スウェーデンの絵本作家とお絵かき
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『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』
品田遊/著 朝日新聞出版 2022年発行
希釈 より
大雨の影響で川の流れが波立っていた。
こういう川とか雨とか見ながらよく思うんだけど、地球上の水分量自体はほぼ変わってなくて、ずっと雨になったり海になったり雲になったりを繰り返し続けているわけじゃないですか。川をいま流れた水がここを流れるのは何回目なんだろう。
地球のどれかの水分子に印をつけて、太古の昔から現在までの行方を追ってみたいな。結構すごい距離を移動してたりするのか? それとも近場にとどまっているのか。中国の台風だったり、ポメラニアンの唾液だったり、皇太后の血だったりした水分子が、今はコーラになっているかもしれない。
そういえば、有名な疑似科学に「ホメオパシー療法」というのがある。これは毒をもって毒を制す発想の代替医療で、猛毒であるヒ素を薄めた水を砂糖玉に浸し、それを摂取することもある。どう見ても、危険そうだが、ホメオパシー的な考え方によれば、「毒は薄めれば薄めるほど薬としての効果がある」らしく、100倍希釈を30回繰り返したりする。そうすると良い薬になるのだそうだ。それだけ薄めると元の毒の分子が残る確率は限りなくゼロに近づくので、実質的にはただの水である。
そんなホメオパシーの優れている点は「何の意味もない」ことらしい。代替医療には「とにかく血を抜けば治る」みたいな物騒なものも多く、より症状を悪化させることもある。
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一般に、希釈数は多いほどすごくよく効き、希少性も高まるらしい。
希釈すればするほど効きがよくなるならどんどん薄めればいい。そして希釈を行なうことで薬の総量は増え、希少性は低くなると思うんだけど、なんだか不思議な倫理である。たとえば1000倍希釈したホメオパシー薬が高い値段で売られていたら、その薬と同じ量の水を入れて2倍に割って、自分と業者で半々で分ければ効果も倍増するしいいじゃん、ってならないのだろうか。通常、希少性はその製品の純度に比例するものが多いが(純金とか)、ホメオパシーに関しては「薄めるほど良い」という前提があるから逆転してしまっているのが面白い。
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どうでもいい、じじぃの日記。
品田遊著『キリンに雷が落ちてどうする 少し考える日々』という本に、「希釈」というエッセイが書かれていた。
まあ、人生はいろいろで、死に方にもいい死に方や悪い死に方があるのだろうが、死は誰に対しても同じに訪れる。
ずいぶん前に、マークス・寿子著『大人の国イギリスと子どもの国日本』という本を読んだ。
日本とイギリスは、両国とも近くに大陸を控えた島国であるという共通点がある。なんとなく、日本人気質とイギリス人気質は似ているような気がする。「孤独でいる人、独りで暮らしている人はかわいそうだとみんながいい、そして同情してくれる。同情するだけで何もしてくれるわけではないが、しかし孤独はいけないものだという考え方が根底にあって、独り=さみしい=悪い、というふうにつながってくるように思われる」。
イギリス、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、北ドイツの人々は好かれるより嫌われないことのほうに関心があるのだそうだ。
私は他人から見たら、孤独な人間なのかもしれない。
思い返せば、私の人生は「希釈」された薄っぺらなものだった気がする。
トホホのホ。