じじぃの「科学・地球_529_ヒッグス粒子の発見・ホーキングの賭け」

【とにかくわかりやすく素粒子の話】弱い力、ヒッグス粒子

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ヒッグス粒子」発見で「100ドルの賭けに負けた」、ホーキング博士

2012年7月5日 :AFPBB News
英国の著名な宇宙物理学者スティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士は、ヒッグス粒子(Higgs boson)の名の由来となったピーター・ヒッグス(Peter Higgs)博士にノーベル賞が与えられるべきだと述べるとともに、今回の発見で100ドル(約8000円)の賭けに負けたと冗談交じりに語った。

4日に行われたBBC英国放送協会)とのインタビューでホーキング博士は、「これは重要な発見だ。ピーター・ヒッグス氏はノーベル賞をもらうべきだ」と述べつつも、「物理学上の偉大な進歩は、われわれが予想していなかった結果を出した実験からもたらされてきたことを考えると、(狙い通りの成果を出したヒッグス粒子の発見は)ある意味で残念な気もする」と続けた。
https://www.afpbb.com/articles/-/2888003

ヒッグス粒子の発見――理論的予測と探究の全記録

【目次】
プロローグ
第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり
 ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
第2章 原爆の影
 科学者に明日は予見できない
第3章 79行の論文
 南部陽一郎の論文と出会って
 自発的対称性の破れ
 CERNに送った論文
第4章 名誉を分け合うべき男たち
 千載一遇のチャンスを逃したヒッグス
第5章 電弱理論の確証を求めて
 CERN内部の争い
第6章 野望と挫折
 ブッシュ‐宮沢会談の裏で――頓挫したSSC
第7章 加速器が放った閃光
 「君はヒッグス粒子を見つけたのかね?」
 追い詰められたLEP
第8章 「世界の終焉」論争
 素粒子物理学界を揺るがした2通の投書
第9章 “幻影”に翻弄された男たち
 「5σ」の壁
    ・
第11章 「隠された世界」
 ヒッグスから届いた手紙
最終章 「新しい粒子」に導かれて
 「発見」と「観測」
 「発見したのです」

                  • -

ヒッグス粒子の発見』

イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行

第9章 “幻影”に翻弄された男たち より

「5σ」の壁

CERNのチームは、昼夜を問わず働いた。研究者たちはヒッグス粒子を見出すチャンスを拡大すべく衝突の新しい解析方法に挑戦し、オペレーターたちはLEP(大型電子・陽電子衝突型加速器)の能力を限界ギリギリまで発揮させながら稼働し続けられるよう努めていた。

9月の会議では、所長のルチャーノ・マイアーニと研究部長のロジャー・キャシュモアが他のCERN幹部や科学者たちとともに席に着き、進捗状況を確認した。6月以降、検出器「アレフ」のチームは、十分に関心を抱きうるヒッグス粒子に似た模様を生じた衝突をさらに2回観測していた。いずれも、コンスタンティニディスが6月15日に観測したものときわめてよく似ていた。

それらの信号強度は3.9σにランクされた。信頼性があり、有望ではあるが、「発見」と主張するにはいまだ不十分な値だった。
2つめの検出器「デルファイ」のチームもまた、ヒッグス粒子を生じた可能性のある2つの衝突を観測していたが、確実とはいえなかった。4つの検出器による観測結果を総合すると、ヒッグス粒子をとらえたという信頼性は2.7σと産出された。物理学者たちの事前の計算によれば、”見えざる怪物”の存在の「徴候」としての条件を満たすには、十分ではなかった。
    ・
CERNの別の科学者、クリストフアー・タリーは、楽観的だった。
ヒッグス粒子は、もうそこまで顔をのぞかせている」
CERNの執行部は、「不確かな観測結果を重要な発見に変える良い見通し」がある場合にかぎり、LEPの運転を続行すると表明した。長い議論の末に、彼らは妥協案に落ち着いた。11月2日までの運転延長を許可したのである。幹部たちは、それ以上延長すると大型ハドロン衝突型加速器LHC)の技術系の作業に不必要な遅れを生じさせることになると主張した。

だが、情勢を冷静に見極めれば、LEPを12月まで稼働し続けても、科学者たちが「発見」を主張するために必要な評価レベル――すなわち”マジックナンバー”ともいうべき「5σ」――に達するのに十分な量のヒッグス粒子を生じる可能性は低そうだった。

ホーキング対ヒッグス――相容れない主張

CERNによる探求の結果、「ヒッグス粒子の発見」がちらつき始めているという噂は研究所の壁を越えて広く世界中に拡散していった。ある科学者のグループが、ジュネーブから6000マイル離れた朝鮮半島の南端沖にある済州島で、夕食を囲んで集まっていた。彼らは、素粒子物理学と初期宇宙の理論を対象とする「COSMO2000」という会議に出席するために、その島を訪ねていた。

話が物理学に及んだとき、のちにミシガン大学のミシガン理論物理学センター(MCTP)所長となるゴードン・ケインが「CERNヒッグス粒子を垣間見た可能性がある」と発言した。その議論は、有名な物理学者の一声によって遮(さいぎ)られた。スティーブン・ホーキングである。ホーキングは、ケインに賭けをもちかけた。「LEPだろうが他の粒子衝突型加速器だろうが、絶対にヒッグス粒子は見つからない」とホーキングが請け合い、2人はそれに100ドル賭けることで話がまとまった。

ヒッグス粒子発見の可能性」に対するホーキングの懸念は、彼が1995年に発表した研究に基づいている。その中でホーキングは、”仮想ブラックホール”がヒッグス粒子の観測を不可能にすると予測していた。”仮想ブラックホール”とは、実に興味深い理論上の存在である。

科学者たちは、たとえば電子とその反粒子である陽電子などのように対になった粒子が、量子スケールでのエネルギー変動によって、真空から突然、飛び出しうることを知っている。”仮想ブラックホール”が存在するのはほんの一瞬だけだが、ヒッグス粒子のの観測を妨げるには十分だ、とホーキングは主張している。

ホーキングの賭けの話を耳にしたとき、ピーター・ヒッグスは別段、驚きもしなかった。ヒッグスはこう語った。――スティーブン・ホーキング素粒子と重力を「素粒子物理学の理論家なら誰も正しいとは信じない」ようなやり方で融合したのだ、と。「それはちょっと厚かましい話でね」と、ヒッグスは私にいった。
「彼の予測は非常に疑わしいと私は思っていますよ」
「個人的な見解の相違」として始まったことが、やがて公の口論に発展した。

エディンバラでの夕食の席で、ヒッグスは「スコッツマン」という新聞の記者にホーキングについて質問され、準備もなく批判を述べた。ヒッグスはホーキングを討論に引き込むのは難しいし、そのうえ、その有名な宇宙学者は他の物理学者たちのように公然お意義を申し立てられることがないと指摘した。ヒッグスのコメントとして、次のように報道された。
「彼は、他の人がしないようなやり方で意見を表明することで、うまく切り抜けている。有名人としての地位のおかげで、彼はすぐに信用されるが、他の人たちはそうはいかないのだ」
その言葉に、ホーキングは素早く反応した。
「私は、ヒッグス氏の発言に現れている強烈な感情に驚かされた。私は、個人的な意見抜きで、科学的な問題を討議できるよう願いたいと考えている」

2人はその後、意見の相違を解消した。しかし、”あの粒子”の意見の可能性については、そうはいかなかったのである。