じじぃの「科学・地球_518_ヒッグス粒子の発見・プリンストンへ」

Peter Higgs Biography in Hindi | Higgs Boson in Hindi | God Particles in Hindi | Peter Higgs life ||

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=DTLiEBeMCZ0


ヒッグス粒子の発見――理論的予測と探究の全記録

【目次】
プロローグ
第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり
 ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
    ・
第11章 「隠された世界」
 ヒッグスから届いた手紙
最終章 「新しい粒子」に導かれて
 「発見」と「観測」
 「発見したのです」

                  • -

ヒッグス粒子の発見』

イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行

第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり より

プリンストンまで車で行くとなると、1日がかりになることも覚悟しなければならない。それも、ついていればの話だ。史上最も偉大な物理学者、アルバート・アインシュタインがかつて暮らしたその街への行程は、米国東海岸に沿って北上し、広々と広がるチュサピーク湾をぐるりとめぐりながら、ワシントンDCからポルチモア、フィラデルフィアを経て、やっとたどり着く長い道のりだ。

ピーター・ヒッグスは、いくらかの着替えと、研究ノートがぎっしりとはさまったフォルダー1冊をスーツケースに詰め、自宅を出て車に向かった。妻のジョディーと生後6ヵ月の息子クリストファーも一緒である。ヒッグスは、後部座席にスーツケースを放り込み、ロードマップをしげしげと眺めた。道順に納得がいくと、彼は車を発進し、並木道を抜けながら北東に進んで、高速道路へと向かった。春の朝日を浴びて、街がゆっくりと生気を取り戻す時間帯だった。

時に、1966年3月14日。英国エディンバラ大学の物理学者であるヒッグスは当時、ノースカロライナ州チャベルヒルに住んでいた。その街の大学で、サバティカル(大学教授に与えられる研究のための長期有給休暇)期間を過ごすため、前年から引っ越して来ていたのだ。そこでのヒッグスの研究が、世界をリードする、ある科学者の目を引き、ニュージャージー州プリンストンにある高等研究所(IAS)でセミナーを開くよう招かれたのである。

ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち

ピーター・ヒッグスは、出産を間近に控えた妻のジョディーをイリノイ州アーバナにいた彼女の両親のもとに預け、1965年9月6日、住居を構えるためにチャペルヒルに到着した。そして、ノースカロライナ大学で、質量の起源に関する最初の重要な論文の執筆に取りかかった。8月24日、ヒッグスが新たな所属学部の図書館で研究に没頭しているとき、電話だと呼び出された。長男クリストファーが、たった今生まれたという連絡だった。

11月にその論文を書き終えたヒッグスは、1部を学術誌に送り、内容に興味を持つと思うと思われる物理学者たちにもコピーを送った。当時はまだはっきりとはわからなかったが、ヒッグスの理論は、宇宙創生期の重大な局面を示していた。それによれば、当初、物質の構成単位にはまったく質量がなかった。素粒子は、完全に質量がゼロだったのだ。

そして、宇宙に生を吹き込んだ激変的な大爆発「ビッグバン」の後、一瞬にして何かが起こった。それ以前には存在さえも判然としなかった宇宙の隅々にまで広がるエネルギー場に、”スイッチ”が入ったのだ。その瞬間、それまで光速で駆けめぐっていた質量をもたない素粒子が、その「場」にとらえられ、質量をもつようになったのである。場から受ける影響が大きければ大きいほと、素粒子はより重くなった。

時間は、今から137億年前に、最初の爆発とともに動き始めた。宇宙はそのとき、強力なエネルギーが集まるごく小さな球にすぎなかぅたが、私たちがその存在を知っているような自然界の法則が働くには高温すぎた。しかし、ウィンクするほどのあいだに(誰が意中の人でもそこにいればの話だが)、宇宙は一瞬でビーチボールほどの大きさに膨張し、ヒッグス場が働くようになるのに十分なほど冷えた。

その瞬間、物質の最初の構成単位はヒッグス場に手なずけられて重さを獲得し、光の速さから、ゆっくりした動きへと減速させられたのである。まるで、スープに落ちたハエのように。

ヒッグス場は、宇宙の構造と、私たちが知っているような生命体を支える能力にとって必要不可欠である。

もしヒッグス場が存在しなければ、物質の構成単位である素粒子は、光のようなふるまいをするだろう。私たちがよく知っている化学は存在しないだろうし、原子が凝集して今日見られるような物質を構成することもなかっただろう。

恒星や惑星は形成されず、私たちの住む太陽系は、生命体の存在しない不毛の地となっていたに違いない。宇宙のそれ以外の部分の同様だ。

ヒッグスの理論の核心は、質量を与える場と関連をもつ新しい素粒子の存在だった。ヒッグス粒子と呼ばれるその素粒子は、いわば他の素粒子に質量を与えた時点で残った場の一部だった。ヒッグスの理論が正しいことを証明するために、科学者たちが抱いた1番の期待は、ヒッグス粒子の実在を明らかにすることであった。