弱統一理論を完成させ、1979年にノーベル賞を受賞したワインバーグです(残念ながら、彼は本書執筆中の2021年7月に88歳で亡くなられました)。

彼は1980年代の半ば、それまでに真空のエネルギー密度の問題を解決するために提案されていたメカニズムを念入りに調べてみました。これらの解決策は、ほぼ全て真空のエネルギー値をゼロにしようとするものでしたが、そのどれもがうまくいっていませんでした。これは彼に、問題を解くには当時の多くの物理学者たちが試みていなかったアプローチが必要であると結論付けさせることとなりました。

ワインバーグは、いくつかの先立つ研究者の示唆に従って「人間原理」と呼ばれる考えに注目しました。この考え方の核心は、私たちが自らの周りで観測する世界よりも、実はもっと多様な世界がどこかに存在していると仮定することにあります。

では、この考えを真空のエネルギー密度の問題に当てはめるためには、どうしたらよいのでしょうか? ワインバーグが考えたのは、異なる真空のエネルギー値を持ったたくさんの「宇宙たち」が存在するという状況でした。ここでは、これらの宇宙たちがどのように存在しているのかは問題ではありません。

想像を絶するほど巨大な空間の中のいくつもの領域が、異なる真空のエネルギー値を持った異なる宇宙に見えるのかもしれませんし、異なった真空のエネルギー値を持つ宇宙が時間が経つにつれ繰り返し実現されるのかもしれません。もしくは、いくつもの宇宙が「パラレルワールド」のように並行して存在するという可能性だって考えられるでしょう。いずれにしても、ワインバーグは、これらの真空のエネルギー値が違った宇宙では何が起こるのかを考えてみたのです。

彼が得た結論は、もし真空のエネルギー密度が私たちの宇宙の現在の物質のエネルギー密度である2.7x10-30g/cm3より数桁以上大きかったならば、そのような宇宙には銀河、星をはじめとするあらゆる構造が存在し得ないということでした。より正確に言えば、もし宇宙に構造が進化するのに十分な時間が経つ前に真空のエネルギーが宇宙の支配的なエネルギーになり、そしてそれがそのまま続いたとすると。そのような宇宙には意義ある構造は一切生じないということです。これは何を意味するのでしょうか?

ワインバーグは、真空のエネルギー密度が量子力学により大きな補正を受けるという理論的な結論は正しいと考えました。つまり、物理学者がいくら探しても見つからない未知のメカニズムが存在してそれが補正を抑えている、などということはないと考えたのです。
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これは逆に言えば、もし宇宙に知的生命体が現れて真空のエネルギー密度を測定したならば、彼らは必ず理論の自然な値より120桁ほど小さい値を観測するということを意味します。なぜなら、そうでなければ彼ら自身が存在しないからです(図6-1、画像参照)。