じじぃの「科学・地球_530_ヒッグス粒子の発見・発見前夜・ATLAS」

【ゆっくり解説】親殺しのパラドックス

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=22o9Qrgv94M


タイムワープして祖父を殺すと自分が生まれなくなるので殺せないのではないか?というパラドックスを解消できるのか

2016年05月16日 GIGAZINE
「過去にタイムワープして自分のおじいさんを殺してしまえば自分は生まれないので、過去に行っておじいさんを殺すこともできなくなるのではないか?」という有名なパラドックスとして「Grandfather Paradox(親殺しのパラドックス)」が知られています。
ムービー「Solution to the Grandfather Paradox」は、このGrandfather Paradoxはパラドックスではなく解決可能であることを説明しています。
https://gigazine.net/news/20160516-grandfather-paradox/

ヒッグス粒子の発見――理論的予測と探究の全記録

【目次】
プロローグ
第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり
 ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
第2章 原爆の影
 科学者に明日は予見できない
第3章 79行の論文
 南部陽一郎の論文と出会って
 自発的対称性の破れ
 CERNに送った論文
第4章 名誉を分け合うべき男たち
 千載一遇のチャンスを逃したヒッグス
第5章 電弱理論の確証を求めて
 CERN内部の争い
第6章 野望と挫折
 ブッシュ‐宮沢会談の裏で――頓挫したSSC
第7章 加速器が放った閃光
 「君はヒッグス粒子を見つけたのかね?」
 追い詰められたLEP
第8章 「世界の終焉」論争
 素粒子物理学界を揺るがした2通の投書
第9章 “幻影”に翻弄された男たち
 「5σ」の壁
第10章 「発見」前夜
 「神はヒッグス粒子を嫌っている」
第11章 「隠された世界」
 ヒッグスから届いた手紙
最終章 「新しい粒子」に導かれて
 「発見」と「観測」
 「発見したのです」

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ヒッグス粒子の発見』

イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行

プロローグ より

「神の粒子」を蔑視した科学者たち

大型ハドロン衝突型加速器LHC)はピーター・ヒッグスが思い描いた”ヒッグス場”の本当の性質を完全に明らかにするために設計された。その装置は、「ヒッグス粒子ヒッグスボソン)」と呼ばれる素粒子として現れる、ヒッグス場の中の”波”を作り出さなくてはならない。ヒッグス粒子は、私たちの宇宙という雪原をつくっている雪片であり、科学者が、物に重さがある理由をすっかり説明するために必要な決定的証拠なのだ。

その素粒子を追い求めてきたのは、CERNだけにとどまらない。アメリカのシカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所(Fermilab)には、世界第2位を誇る強力な加速器があり、そこにいる科学者たちは、ヒッグス粒子の検出を最優先課題に掲げている。大西洋の対岸にあるこれら2つの研究所にとって、数千年にわたる探索は、現代物理学における最大の競争となってきた。

第10章 「発見」前夜 より

標的を定めたATLAS

LHCの内部で起こる粒子の衝突によって生じる破片から新しい物理学を探究するために、科学者たちが使用するのは技術上の最高傑作だ。中でも、圧倒的な存在感を誇るのが、ATLAS(A Toroidal LHC ApparatuS:トロイド型LHC観測装置)という似つかわしい名のつけられた検出器である。

きわめて大きなそのサイズは、オリンピック使用の水泳プールにかろうじて入るほどだ。7000トンのATLASと、それほど小さいわけではないCMSという検出器はいずれも、ヒッグス粒子の発見を念頭に置いて設計されたものである。だが、両者の検出能力があれば暗黒物質のエキゾチック粒子や新たな次元の存在など、はるかに多くの成果を挙げる可能性を秘めていた。

LHCの内部においてヒッグス粒子が生じうるプロセスはいくつか予想されているが、最も可能性が高いのが、2つのグルーオン――陽子の中でクォークを結びつけている素粒子――が衝突して融合するときだ。衝突によって放出されるエネルギーが、ヒッグス粒子を容易に生み出す可能性は十分にある。ただし、ヒッグス粒子は誕生直後、瞬く間に崩壊していく。CERNのLEP(大型電子・陽電子衝突型加速器)がとらえた、ヒッグス粒子と思しき示した程度にヒッグス粒子の質量が軽ければ、ガンマ線となって消え去る可能性が非常に高い。

あるいは130ギガ電子ボルト程度以上と、ヒッグス粒子がそれより少し重いのであれば、科学者たちは4つのレプトン――電子と同じ仲間の粒子――が残した痕跡を探すことになるだろう。ヒッグス粒子の発見は、LHC内部における大量の衝突から生じ、その後に崩壊してできた原子を構成する粒子の、このような信号を検出できるかどうかにかかっている。

LHCに関して、ATLASとは少々異なる道を歩むのが検出器「LHCb」である。LHCbにはポール・ディラックが1933年にノーベル賞の受賞講演で取り上げった疑問について決着をつけようと試みる科学者たちが携わっている。

およそ140億年前の宇宙創生期には、物質と反物質は等しい量で存在していた。現在の宇宙からは反物質がほぼ消え去り、その大部分が物質から構成されている。消えた反物質にいったい何があったのか? 反物質の恒星が、反物質の宇宙4で輝いているのだろうか?

LHCbは、重いクォークの1種であるボトムクォークでできている粒子をとらえるために設計された。ボトムクォークの探求は、なぜ普通の物質が反物質に勝って現れているのかを明らかにするはずだ。

「神はヒッグス粒子を嫌っている」

CERNの挫折は、素粒子物理学者にとって深刻な打撃だった。LHCはその歴史の中で、何年も続くスケジュールの遅滞と予算超過、そして壊滅的なアクシデントを耐え抜いた。修理が完了する1ヵ月前の出来事について話すとき、エバンス(LEPの責任者)は慎重だった。
「私たちはみな、本当に落ち込んでいましたが、くよくよ考えてはいられませんでした。忘れてはいけません。歴史上、LHCのようなものを作り上げた人は誰1人として存在しないのですよ」

2009年は、ヒッグス粒子の誕生45周年だった。――少なくとも、ピーター・ヒッグスのノートに書かれた理論方程式に関しては。物理学者たちは、以来ずっと、その粒子に関心を払い、1980年代からは本格的な探索を開始した。

45年を経て、ヒッグス粒子がいまだ姿を現さない事実は、いくらか怪しい雰囲気を醸し出し始めていた。物理学者たちは、間違った場所を探していたのだ。正体を現したように見えても、握りしめた指のあいだからヒッグス粒子はするりと逃げ出していく。

大多数の物理学者の心中では、それは完全なる不運だったが、ホルガー・ニールセン(1941年~)の思いは違った。彼は、それは「運命」だととられていたのである。

ニールセンは、コペンハーゲンにあるニールス・ボーア研究所の理論物理学者で、弦理論の提唱者の1人であると見なされている。弦理論は、宇宙のあらゆる粒子に対し、振動エネルギーの微視的な集まりという役割を与えるものだ。ニールセンは、京都大学の二宮正夫(1944年~)共同で、「ヒッグス粒子はなぜ、絶対に見つからないか」について説明する迷惑な理論を打ち出した。

自然界そのもの、あるいは”神”でさえ、ヒッグス粒子に対して計略を巡らしていた……ニールセンの理論は、ヒッグス粒子は自然界に対して非常に卑劣な存在であり、その粒子を活発にさせるどんな装置も未来から妨害される運命にある、と主張していた。ニールセンはそれを、時間旅行の輪の中で「祖父殺しのパラドックス」として知られる事象になぞらえた。
祖父殺しのパラドックスとは、未来から時間旅行をして現在に戻った人間が、自分の祖父を殺すというものだ(時間旅行ができるなら、過去に遡って子供を授かる前の祖父を殺害することが可能だが、それを実行すれば自分の親は生まれず、したがって自分も存在しなくなる。ゆえに、祖父殺しは不可能であるという論理的矛盾。「親殺しのパラドックス」とも)。その理論は、未来の出来事が過去に波紋を起こし、科学者たちが今日取り組んでいることに影響を与える可能性があるという形で、現在と未来とをつないでいる。

CERNにとっては助けともなった主張の中で、ニールセンと二宮は、未来から来る悪影響を及ぼす力がヒッグス粒子の探索における不運の責めを負うべきかどうか、解明するためのカードゲームがLHCの運用責任者たちの手中にあると提言した。
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2人の理論は、他の物理学者からは冷たい反応で迎えられた。テバトロンにおけるヒッグス粒子の徴候に関するブログ投稿で話題となったイタリアの理論家、トマッソ・ドリゴは、彼らの論文の要約を自身のウエブサイトに掲載した。その題名は「立派な物理学者たちが狂気じみた人間になった」だった。その投稿の中でドリゴは、自分の”カード”を並べながら、「優れた人たちが、紛れもない戯言の山を書くのを見るのは非常に悲しい」と書いた。

ニールセンは、自らの理論に「すっかり納得しているわけではない」と認めたが、ヒッグス粒子の探索の過程に、それを支持するたくさんの”証拠”を見出していた。スーパーコンダクティング・スーパーコライダー(超伝導超大型粒子衝突型加速器、SSC)は1993年、米国議会によって建設途中で計画中止となった。大型ハドロン衝突型加速器LHC)は、壊滅的なヘリウム漏洩事故のあと、1年間の稼働停止を余儀なくされた。

これらの後退はいずれも、”神”がヒッグス粒子を忌わしい存在であると見なしていると考えることが理にかなう――ニールセンはこういった。
「”神”は、概して『ヒッグス粒子の発見』を妨げようとしています。神はむしろ、ヒッグス粒子を嫌っているのです」