じじぃの「科学・地球_384_魔術師と予言者・気候変動研究にノーベル賞・IPCC」

Syukuro 'Suki' Manabe's Nobel Prize lecture in physics

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=lZuKApZoZxM

Figure 3. Observed CO2 vs temperature up to 2016 (blue) and the predicted warming from MW67 (red).


Evaluating the prediction of Manabe and Wetherald (1967)

Climate graphs
●Figure 3. Observed CO2 vs temperature up to 2016 (blue) and the predicted warming from MW67 (red).
As shown in Figure 3, the temperature in 2016 - half a century after MW67 was published - was almost exactly what MW67 would have predicted based solely on the atmospheric CO2 concentration. That really is quite astonishing. So, happy birthday and congratulations to MW67.
https://climategraphs.wordpress.com/2017/11/06/evaluating-the-prediction-of-manabe-and-wetherald-1967/

魔術師と予言者―2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い 紀伊國屋書店

チャールズ・C・マン(著)、布施由紀子(訳)
現代の環境保護運動の礎となる理念を構築した生態学者ウィリアム・ヴォート=予言者派と、品種改良による穀物の大幅増産で「緑の革命」を成功させ、ノーベル平和賞を受賞した農学者ノーマン・ボーローグ=魔術師派の対立する構図を軸に、前作『1491』『1493』が全米ベストセラーとなった敏腕ジャーナリストが、厖大な資料と取材をもとに人類に迫りくる危機を描き出した、重厚なノンフィクション。
《人類の未来を考えるための必読書》

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『魔術師と予言者――2050年の世界像をめぐる科学者たちの闘い』

チャールズ・C・マン/著、布施由紀子/訳 紀伊國屋書店 2022年発行

付記A なぜ信じるのか(その1) より

何年も前、わたしはリン・マーギュリス(細胞と微生物を専門とする研究者で、過去半世紀の最も重要な生物学者のひとりとされている)が講師を務めたある入門講座に出席していた。講義の中でマーギュリスは進化論に触れ、それは近代生物学の基礎となったと解説した。するとひとりの女子学生が手をあげ、自分は進化論を信じないと言った。「あなたが信じるか否かは、どうでもいいの」と、マーギュリスは答えた。「わたしはただ、なぜ科学者がそれを信じたかを理解してもらいたいんです」。そのうえで、あなたが好きなように判断しなさい、と。
それからほどなく、わたしは著名な英国の進化生物学者、ジョン・メイナード=スミスに話を聞く機会があった。彼との会話の中で、わたしはマーギュリスが学生に言ったことを話した。するとメイナード=スミスは愉快そうに笑った。マーギュリスが主流進化論に批判的なことで有名だからだという。彼女は、自然淘汰による進化が存在することは認めていたが、自然淘汰は全体のほんの一部でしかないと考えていて、長期的に見れば、進化による革新をもたらす要素としては、共生と偶然のほうが重要だと主張していた。メイナード=スミスは、マーギュリスの見解はまったくの見当外れだと思っていた。「しかし、ひとつだけ認めますよ」と言った。「彼女は一流の懐疑論者です。たとえまちがった考え方でも、それは実りをもたらすあやまちですから」
わたしは本文では、気候変動のことを書く際に、マーギュリスの例に倣おうとした――なぜ大多数の科学者が気候変動が起きていると考え、その原因が人間活動にあると確信しているかを説明した。1世紀半にわたって大気の化学、物理学を研究調査した末に、彼らはそのような結論にたどり着いたのだ。しかしわたしは、この確信自体がなんらかの具体的な行動を引き出したわけではないことを指摘した。われわれが遠い子孫に対してどのような義務を負うのか、明確なところはわからない。どう考えればよいのかは、自分で判断しなければならないのだ。
ここでわたしは、もう一度マーギュリスに倣って、懐疑論者の立場をとってみたい。懐疑論と言ってもそれは、気候学など「でっちあげ」だというような感情論を指すのではない。気候変動に関する政府間パネルIPCC)の最新報告書には、80ヵ国からおよそ4000人の科学者と数多くの代表者が加わった。これほどの人数の科学者、政府高官の全員がなんらかの陰謀に加担し、全員が以前の報告書参加者と同様、そのたくらみのことを隠していると考えるのはばかげている。とりわけ、イランやサウジアラビアのような産油国IPCCの報告書に名を連ね、化石燃料を使わない世界をめざすという欺瞞的な取り組みに加担するのはなぜかと勘ぐるのは愚かしい。
しかし同時に、「でっちあげ」という決めつけは、一片の真実を反映している。どんなに不正確でゆがんだ見解だろうと、それは、環境保護論者が二酸化炭素濃度上昇のリスクを意図的に誇張しているのではないかという不安の表れだからだ。
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大気中二酸化炭素の物理学上の基本的理解が正しくないことが証明されれば、これは科学史上、異例の事件となる。学問では、原則として専門分野の範囲内なら大きなミスは出ないものだ。確かに、過去には物理学者が数百年にわたって、宇宙空間はエーテルという謎の物質で満たされているという誤った認識を持っていたが、その誤解が長く続いたのは、主として、エーテルの存在を実験で立証できなかったからだ。19世紀に適切な実験方法が開発されると、すぐにこの通念は吹き飛んだ。気候変動は、ティンダル以降、断続的に研究されていた。1960年ごろからは系統立てて、そして1990年ごろからは集中的に研究されるようになった。これほど長期にわたって努力が続けられてきたことを踏まえると、空気中に大量の二酸化炭素を排出すれば地球の平均気温が上昇するという一般的な合意事項が、誤っていることはまずありえない。

このモデルが多くの数量的予測に成功してきたことを考慮すると、なおさらありえない。初期の例は、1967年に、ワシントンDCにある米国海洋大気庁のふたりの研究者、真鍋淑郎とリチャード・T・ウェザラルドが立てた予測だ。

彼らは、大気の下層部と成層圏は、まったく逆の働きをし、前者があたたまると後者は冷えるのではないかと考えた。成層圏の観察は困難だったので、この現象は2011年まで確認できなかった。しかしまちがいなく確かめられたのだ。当初の予測から12年後、真鍋とほかのふたりの科学者は、別のことも予測した。陸域は海洋よりも温暖化が速く進むこと、そして、温暖化がもっとも緩慢なのは南極大陸のあたりであることを推測したのだ。これもまた実証された。ほかにもこのような例が数多く存在する。
しかし成功例をを示されても、やはりわたしたちには、気候変動がどの程度進んでいるのか、正確にはどの程度の影響があるのか、理解することができない(この点については、第7章の気候感度を取り上げた箇所に書いた)。ここに、懐疑論が入り込む。そんなに心配するほど、大気はすみやかに二酸化炭素に反応しないのではないか。あるいはその影響は、われわれには理解できない形で広がるのではないか。わたしは本書の執筆中、5、6人の気候学者に、最大の不確定要素――彼らの懸念が杞憂に終わるかもしれない理由――はなんだと思うかときいてみた。彼らの答えをいくつか紹介しておこう。
最初のケースは、今日でさえ、どんなコンピュータを使っても地球の表面と大気の状態を網羅する計算ができないことに根ざしている。研究者たちは気候予測シミュレーションモデルを単純化するため、大気と地表を、底面の1辺が25~30キロメートルくらいの(モデルにより大きさが異なる)立方体格子に分割している。どの立方体も均質なものと見なすが、1辺の長さが何キロメートルもあれば、現実の世界ではもちろん、1個の立方体の中に多種多様な雲が存在する。また、ひとつの立方体にふくまれる地表も均質という前提に立っているが、現実には湖があったり、山があったりする。このような不確定要素に対応するため、科学者たちは、現実の状態の近似値を弾き出す方程式を書く。必然的に、小さな誤差が蓄積する。それを解消するには、モデルを「調整」する必要がある。つまり媒介変数(パラメーター)を手作業で修正するわけだ。
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実りをもたらす懐疑論者の価値は――メイナード=スミスが言ったように、たとえ考え方がまちがっていても彼らを賞賛すべき理由は――擁護派に、こうした問題についてじっくり考える契機を与えてくれることだ。そしてもちろん、懐疑論者の意見が正しいこともある。マーギュリスは、進化にとって自然淘汰はかなり重要であるとする見解に懐疑的だったが、メイナード=スミスは彼女がまちがっていると思っていた。彼女が系統樹における植物と動物の重要性を疑問視したことについても、やはり論外と断じて切り捨てた――まあ、当然だろう。