じじぃの「科学・地球_373_魔術師と予言者・プロローグ」

Road to 2050~脱炭素社会への挑戦~(前編)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0DZ2UjyMVyo


魔術師と予言者―2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い 紀伊國屋書店

チャールズ・C・マン(著)、布施由紀子(訳)
現代の環境保護運動の礎となる理念を構築した生態学者ウィリアム・ヴォート=予言者派と、品種改良による穀物の大幅増産で「緑の革命」を成功させ、ノーベル平和賞を受賞した農学者ノーマン・ボーローグ=魔術師派の対立する構図を軸に、前作『1491』『1493』が全米ベストセラーとなった敏腕ジャーナリストが、厖大な資料と取材をもとに人類に迫りくる危機を描き出した、重厚なノンフィクション。
《人類の未来を考えるための必読書》

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『魔術師と予言者――2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い』

チャールズ・C・マン/著、布施由紀子/訳 紀伊國屋書店 2022年発行

プロローグ より

大学時代、わたしはヴォート派の名著を2冊読んだ。生態学者のポール・エーリックが著した『人口爆弾』(1968年)とコンピュータ・モデルの作成者たちによる『成長の限界――ローマクラブ「人類の危機」レポート』(1972年)だ。『人口爆弾』は、「すべての人類に食料をあたえるための闘いは終った」という怒りのこもった有名なひとことではじまり、ここから先はすべてが下り坂を転がり落ちていくと警告する。エーリック1970年にCBSニュースのコンピュータに応じ、「今後15年のあいだに、最後を迎えることでしょう」と予測し、「この”最後”とは、地球が人類を養う能力の完全な破綻を意味します」と述べた。『成長の限界』にはもう少し希望があった。本を書いた研究者たちは、人類がこれまでの習慣を完全に変えれば、文明の崩壊を免れることができるかもしれない、と言っていた。さもなければ「今後100年のうちに、この惑星は成長の限界に達するだろう」と。
わたしはこの2冊を読んですっかりこわくなり、ヴォートになった。すぐにでも引き返さなければ、人類の営みは瓦解するだろうと思った。それから何年も経ってから、わたしはふと、そうした不吉な予言がどれひとつ的中していないことが気づいた。1970年年代には、『人口爆弾』が予言したとおり、飢饉が何度か起きた。インド、バングラデシュカンボジア、アフリカの東部・西部の人々は、深刻な食料不足に苦しんだ。しかしエーリックが予測したように、「何億人もの」人々が命を落とすようなことは、どこでも起きなかった。英国の開発経済学者スティーヴン・デヴァルーによれば、1970年代の10年間にはおよそ500万人が餓死したが、そのほとんどは、環境の疲弊ではなく、戦争が原因であったという。この見解は広く受け入れられいる。実際、過去に比べて飢饉は増えておらず、稀になった。容易に埋め合わせができないほどの損失はあったものの、1985年までの地球が破綻をきたすというエーリックの予言は的中しなかった。同様に、彼が1969年に警告したように、殺虫剤の使用によって心臓病や肝硬変やがんが蔓延するような事態も起きなかった。農民たちは畑に殺虫剤をまき続けたが、米国人の平均寿命は「1980年には42歳」にまで落ちたりはしなかった。
わたしは1980年だいの半ばに、科学ジャーナリストとして働きはじめた。多くの魔術師派の科学技術者に出会い、彼らを尊敬するようになった。そしてボーローグ派を信奉するようになり、以前は固く信じていた破滅的なシナリオを軽んじるようになった。
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しかし最近は、子供たちのことが心配になって迷いが出てきた。本書を執筆中の現在、わたしの娘は大学に通い、未来に向かって歩いている。その先の世界はさらに混み合い、意見がぶつかり合い、社会的、物理的、生態学的な限界へと近づいて、そこを踏み越えてしまう危険をはらんでいるように思える。
100億もの人々があふれかえっているのだ! 前例のない人口が、前例のない困難に直面する。わたしの楽観は、過去の悲観と同様、根拠が薄弱なのかもしれない。結局ヴォートの考えのほうが正しかったのかもしれない。
こうしてわたしは、ふたつの立ち位置のあいだを行ったり来たりしている。月、水、金にはヴォートの言ったとおりだと思い、火、木、土にはボーローグに賛成したくなる。そして日曜日には途方に暮れてしまうのだ。
わたしは本書を書くことにより、自分の好奇心を満たすと同時に、子供たちの目の前に広がるさまざまな針路について、何か学ぶところがあればうれしいと思っている。

訳者あとがき より

国連の推計によれば、世界の人口は2050年には100億人近くにまで増加する見込みだという。それだけの人々をどうやって養っていけばいいのか。地球環境の崩壊を招くことなく、われわれ人類が生き延びる道はどこにあるのだろう。
本書『魔術師と予言者』の著者チャールズ・C・マンのみるところ、この問いに対する科学者の見解は、おおむね二派に分かれるようだ。ひとつは環境の限界を受け入れ、その範囲内で生きるべきだとするもの、もうひとつはこれとは対照的に、そのような限界を科学技術によって乗り越えていくべきだとするもの。それぞれの立場を象徴する存在として、著者は本書で米国のふたりの科学者を取りあげた。
前者を代表するのは、1948年に世界的ベストセラーとなった『生き残る道』を著し、資源の回復と人口抑制を広く訴えた環境保護活動家のウィリアム・ヴォート(1902-1968)、後者の代表は、1960年代に高収量品種の穀物を開発し、世界の食料問題を改善してノーベル平和賞を受賞した農学者のノーマン・ボーローグ(1914-2009)だ。
ふたりとも、現在はその名が忘れられているが、著者は彼らを20世紀で最も重要な環境問題の専門家と位置づける。そして、資源の枯渇を予測して警鐘を鳴らしたヴォートを「予言者」と呼び、創意工夫という魔法を使って問題解決をめざしたボーローグを「魔術師」と名づけたのだ。
本書ではわたしたち人類が直面する環境上の難問を、土(農業/食料生産)、水(飲料水)、火(エネルギー供給)、空気(気候変動)の4つの領域に分けて提示し、予言者派と魔術師派、それぞれの立場の科学者たちがこれまでどのように問題に向き合い、解決をめざしてきたか、そしていま、未来の選択肢をどう考えているかを世界規模でみていく。