じじぃの「歴史・思想_498_思考地図・分析・現実をどう切り取るか」

The Collapse of The Soviet Union - A Documentary Film (2006)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=OYD6ouVHXbo

『最後の転落 〔ソ連崩壊のシナリオ〕』(藤原書店)

著者:エマニュエル・トッド
ソ連の崩壊、アメリカの金融破綻を預言したE・トッドの処女作の完訳!
'76年弱冠25歳にしてソ連の崩壊を、乳児死亡率の異常な増加に着目し、歴史人口学の手法を駆使して預言した書。本書は、'90年、ソ連崩壊1年前に新しく序文を附し、新版として刊行された書の完訳である。“なぜ、ソ連は崩壊したのか"という分析シナリオが明確に示されている名著の日本語訳決定版!
https://allreviews.jp/review/597

筑摩書房 エマニュエル・トッドの思考地図 エマニュエル・トッド 著 大野舞 訳

【目次】
日本の皆さんへ
序章 思考の出発点
1 入力 脳をデータバンク化せよ
2 対象 社会とは人間である
3 創造 着想は事実から生まれる
4 視点 ルーティンの外に出る
5 分析 現実をどう切り取るか
6 出力 書くことと話すこと
7 倫理 批判にどう対峙するか
8 未来 予測とは芸術的な行為である
https://www.chikumashobo.co.jp/special/emmanuel_todd/

エマニュエル・トッドの思考地図』

エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳 筑摩書房 2020年発行

5 分析 現実をどう切り取るか より

これまでの話からもわかるように、私が何かについて考える際の軸となっているものは、1つはデータであり、もう1つは歴史です。ケンブリッジ時代、私はピーター・ラスレットのもとで、家族構造の研究を始めました。どのように家族内での相続がなされるのか、そして家族の周囲にある親族との関係性とはどのようなものか、などについての研究です。私は、これらの課題をテクニカルなものとして検討しはじめたのです。
私の専門は歴史人口学です。そして人口学という分野は歴史人口学であろうがそうでなかろうが、ほぼ思想に縛られない領域であるという点は重要です。基本的にはとても技術的かつ客観的な学問であり、ほぼ思想的なものはありません。突き詰めれば人口とは実際にそこにいる人間の集団というだけですから。歴史的にも、自由主義人口学者とマルクス主義人口学者が対立する、などということはありませんでした。どちらも出生率の傾向を示す指標では同じものを使いますし、乳児死亡率に関しても同様です。
その後、博士号を取得してフランスに帰国した私は、ソ連崩壊に関する論文を発表しました。この論文ではまずはソ連で乳児の死亡率が高まっているというテクニカルな点を基盤としました。ですから、私はそもそも技術的な観点から出発しているのです。

歴史学統計学との出会い

私は自分の教育から多くを得た人間です。そのなかでも重要だったのは次のことでした。
大学過程に入ってから、私は統計学に出会います。いまだに1968年のロシアとアメリカにおける鋼鉄の生産量の数字なんかも覚えています。こうして統計学に入り、人口学にも出会ったのです。
私が統計学に入ったのは少々変わった経緯がありました。私はいわゆるフランスのエリートコースに乗ったことはありません。エリートコースというのは、プレパ(グランゼコール準備級)に入り、理系であればエコール・ポリテクニークやエコール・デ・ミンヌと呼ばれる高等鉱業学校をめざし、文系であれば私の祖父も在籍していた高等師範学校の入学をめざします。しかしこれまでも繰り返したように、私は歴史学者になりたかったのです。
パリ大学歴史学部に入学するというのは学歴としてもたいしたことではありませんでした。そのため、父が私にパリ政治学院にも入学させたのです。こうして私はパリの五区の大学と七区の政治学院に通うことになったのです。

機械のように検証する

では次に、『21世紀フランスの階級闘争』の全体的なリサーチと検証をどのように進めたかについて説明しましよう。
たとえばこの本でも重要な要素である黄色いペスト運動に関しては、空間に関する情報を多く集め、地図や参加者の移動に関するデータ、それから運動の社会学的分析なども調べました。それからもちろん、この運動をすでに定着した社会構造のなかに組み込んで分析します。
    ・
ちなみに、次章で詳しく説明しますが、この新刊は私が口頭で内容を友人に伝え、その友人が執筆を担当するというかたちを採りました。その協力してくれた友人は、私の昔の著作『最後の転落』と『狂人とプロレタリア』を参考にするべきだと言ったのです。『狂人とプロレタリア』では、たとえば第一次世界大戦直前にブルジョワ階級で自殺率が増加していたことなどを分析していたのですが、それを今度の本でも実施したのです。生活水準の低下から入り、フランスの問題は不平等の広がりではなく、生活水準の低下であると言っています。この低下は社会のなかのすべての階級で起きているのです。つまり、上層階級の子どもたちの間にも広がっているのです。しかしそこから、状況が悪化すればするほどその社会の自殺率は低くなるという結果にたどり着いたのです。

統計学的想像力

このように私の研究の根本には統計データと歴史があります。そして、それらの背後にはきわめて具体的なかたちで人間がいるのだということも理解していただけたかと思います。もちろん、最初からそうだったあけではありませんが、ほぼ半世紀にもわたる研究の積み重ねによって、歴史が示す人間像というものを個人的に描けるようになってきたと感じます。
アメリカの社会学者、C・ライト・ミルズの著作に『社会学的想像力』というものがありますね。ごく単純に言えば、社会学的想像力とは、個人が日常生活で直面するようなさまざまな困難を、社会の構造変化といったマクロな文脈で捉えるような視点をもつことです。これに対して、私は「統計学的想像力」とでも言うべきコンセプトを持っているのです。総合的かつ抽象的なものと思われがちな統計データを、具体的な人間生活という文脈のもとに捉え、あくまで経験主義的な態度を基盤として数字を扱う――このことによって私は、人間とは何かということを結果的に理解し始めたのです。
あるカンファレンスで、私はフランスのインテリ界で統計と特殊な関係性を持っている人物だと紹介されたことがあります。ですがひょっとすると、そもそも統計と「関係性を持っている」ということ自体が特殊なのかもしれません。たいていの学者は、人間を抽象的な「人」と捉える傾向があるからです。それに対して私は、男性は何%、女性は何%というふうに具体的な思考をしていくのです。