じじぃの「歴史・思想_581_トッド・第三次世界大戦の始まり・米国のロシア恐怖症」

What Would Happen If Russia and the US Went to War

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=woD6RYptp58


今週の本棚:松原隆一郎・評 『「歴史の終わり」の後で』『第三次世界大戦はもう始まっている』

2022/7/16 毎日新聞
●政治経済体制から見るウクライナ侵攻
ロシアがウクライナに侵攻し、一般市民の住宅がミサイル攻撃される様子が連日報じられている。国内でも防衛費倍増を唱えていた安倍晋三元首相が凶弾に倒れ、安全保障の見直しが必至となった。
とはいえ安全保障は軍事力だけで構成されるわけではない。ウクライナとロシアをめぐり、政治経済体制はどう論じられてきたのか。対照的な2冊を紹介しよう。
https://mainichi.jp/articles/20220716/ddm/015/070/020000c

第三次世界大戦はもう始まっている』

エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳 文春新書 2022年発行

3章 「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ より

人口動態が示す米露の現状

第1の指標は、乳幼児死亡率で、私がソ連崩壊を予言するのを可能にしてくれたものです。乳幼児死亡率は、1971年から1974年にかけて、1000件の出生数に対し、22.0から27.9にまで増加していました。[ここから著者は、1976年の時点で「今後10年、20年、もしくは30年以内に、ソ連は崩壊する」と指摘。『最後の転落』藤原書店――編集部注]。
ロシアの乳幼児死亡率は、1990年の時点でも、18.4という高水準でした。ところが、2019年には4.9にまで低下し、ついにはアメリカの5.4を下回ったのです! つまり、新生児が最初の年に直面する運命だけを見れば、アメリカの方がロシアよりも「遅れている」と言えるのです。
第2の指標は、平均寿命です。アン・ケースとアンガス・ディートンは、著書『絶望死のアメリカ』(みすず書房)で、アメリカにおいて平均寿命が短くなっていることに着目しました。その主な原因は、45歳から54歳の白人における、自殺率の上昇、オピロイド[ケシ由来の麻薬性鎮痛薬や同様の作用を示す合成鎮痛薬の総称]の過剰摂取やアルコール依存症などによる死亡率の上昇です。
平均寿命において、確かにロシアはまだ遅れをとっていますが、急速に延びています。
OECDの調査によると、ロシアは自殺率も低下しており、2019年には10万人あたり11.5人で、アメリカの13.9人を下回っています。

ロシアの復活と米国の危機

これら2つの指標に基づくと(ここではとりあえず1人あたりのGDPという貨幣的幻想は脇に置いておきます)、一方でロシアの社会モデルの回復、他方でアメリカの社会システムの危機が見えてきます。このような文脈で、アメリカ人たちが内省もなしにロシアを避難がましく拒絶し続けていることは、どのように説明できるのでしょうか。

冷戦を捉え直す

「社会としての衰退」と「ロシア嫌い」というアメリカの傾向を理解するために私が提案したいのは、冷戦を当らな視点から捉え直すことです。つまり、「東西対立は、ソ連圏の一方的な敗北に終わり、アメリカが唯一の勝者となった」という、(おそらくロシアを含めた)世界的に認められた通念を再検討、あるいは拒絶するのです。というのも、いま目の前にあるのは、「アメリカモデルも東西対立から無傷で脱け出したわけではない」という現実だからです。
私の仮説はこうです。アメリカのシステムも内部崩壊していたということです。ソ連ほど目に見える形ではなかったとしても、共産主義との競争という圧力によって、アメリカのシステムも同じくらいに著(いちじる)しく崩壊していたのです。そして今日、アメリカに見られる思わしくない傾向というのは、我々が感知できていなかったこの内部崩壊の長期的な影響なのです。

とはいえ、この内部崩壊を分析する前に、まず第二次世界大戦後の、米ソ間における敵対関係の発生を見ておく必要があります。ここで、もう1つのパラドックスが我々を待ち受けています。ロシアは、アメリカの「社会民主主義」を崩壊させる前に、その誕生に貢献していた、というパラドックスです。

米ソの相互破壊

それから(ロナルド・レーガンの大統領就任から)40年経った今日、我々が目にしているのは、アメリカで「新自由主義ナショナリズム」が、国内産業、労働者階級、社会保障制度を破壊し、生活水準を低下させ、ついには平均寿命まで低下させたという現実です。つまり、アメリカの社会システムは崩壊したわけですが、その要因の一部は、ロシアから受けたプレッシャーにあったのです。
しかしこのような見方はなかなか受け入れられません。というのも、東側諸国で起きたこととは逆に、アメリカの体制は、少なくとも形式的には無傷だったことになっているからです。それゆえに、アメリカの政治および社会システムは、いまだに以前と同じく「自由民主主義」という名称で呼ばれ続けています。
ただ、実際はどうかと言えば、今日、選挙過程を主導しているのは、富裕層の資金(金権政治)。高等教育を受けなかった人々の死亡率が上昇する一方で、アメリカの社会的流動性は、もはやヨーロッパを下回っています。アメリカは、1920年代には、世界一の富裕国で、世界の工業生産の45%を担っていました。しかしそんな国が、今日、平均寿命の低下に直面しているのです――この現象は新型コロナが流行する以前から見られていました――。
東西ブロック同士の対立という従来の見方は、(トクヴィルが最初に提唱した)アメリカとロシアを1つのペアとして捉えるシステム解析によって再検討を迫られています。
こうしてもう1つの新しい冷戦の分析が可能になります。ソ連という一国が敗北し、アメリカ一国が勝利したのではなく、二国とも敗北したという見方です。つまりこの二国は互いに互いを破壊したというわけです。