じじぃの「科学・地球_380_魔術師と予言者・空気・気候変動・バタフライ効果」

What is the Butterfly Effect? How it could be true

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=XjxNjspwebU

Butterfly Effect


魔術師と予言者―2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い 紀伊國屋書店

チャールズ・C・マン(著)、布施由紀子(訳)
現代の環境保護運動の礎となる理念を構築した生態学者ウィリアム・ヴォート=予言者派と、品種改良による穀物の大幅増産で「緑の革命」を成功させ、ノーベル平和賞を受賞した農学者ノーマン・ボーローグ=魔術師派の対立する構図を軸に、前作『1491』『1493』が全米ベストセラーとなった敏腕ジャーナリストが、厖大な資料と取材をもとに人類に迫りくる危機を描き出した、重厚なノンフィクション。
《人類の未来を考えるための必読書》

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『魔術師と予言者――2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い』

チャールズ・C・マン/著、布施由紀子/訳 紀伊國屋書店 2022年発行

第7章 空気――気候変動 より

あっというまの100万年

リン・マーギュリス(細胞と微生物を専門とする研究者で、過去半世紀の最も重要な生物学者のひとりとされている)は、破滅の水準を高く設定していた。何年も前、わたしがカフェで娘の美術のレッスンが終わるのを待ちながら本を読んでいると、偶然、マーギュリスが店に入ってきた。ちょうどそのとき、わたしは一般読者向けの科学書に贈られる賞の審査員を務めていて、候補作のうちの1冊を手にしていた、アル・ゴア元副大統領が、「地球温暖化の危機」を訴えるために書いた『不都合な真実』だ。マーギュリスはそれを手にとると、裏表紙をじっと見た。そこには、荒涼たる風景と、アイクを前にした著者の写真が掲載されていた。彼女は何も言わなかったが、その表情が雄弁に思いを語っていた。
わたしは非難されたような気がして、アル・ゴアは書いているような気候変動は破滅を意味するとは思わないのかと尋ねた。
わたしの記憶では、マーギュリスは、確かに悲しいことだわ、と答えた。でも破滅かときかれれば――とがう。そしてしばらく黙り込んだあと、酸素よ、と言った。それが破滅だったのよ。
マーギュリスが言及した「酸素」とは、シアノバクテリア光合成させたあとに起きた大酸化イベントのことだ。光合成をする生物は、絶えず酸素を排出しながら海に広がっていった。大量発生した酸素が地球の表面と、海水の組成、大気の機能を永遠に変えてしまった。たいていの科学者は、これにより世界の陸と海の大半が、地球上の生物の大多数にとって生きていけない場所になったのだと考えている。マーギュリスは、こうして多くの生物が絶滅した現象を「酸素によるホロコースト」と呼んでいた。時が経つにつれて、酸素の多くが鉱物に吸収されて、大気中の酸素濃度がおよそ21パーセント程度に安定した。これはいいことだった。なぜなら、それ以上濃度が高くなれば、いまわれわれが吸っているこの大気にも大量の酸素がふくまれていることになり、1ヵ所で火花が散っただけでも、地球全体が火だるまになってしまうからだ。
マーギュリスはわれわれ現代人は大酸化イベントから学ぶべきことがあると考えていた。第1に、生き物が気候に影響を及ぼすはずがないと考える人々は、生命の力を知らない、ということ。第2に、気候変動のはじまりは、ホモ・サピエンスが生物学上のビッグリーグに入ろうとしている――つまり、バクテリアや藻類など、本当に重要な生物の領域に足を踏み入れゆとしている証拠であること。第3に、種というものは、反抗期のティーンエイジャーと同じで、やりっぱなしで後片付けをきちんとしない、ということだ。シアノバクテリアは、結果などおかまいなしに酸素のごみを地球上に――壮大なスケールで――まき散らした。人間も二酸化炭素で同じことをしているのだ。
シアノバクテリアは幸運だった。自分が排出した酸素にどっぷり浸かっても、さほど困ったことにはならなかったからだ。しかし人間は二酸化炭素の影響を実感するはめになった。それでも相も変わらず鈍感な彼らには踏みとどまれなかったのだとマーギュリスは言った。

シアノバクテリアが酸素の排出をやめなかったように、人間も、二酸化炭素の排出をやめるつもりはないのだと、彼女は思っていた。もし、成功したすべての種がみずから絶滅に向かう運命にあるとすれば、気候変動は、ホモ・サピエンスがその目標を達成する手段として有望な選択肢になりうる。プラス面は、影響が比較的かぎられていて、持続期間が短いことだ。2、3000年後の世界は、外見上はいまとさほど変わらないはずだが、おそらく人間は生きていないだろう、と彼女は言った。

気候変動! 前の章では、社会がエネルギー需要にどう対応すべきかというテーマについて、ふた通りの考え方をみてきた。ボーローグ=魔術師派は、大規模な公益事業を運営し、計量した電力を家庭や企業に提供する形をよしとする。ヴォート=予言者派は、電力を使うコミュニティが保有する小規模な施設で、再生可能エネルギーを利用する形が好ましいと考える。予言者派が支持する太陽光や風力は間欠的なので、これまでは化石燃料が安定的に供給するエネルギーに経済面で太刀打ちできなかった。それどころか、コストの差があまりにも大きいので、再生可能エネルギーに転換する理由はないに等しい。とはいえ、何か新しい判断材料が出てきて、それが追い風になれば話は別だ。ここ数十年のあいだにその役目を果たしたのは、深刻な気候変動が起こると言う見通しだった。

大量死(メガデス)が起きるだろう

人間由来の二酸化炭素が気候に影響している可能性があるという――たとえ混乱した形であったにせよ、サンディエゴにあるスクリップス海洋研究所のロジャー・レヴェルとハンス・E・スースにより報告された――発見は、少数の気候学者たちの関心を強く惹きつけた。しかし、何が起こるかを正確に突き止めることは、いらだたしいほどに困難であることがわかった。なぜなら、気候はフィードバックのオンパレードで成り立っているからだ。たとえば、二酸化炭素濃度が増したために大気の温度が上がれば、湿度も高くなる。大気の湿度が高くなれば、それにつれて温度も上昇する。正のフィールドバック循環(ループ)がはじまるわけだ。しかし、大気の湿度が高くなれば、雲も多くなり、そのために陽射しが遮られるので、温度が下がって元に戻る。となると、ここでは負のフィールドバックが生じている。同様に、気温が高くなれば、極地を覆う氷河の氷が溶けて、岩がむき出しになることもありうる。岩は氷よりも色が濃いので、太陽熱をより多く吸収し、温度を押し上げる。するとさらに氷が溶けて、さらに岩肌があらわになるかもしれない。これは正のフィールドバックだ。しかし氷河から溶け出した水は冷たい。これが海に流れ込むと、海水の温度が下がり、海面付近の大気を冷やす。となれば、これは負のフィールドバックだ。このような相互作用が延々と続くので、それをすべて勘案するのは、気が遠くなるほど困難だった。
さらに悪いことに、さまざまなフィールドバック・ループが相互に作用し合っているということは、気候が「バタフライ効果」にさらされやすいということだ。いまでは有名になったこの比喩は、複雑系ではごく些細な変化が生じただけで、それに釣り合わないほど広い範囲に影響をおよぼすことを指す。1972年、MITの気象学者エドワード・ローレンツが、ある会議で「ブラジルの1羽の蝶の羽ばたきが、テキサスで竜巻を引き起こすようなことがあるでしょうか」と問いかけたことに由来する。彼の答えはこうだった。そうですね、はい、実際には――あるかもしれません。