じじぃの「科学・地球_554_なぜ宇宙は存在するのか・たくさんの宇宙がある根拠」

物理学者野村さんに聞くマルチバース宇宙論①インフレーションと真空エネルギー

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=-HI9c81dSD0

宇宙で高等生命体が生まれるための真空のエネルギー密度とは


『なぜ宇宙は存在するのか』――人間原理の正しい解釈

われわれの宇宙はどこから来て、どこへ向かうのか――ダークマター、インフレーション理論、超弦理論といった基礎知識をご存じの方におすすめ。宇宙論の最先端の話題/用語を合理的に整理できる。
第4章では、1980年代に開花したインフレーション理論を紹介する。
宇宙誕生後10-38秒から10-36秒くらいの間に指数関数的に宇宙が膨張するインフレーションが起こり、宇宙は一様になり、曲率がきわめて平坦になった。そして、インフレーションの膨張が熱エネルギーになり、ビッグバンを引き起こす。野村さんは、宇宙の始まりとビッグバンの間にインフレーションがあったということを平易に説明してくれる。
インフレーションが起きたにしても、この宇宙の標準模型はよくできすぎている。たとえば、真空のエネルギー密度と物質のエネルギー密度がほぼ同じ大きさであるタイミングで生命が誕生したのは偶然なのか―第5章で、そうした疑問を提示する。その答えは、第6章で語られるマルチバースだ。

電磁気力と弱い力を統合した物理学者のスティーヴン・ワインバーグは、1987年に人間原理に注目した論文を発表した。人間原理とは、「私たちが自らの周りで観測する世界よりも、実はもっと多様な世界がどこかに存在していると仮定する」(199ページ)ことにある。
それによれば、きわめて多くの宇宙が存在する中で、たまたま、真空のエネルギー密度がゼロに近い宇宙が、私たちが住む宇宙だという。
ワインバーグの予言の通り、1998年に宇宙の加速膨張が観測された。
ここに超弦理論を加えると、無数の異なる種類の宇宙が次々と作られていくというマルチバースとなる。
https://www.pahoo.org/e-soul/gadget/2022/WhyTheUniverseExists.shtm

なぜ宇宙は存在するのか――はじめての現代宇宙論

【目次】
第1章 現在の宇宙
第2章 ビッグバン宇宙1――宇宙開闢約0.1秒後「以降」
第3章 ビッグバン宇宙2――宇宙開闢約0.1秒後「以前」
第4章 インフレーション理論
第5章 私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか

第6章 無数の異なる宇宙たち――「マルチバース

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『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論

野村泰紀/著 ブルーバックス 2022年発行

第6章 無数の異なる宇宙たち――「マルチバース」 より

6-1 真空のエネルギー密度と「人間原理

ワインバーグ人間原理

簡単に言えば、実際の値が理論的に単純に示唆される値よりも120桁近く小さいことはすでにわかっているのだから、それは恐らくゼロだということを意味しているのだろうと考えたのです。

この状態で、真空のエネルギー密度の問題に真剣に取り組んだ物理学者の1人にスティーヴン・ワインバーグがいました。電弱統一理論を完成させ、1979年にノーベル賞を受賞したワインバーグです(残念ながら、彼は本書執筆中の2021年7月に88歳で亡くなられました)。

彼は1980年代の半ば、それまでに真空のエネルギー密度の問題を解決するために提案されていたメカニズムを念入りに調べてみました。これらの解決策は、ほぼ全て真空のエネルギー値をゼロにしようとするものでしたが、そのどれもがうまくいっていませんでした。これは彼に、問題を解くには当時の多くの物理学者たちが試みていなかったアプローチが必要であると結論付けさせることとなりました。

ワインバーグは、いくつかの先立つ研究者の示唆に従って「人間原理」と呼ばれる考えに注目しました。この考え方の核心は、私たちが自らの周りで観測する世界よりも、実はもっと多様な世界がどこかに存在していると仮定することにあります。

では、この考えを真空のエネルギー密度の問題に当てはめるためには、どうしたらよいのでしょうか? ワインバーグが考えたのは、異なる真空のエネルギー値を持ったたくさんの「宇宙たち」が存在するという状況でした。ここでは、これらの宇宙たちがどのように存在しているのかは問題ではありません。

想像を絶するほど巨大な空間の中のいくつもの領域が、異なる真空のエネルギー値を持った異なる宇宙に見えるのかもしれませんし、異なった真空のエネルギー値を持つ宇宙が時間が経つにつれ繰り返し実現されるのかもしれません。もしくは、いくつもの宇宙が「パラレルワールド」のように並行して存在するという可能性だって考えられるでしょう。いずれにしても、ワインバーグは、これらの真空のエネルギー値が違った宇宙では何が起こるのかを考えてみたのです。

彼が得た結論は、もし真空のエネルギー密度が私たちの宇宙の現在の物質のエネルギー密度である2.7x10-30g/cm3より数桁以上大きかったならば、そのような宇宙には銀河、星をはじめとするあらゆる構造が存在し得ないということでした。より正確に言えば、もし宇宙に構造が進化するのに十分な時間が経つ前に真空のエネルギーが宇宙の支配的なエネルギーになり、そしてそれがそのまま続いたとすると。そのような宇宙には意義ある構造は一切生じないということです。これは何を意味するのでしょうか?

ワインバーグは、真空のエネルギー密度が量子力学により大きな補正を受けるという理論的な結論は正しいと考えました。つまり、物理学者がいくら探しても見つからない未知のメカニズムが存在してそれが補正を抑えている、などということはないと考えたのです。
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しかし、もし異なる宇宙の種類が10120以上あれば、その中のいくつかの宇宙はたまたま小さい真空のエネルギー密度、すなわちその内部に構造が生まれ得る範囲の真空のエネルギー密度を持つだろうと考えられます。なぜなら、真空のエネルギー密度がそのような範囲におさまる確率が10-120と極めて小さかったとしても、宇宙の種類が10120以上、たとえば10130あったとすれば、そのうち約10130×10-120=1010=10000000000種類の宇宙は、構造が許される程度に小さい真空のエネルギー密度を持つだろうからです。そして、銀河や星、生命といった構造はこのような「ラッキーな」宇宙にのみ生じ得るのです。

これは逆に言えば、もし宇宙に知的生命体が現れて真空のエネルギー密度を測定したならば、彼らは必ず理論の自然な値より120桁ほど小さい値を観測するということを意味します。なぜなら、そうでなければ彼ら自身が存在しないからです(図6-1、内部に構造が生まれ得る範囲の真空のエネルギー密度)。

たくさんの宇宙がある根拠

なぜ私たちが観測する真空のエネルギー密度が、理論の自然な見積もり値に比べてはるかに小さいのか――物理学者たちがいくら探しても見つけられなかったこの問いに対する答えを与えるというだけでも、この人間原理の考え方には意味があると言えるでしょう。

しかしこの考え方には、さらに極めて重要な帰結があります。それは、「真空のエネルギー密度が現在の物質のエネルギー密度よりはるかに小さいことはない」という予言です。なぜなら、ワインバーグ自身も指摘しているように、宇宙で高等生命体が生まれるためには真空のエネルギー密度は物質のエネルギー密度程度に小さくなくてはならないが、それ以上小さい必要はないからです。これはどういうことでしょうか。

無数にある宇宙の中で、高等生命体が生じた宇宙を考えてみましょう。その宇宙での真空のエネルギー密度は、たまたま複雑な構造を許す範囲――つまりそのような構造(高等生命体を含む)が生まれた時点での物質のエネルギー密度とほぼ同程度以下の範囲――におさまっているはずです。しかしこの場合、そのたまたま得られた真空のエネルギー密度の値が、許される最大の値よりはるかに小さい、つまり構造が生まれた時点での物質のエネルギー密度より何桁も小さい値を持つ可能性は低いと考えられます。なぜなら、この考え方をしなければならなかったそもそもの理由が、真空のエネルギー密度を小さく抑える理論的なメカニズムは存在しないということだったからです。

すなわちもしこの人間原理の考えが正しければ、真空のエネルギー密度は現在の物質のエネルギー密度とほぼ同じ大きさで観測されるはずだと言えることになるのです。これは多くの物理学者たちが、問題が解けたあかつきには真空のエネルギー密度はゼロとなるはずだ、と考えていたのとは極めて対照的な結論です。

ワインバーグにより1987年に発表された人間原理に関するこの論文は、ながらく人々の関心の的になることはありませんでした。しかし約10年後の1998年、真空のエネルギー密度はこの論文で予言された通りに、パールマター、シュミット、リースらの観測により、宇宙の加速膨張という形で衝撃的に示されることになるのです。

つまり、自然界には無数の異なる宇宙が存在するという一見突拍子もない考えは、他のどの理論も説明し得なかった真空のエネルギー密度の小ささを説明しただけでなく、その真空エネルギー密度が(人間が宇宙を観測したとき、すなわち高等生命体が生じた時期の)物質のエネルギー密度とほぼ同程度の大きさであることまで予言し、それは実際に観測で確かめられたのです!

真空のエネルギー密度の値を説明するために現在物理学者が持つ唯一の理論が、無数の異なる宇宙が存在すると仮定することだというのは、極めて示唆的です。ただ、このような大きな仮定を受け入れるためには、根拠が1つでは心もとないのも確かです。

では、宇宙がたくさんあることを示す根拠は他にないのでしょうか?
実はあるのです。しかも1980年代からあったのですが、1998年以前に気付いていた物理学者はほとんどいませんでした。そのことを次に述べていきたいと思います。