じじぃの「科学・地球_533_ヒッグス粒子の発見・発見したのです」

CERN: The Journey of Discovery

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wo9vZccmqwc

Higgs particle's discovery at CERN


   

Physicists Find Particle That Could Be the Higgs Boson

July 4, 2012 The New York Times
“I think we have it,” said Rolf-Dieter Heuer, the director general of CERN, the multinational research center headquartered in Geneva.
The agency is home to the Large Hadron Collider, the immense particle accelerator that produced the new data by colliding protons. The findings were announced by two separate teams. Dr. Heuer called the discovery “a historic milestone.”
https://www.nytimes.com/2012/07/05/science/cern-physicists-may-have-discovered-higgs-boson-particle.html

ヒッグス粒子の発見――理論的予測と探究の全記録

【目次】
プロローグ
第1章 プリンストンへ――その遥かなる道のり
 ヒッグス場に手なずけられた素粒子たち
第2章 原爆の影
 科学者に明日は予見できない
第3章 79行の論文
 南部陽一郎の論文と出会って
 自発的対称性の破れ
 CERNに送った論文
第4章 名誉を分け合うべき男たち
 千載一遇のチャンスを逃したヒッグス
第5章 電弱理論の確証を求めて
 CERN内部の争い
第6章 野望と挫折
 ブッシュ‐宮沢会談の裏で――頓挫したSSC
第7章 加速器が放った閃光
 「君はヒッグス粒子を見つけたのかね?」
 追い詰められたLEP
第8章 「世界の終焉」論争
 素粒子物理学界を揺るがした2通の投書
第9章 “幻影”に翻弄された男たち
 「5σ」の壁
第10章 「発見」前夜
 「神はヒッグス粒子を嫌っている」
第11章 「隠された世界」
 ヒッグスから届いた手紙
最終章 「新しい粒子」に導かれて
 「発見」と「観測」
 「発見したのです」

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ヒッグス粒子の発見』

イアン・サンプル/著、上原昌子/訳 ブルーバックス 2013年発行

プロローグ より

「神の粒子」を蔑視した科学者たち

大型ハドロン衝突型加速器LHC)はピーター・ヒッグスが思い描いた”ヒッグス場”の本当の性質を完全に明らかにするために設計された。その装置は、「ヒッグス粒子ヒッグスボソン)」と呼ばれる素粒子として現れる、ヒッグス場の中の”波”を作り出さなくてはならない。ヒッグス粒子は、私たちの宇宙という雪原をつくっている雪片であり、科学者が、物に重さがある理由をすっかり説明するために必要な決定的証拠なのだ。

その素粒子を追い求めてきたのは、CERNだけにとどまらない。アメリカのシカゴ郊外にあるフェルミ国立加速器研究所(Fermilab)には、世界第2位を誇る強力な加速器があり、そこにいる科学者たちは、ヒッグス粒子の検出を最優先課題に掲げている。大西洋の対岸にあるこれら2つの研究所にとって、数千年にわたる探索は、現代物理学における最大の競争となってきた。

最終章 「新しい粒子」に導かれて より

「発見したのです」

7月4日の朝、最初にドアを通ったのは、一晩中そこに陣取っていた人たちだった。その一部は講堂の後方に向かった。目を閉じて、前の席に頭をもたれて休む姿も見られた。研究所の上層部の人たち(少なくとも指定席が用意されている人たち)は、あとから入ってきて、前方の列に陣取った。室内は、だんだん騒がしくなった。それは、今シーズンの彼らの優位を決定的にする確かな勝利を目前にした、ホームチームの観衆のような賑わいだった。

40号棟で、ジョー・インカンデラはまだ、自分の発表の準備をしていた。午前8時42分にすべてをやり終えた彼は、その数分後にファイルをアップロードし、講堂に歩き始めた。9時を少し回ったとき、ロルフ=ディーター・ホイヤーが聴衆の前に立った。彼は、2人の講演者が紹介し、最初にインカンデラを舞台に招いた。

いうべきことはたくさんあった。ジョーは、長年にわたる、おそらく数千人が関わった仕事を、およそ100枚のスライドに圧縮した。そして、どのような質問にでも対応するバックアップとして、さらに70枚ほど用意していた。順を追って、彼はそれらの中に聴衆を引き込んだ。LHCのパフォーマンスを称賛し、CMSがどのようにパイルアップ問題に対処したのかについて述べた。

重要な最初の結果は、2つの光子に崩壊するヒッグス粒子の兆候だった。スライドは、データの中に黒い点をたどってできた、美しく、はっきりしたピークを描く赤い線を示した。ここで、インカンデラは話すのをやめた。彼は後ろに下がり、ただスライドをじっと見つめた。5秒、いや、おそらく10秒ほど経ってから、インカンデラは次のスライドに移った。
「ちょっと、自分を見失いました」と、彼はいった。「失礼しました」

さまざまな結果はゆっくりと積み重ねられた。それらを一緒にすることで、最もはっきりとしたチャンネル(ヒッグス粒子が2つの光子に崩壊するものと、4つのレプトンに崩壊するもの)が、信頼できる5σのシグナルを与えていた。スライドがそれを示したとき、講堂は突然、賞賛の声と拍手に包まれた。インカンデラは、聴衆の中にスティーブ・マイヤーズを見つけ、握手をしに歩み寄った。「それを成し遂げたのは、先月の運転によるものでした」と、ジョーはみなに向かっていった。

インカンデラは、他の3つのチャンネルから得たプロットをもっていた。その一部は、より興味深い結果を示していた。崩壊して2つのタウ粒子(電子の重いいとこのような粒子)になるヒッグス粒子の測定は、ヒッグス粒子の兆候をまったく示さなかった。その結果(もしかしたら統計効果、あるいは、ひょっとすると新しい物理学の初めての兆し)は、すべてを合わせた信号のレベルを下げた。すべてのチャンネルを合わせると、CMSは、およそ125ギガ電子ボルトの質量をもつヒッグス粒子の信号が4.9σレベルであることを報告した。
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続いて、ファビオラが講演を行った。
彼女の話は、最も可能性の高い2つのチャンネル、つまり、ヒッグス粒子が2つの光子に崩壊するものと、4つのレプトンに崩壊するものの解析を合わせたものだった。個別では、両方の結果とも強度があった。しかし、ジアノッティがパソコンをクリックして、両方の結果を合わせたものを示すスライドを出すと、講堂がどよめいた。

キーワードが小さな赤い四角枠で強調されていた。そこには”5σ”と書かれていた。大喝采が巻き起こった。ファビオラは、聴衆を落ち着かせようとした。「話はまだ終わっていません。続きがあります。焦らないでください」と彼女は口にしたが、彼らは聞く必要があることは、もうすっかり聞いてしまっていた。

ATLASチームの結果は126.5ギガ電子ボルトの質量をもつヒッグス粒子の存在を示していた。「私はそれが歴史的瞬間になるなんて気づきませんでした」と、その数週間後に彼女は語った。「私たちは、信頼できる方法で確実にそれらを示しながら、結果を完全にすることに集中していました。自分がそこに立つまで、私に実感はありませんでした」

ファビオラが話し終えると、聞いていた人たちからもう一度嵐のような拍手が起こった。人々は立ち上がって喝采し、足を踏み鳴らしたり口笛を吹いたりした。その粒子が加速器の中でどのように頭をもたげるかを理解することに始まり、LHCを建設し、その粒子を探すまで、CERNで20年以上研究してきたことが報われる出来事だった。

聴衆の反応は、ピーター・ヒッグスにとっては大きすぎた。彼はポケットからしわくちゃになった白いハンカチを取り出し、眼鏡をはずして目に浮かんだ涙を拭った。彼は他の人々よりもゆっくりと手を叩いた。まるで何かにショックを受けた人のようだった。

ピーター・ヒッグスはあたかも、どう判断したらよいのか困惑しているように、顔を上げてまわりを見回した。講堂の前方でホイヤーがマイクを握り、聴衆に向き直った。
「素人として、私はみなさんが思っていることを、今ここで申し上げようと思うのですが、賛成していただけましか?」
その答えは、歓声となって返ってきた。ホイヤーは宣言した。

「私たちは発見しました。それをはっきりいうべきです。発見したのです」

彼の携帯電話が静かにショートメッセージを受信した。ドイツのDESYの友人からのもので、こう書かれていた。
「さあ、シャンパンを持ち込んで楽しんでくれ」

明日の扉を開くのか

2012年7月4日水曜日は、永遠にCERNにおける「発見」の日となるだろう。
しかし、少なくともその日、何が発見されたのかは誰にも確かではなかった。人々は、”ヒッグス粒子と思われる”新粒子について語ったり、あるいは”ヒッグス粒子のような粒子”が発見されたといったりしたが、必ずしも”ヒッグス粒子”とはいっていなかった。そのような言い回しは、おおざっぱにいうときには便利で、新聞記事には好都合だが、科学者たちが確信すること、そして、見極める必要のあることに疑問を残したままだった。

ATLASとCMSのデータに表れたピーク。つまりバックグラウンドからの超過部分は、いったん生成されてすぐに他の構成要素(光子や電子など)に崩壊する新粒子を示していた。これらは、標準理論で説明される唯一のヒッグス粒子がたどると予想される、最も顕著な崩壊ルートである。したがって、そういう意味では、”新粒子”は標準理論におけるヒッグス粒子にきわめてよく似たふるまいをしていた。
他の個々の要素が、その粒子の正体にヒントを与えてくれる。標準理論の計算では、1つのボース粒子(ボソン)は2つの光子に崩壊することがあるとされる。したがって、その新粒子は間違いなくそのような種類のボース粒子である。

もう1つの特徴は、「スピン」と呼ばれるコマの回転のような量子的性質である。標準理論においては、素粒子はボース粒子かフェルミ粒子のいずれかだ。光子やW粒子、Z粒子のような、力を伝えるボース粒子は、スピンが1である。クォークや電子に代表されるフェルミ粒子のスピンは2分の1だ。

ヒッグス粒子は独特で、少なくともこれまでのところ、スピンが0のボース粒子なのである。新粒子は、測定によればスピン1である可能性はすでに排除されている(このような粒子は2つの光子には崩壊できない)。これらを統合すると、新粒子はスピンが0である可能性が高い。
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7月4日の段階では、その新粒子が奇妙な性質を示すかどうかを語るには早すぎた。予備データからすると、光子に崩壊する粒子が予想より多く生成され、タウ粒子に崩壊する粒子は予想より少ないように見える。この食い違いは、もっとたくさんのデータが集まれば簡単に消えることもありうる。しかし、もしそれが消えなかったら、物理学者たちが長く望んでいたことへの糸口になるかもしれない。