じじぃの「科学・地球_400_人類の起源・アフリカの古代ゲノム・ボツワナ」

Study traces all our roots to Botswana

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=x_ao2776SJ4


現生人類、ボツワナで20万年前に誕生 DNA分析で特定

2019年10月29日 AFPBB News
現生人類は20万年前、ボツワナ北部で誕生したとする論文が28日、国際研究チームにより科学誌ネイチャー(Nature)に発表された。
人類誕生の地を特定した研究結果としては、これまでで最も詳細な位置を示したものとみられる。
解剖学的現生人類のホモ・サピエンス・サピエンスがアフリカで誕生したことは以前から知られていたが、その正確な場所は特定されていなかった。
https://www.afpbb.com/articles/-/3251885

『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』

篠田謙一/著 中公新書 2022年発行

第3章 「人類揺籃の地」アフリカ――初期サピエンス集団の形成と拡散 より

出アフリカ

ゲノム解析から、数十万年以上も前のホモ・サピエンスネアンデルタール人の交雑が明らかになっていますので、ホモ・サピエンスがアフリカで誕生したのだとしても、そのころにはすでに出アフリカを成し遂げていた可能性も低くありません。この意味での「出アフリカ」の舞台となるのは、アフリカと陸続きのレバントと呼ばれる東部地中海沿岸地方だと考えられています。特にエジプトと接する現在のイスラエルでは、ネアンデルタール人ホモ・サピエンス双方の化石が出土しており、ホモ・サピエンスの出アフリカを考える上で重要な証拠を提供しています。
ヘブライ語で「洞窟群の渓谷」を意味する、イスラエルのカルメル山麓にあるナハル・メアロット渓谷には、タブーン洞窟とスフール洞窟という、ネアンデルタール人ホモ・サピエンスの化石が出土している洞窟があります。この地域でもっとも古いネアンデルタール人骨は、タブーン洞窟から出土したもので、17万~10万年前のものとされています。アムッド洞窟やケバラ洞窟など、イスラエルの他の地域で発見されたネアンデルタール人骨はいずれも6万年ほど前のものと考えられており、タブーン洞窟のネアンデルタール人とのあいだには時間的に大きなギャップがあります。
一方、スフール洞窟から発見されているホモ・サピエンスの化石は13万~10万年前と推定されており、タブーン洞窟のネアンデルタール人よりは新しい可能性があります。それでも、他のネアンデルタール人よりは古くなります。エズレル平野にあるカフゼ洞窟から出土したホモ・サピエンスは9万年ほど前のものとされ、これも新旧のネアンデルタール人の生息時期のあいだに挟まっています。

アフリカの古代ゲノム研究

多くの地域が熱帯や砂漠によって占められているアフリカは、実は化石人骨にDNAが残りにくいところです。そのため、人類の揺籃の地でありながら、世界の他の地域よりも古代ゲノム研究のスタートは遅れました。最初にアフリカから報告された古代ゲノムは、4500年ほど前のエチオピアのもので、2015年のことになります。
2018年には、今のところもっとも古いものとなる1万5000年前の人骨のゲノムが解析されていますが、現状ではこれよりも古い時代の古代DNAが取得できておらず、ホモ・サピエンスがどのように形成されていったのかをゲノムデータから推測することはできません。

今後、20万~10万年前の古代ゲノムを得ることができるかが、ホモ・サピエンス形成のシナリオを解明する鍵となります。

南アフリカでは、発見された2000~300年ごろの三体の石器時代の人骨を分析することによって、近現代の混血の影響を受けていないコイ・サンとバンツー系の農耕民のゲノム情報が得られています。この解析結果から、ホモ・サピエンスが分岐して拡散したのが35万~26万年前であると推定されました。現代人のミトコンドリアDNAを解析して得られら年代よりも古いものになっています。
また、現代のアメリカ人のY染色体GNA系統の中に、ひとつだけ飛び抜けて古い時代に分岐したものがあり、現代アフリカ人の起源に関してさらにさかのぼる可能性も示されています。この系統は、最初にアフリカ系アメリカ人の中に見出されたのですが、のちの研究によってカメルーン付近に起源があることがわかりました。その分岐の年代は34万年ほど前だと考えられることから、現在では、アフリカの未知の原人から混血によって受け継いだ系統だとも系統だとも考えられています。ただし、これが原人から受け取ったものなのか、あるいは消滅したホモ・サピエンスの系統から受け取ったものなのかを判断することは困難です。
ひるがえって、1万年前よりも新しい時代の古代ゲノム解析も、考古学や言語学、そして現代人のゲノム解析が明らかにしてきたアフリカにおけるホモ・サピエンスの拡散と集団の成立に関して、新たな知見をつけ加えています。アフリカ最古の古代ゲノムである、モロッコ北東部のタフォラルトのグロット・デ・ビジョン洞窟から発見された人骨は、解析によってゲノムの6割程度が中東のナトゥーフ文化の人びとに関係すると見積もられており、この時代の北アフリカと中東の遺伝的なつながりが明らかになっています。ただし、残りの遺伝的な要素は、現代のサハラ以南の集団と共通で、ヨーロッパ・ユーラシアとの遺伝的なつながりはありませんでした。今後のさらなる研究の進展が待たれます。
彼らの文化は2万5000~1万1000年前まで続いたイベロモーリシアン文化に属しています。イベリア半島とのつながりが想定されていることから名づけられた文化ですが、少なくともこの遺跡の人びとにはヨーロッパとの関連は見られません。それは文化の広がりとヒトの移動は必ずしも一致しないというひとつの例なのかもしれません。