じじぃの「科学・地球_517_ヒッグス粒子の発見・プロローグ」

【物理学70の不思議24】ヒッグス粒子の背後にある物理は何か?【固体量子】【VRアカデミア】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=1zLOp3TJSwg


ヒッグス粒子の発見――理論的予測と探究の全記録

【目次】
プロローグ
第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり
 ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
第2章 原爆の影
 科学者に明日は予見できない
第3章 79行の論文
 南部陽一郎の論文と出会って
 自発的対称性の破れ
 CERNに送った論文
第4章 名誉を分け合うべき男たち
 千載一遇のチャンスを逃したヒッグス
第5章 電弱理論の確証を求めて
 CERN内部の争い
第6章 野望と挫折
 ブッシュ‐宮沢会談の裏で――頓挫したSSC
第7章 加速器が放った閃光
 「君はヒッグス粒子を見つけたのかね?」
 追い詰められたLEP
第8章 「世界の終焉」論争
 素粒子物理学界を揺るがした2通の投書
第9章 “幻影”に翻弄された男たち
 「5σ」の壁
第10章 「発見」前夜
 「神はヒッグス粒子を嫌っている」
第11章 「隠された世界」
 ヒッグスから届いた手紙
最終章 「新しい粒子」に導かれて
 「発見」と「観測」
 「発見したのです」

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ヒッグス粒子の発見』

イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行

プロローグ より

すべては「場の目覚め」から始まった

1964年、エディンバラにある自身のオフィスで、紙とペンのみで研究に取り組んでいた1人の物理学者が、「ほとんどの科学者が信じているものこそ、その謎の答えだ」ということに、ふと気づいた。

その物理学者、ピーター・ヒッグスは、宇宙の隅々にまで広がる、目には見えない「場」を思いついたのである。宇宙誕生の瞬間には、その「場」は働いていなかったが、生まれたばかりの宇宙が膨張して冷却したとき、その「場」が目覚め、存在を主張し始めた。その瞬間、物質の最小構成単位である素粒子が、重さのない状態から重さのある状態へと変化した。”質量ゼロのもの”が”質量をもつもの”へと姿を変えたのだ。

私たちを取り巻くあらゆるものは、その産物である。”質量をもつもの”は、私たちの存在そのものの基盤であり、欠かす子tができないものなのだ。
この、いわゆる「ヒッグス場」が存在しなければ、私たちの宇宙は、素粒子が光速で飛び交う、すさまじい勢いの嵐となるだろう。私たちが知っている原子や分子は存在せず、物質が凝集して、銀河や恒星や惑星を形成するような事態は決して起こらなかったに違いない。現在の宇宙に見られるあらゆる構造体がまったく存在しなくなる――そうであったならば、生命体がこの世に誕生しうる、最初の足がかりさえどこにもなかったことになる。

「神の粒子」を蔑視した科学者たち

大型ハドロン衝突型加速器LHC)はピーター・ヒッグスが思い描いた”ヒッグス場”の本当の性質を完全に明らかにするために設計された。その装置は、「ヒッグス粒子ヒッグスボソン)」と呼ばれる素粒子として現れる、ヒッグス場の中の”波”を作り出さなくてはならない。ヒッグス粒子は、私たちの宇宙という雪原をつくっている雪片であり、科学者が、物に重さがある理由をすっかり説明するために必要な決定的証拠なのだ。

その素粒子を追い求めてきたのは、CERNだけにとどまらない。アメリカのシカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所(Fermilab)には、世界第2位を誇る強力な加速器があり、そこにいる科学者たちは、ヒッグス粒子の検出を最優先課題に掲げている。大西洋の対岸にあるこれら2つの研究所にとって、数千年にわたる探索は、現代物理学における最大の競争となってきた。

ヒッグス粒子の発見」には、プライドを満足させること以上の意味がある。素粒子物理学の標準理論(標準模型)――この宇宙で存在が判明しているすべての素粒子の性質やふるまいを説明する理論――の中で唯一、未解明の部分だからだ。

しかし、この粒子の存在をとらえることは、ほんの始まりにすぎない。ヒッグス粒子が質量の謎を解くだけでなく、私たちが想像し始めたばかりの、”素粒子”と”力”の秘められた世界へ続く扉を開くと信じる科学者たちが増えているのだ。

ヒッグス粒子の発見しにくい性質と需要度の高さが、ノーベル賞を受賞したある物理学者をして。「神の粒子」という大げさなニックネームをつけさせた。本書を読み進めていけばわかるように、その名前に対する”蔑視”以上に科学者たちを1つにさせたものはない。喜々として新聞の見出しを書くものの喜びようが唯一、科学者の抱く、その名前に対する侮蔑の思いを等しくさせたのだ。だが、メディアにとって、その名前は別の意味での救世主となっている。

本書は、万物はどのようにして質量をもつようになったのか、そして、半世紀近く前にノートに書き留められた考えが、いかにして、何千もの科学者たちを巻き込み、史上最大かつ最も複雑な装置を用いた。数十億ドル規模にも及ぶ国際的な探索の的になりえたのか、そのエピソードを綴る物語である。
どう考えても、この物語をもつ”重み”は半端なものではない。