じじぃの「改延・遺伝子改造・人類の寿命・300歳時代に!中国・短編小説集『円』」

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世界の寿命ランキング

遺伝経路操作で人間の寿命が500歳に? ネット民「250歳差婚」「おまえらの彼女いない歴が300年とか400年になるのか…」

2013年12月19日 マイナビウーマン
人間の寿命が500歳に……こんな話題が2chなどネット上で話題になっています。
皆さんはいかがですか? 戦前の日本人の平均寿命は40代だったと言いますから、この100年で倍近くに延びています。あと何十年、何百年寿命が延びたら…と想像を巡らしてみるのも面白いかもしれませんよ。
https://woman.mynavi.jp/article/141219/

円 劉慈欣短篇集

劉慈欣(著)
【収録作品】
鯨歌、地火(じか)、郷村教師、繊維、メッセンジャー、カオスの蝶、詩雲、栄光と夢、円円(ユエンユエン)のシャボン玉、二〇一八年四月一日、月の光、人生、円。

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短編小説集『円』

劉慈欣/著、大森望、泊功、その他/訳 早川書房 2021年発行

二〇一八年四月一日 2018年4月1日 より

決断できないまま、また1日が過ぎた。迷いつづけて、もう2、3ヵ月は経っている。迷いは水たまりの底に澱む泥のようだ。その泥の中、自分の人生が以前の何十倍ものスピードですり減っていくような気がした。”以前”というのは、改延(ジーイエン)が実用化される以前――あんなことを思いつく以前という意味だ。
オフィスビル最上階の窓から外を眺めると、眼下に広がる街が、むきだしの集積回路みたいに見える。そしてぼくは、その密集したナノメートル幅の道を走りまわる1個の電子にすぎない。ことの大きさにくらべたら、ぼくはまさにその程度のちっぽけな存在だし、決断の重みもしょせんはその程度だ。まあ、決断できたとしては話だけど……。これまで何度もトライして失敗したとおり、いまだに決断できず、迷いつづけている。
強子(チャンヅー)がまた遅刻した。ひゅーっという風とともにオフィスに滑り込んできたが、顔に青あざがあり、ひたいに絆創膏が貼ってある。しかし彼は、勲章でも見せびらかすように、誇らしげに顔を上げていた。彼のデスクはぼくの向かいだが、強子は席に着くと、パソコンの電源も入れずにじっとこちらを見つめた。なにか訊かれることをあきらさまに期待しているふうだが、ぼくは1ミリも関心がなかった。
「見ただろ、ゆうべのニュース?」強子は辛抱しきれず、自分から話かけてきた。
ダウンタウンの病院が<命の水面(みなも)>に襲撃された事件のことだ。その病院は国内最大の改延センターでもある。病院の真っ白な外壁に残るふたすじの長く黒い焼け焦げは、完璧な美女の顔に汚れた両手で触れたあとのようだった。おそろしい。<命の水面>は、数ある反改延組織の中でもいちばん規模が大きく、いちばん過激なグループだ。そして強子はそのグループに属している。もっとも、テレビのニュース画面に彼の姿は見つけられなかった。そのとき、病院のまわりには、怒りの満ちた群集か高潮のように押し寄せていたからである。
「いまさっき、その件で全体会議があったばかりだ。会社の方針は知ってるだろう。このままだと、いずれクビだぞ」とぼくは言った。
改延とは、遺伝子改造生命延長技術の略称だ。老化促進タイマーのような役割を果たしている断片を遺伝子からとりのぞくこの技術のおかげで、人類は寿命を300歳まで延ばせるようになった。改延が実用化されたのは5年前だが、費用があまりにも高額なので、いまや全世界で、社会的政治的に大きな問題となっている。この国では、ひとり分の改延には豪華な別荘を1軒買えるくらいの費用がかかり、その恩恵にあずかれるのはごく一部の富裕層だけだった。
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それ以上はなにも言わず、ぼくたちは別れた。もしかしたら100年後に再会できるかもしれないが、ぼくは彼女となんの約束もしなかった。その時点でも、彼女はいまの(人工冬眠などで老化防止をしているので)彼女のままだ。しかし、未来のぼくは、すでに130年以上も、山あり谷ありの人生を経験しているのだから。
簡簡(ジェンジェン)のうしろ姿が見えなくなると、ぼくは一瞬の迷いもなく携帯電話をとりだし、ネット銀行のシステムのログインして、新500万人民元を改延センターの口座に送金した。もう真夜中近い時刻になっていたが、センター長からすぐに電話があった。彼の説明によれば、遺伝子操作の施術はあしたからはじめられるという。順調なら1週間で終わるとのことだった。彼はさらに、センターの秘密保持規約を厳守するよう念を押した(身バレした改延族が、もうすでに3人も殺されていた)。
「決心してよかったと将来きっと思いますよ。あと2世紀どころか、永遠の命をに入れられるかもしれないんですから」とセンター長は言った。
その理屈はよくわかった。いまから2世紀後、どんな技術が生まれているかなんて、だれにもわからない。人間の意識と記憶をコピーし、永遠に消えないバックアップをつくって、いつでも新しい体に再インストールできる時代が来るかもしれない。あるいはそもそも体なんか要らなくなって、意識が電子ネットワーク上を神々のようにたゆたい、無数のセンサーを通して世界や宇宙を感じられる時代だって来るかもしれない。まさに永遠の命だ。
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いま、ぼくはせまい単身者用アパートの中で、この日記を書いている。日記に書いたのは生まれてはじめてだけど、これからもずっとつづけていくつもりでいる。理由は、どうしてもなにかを残しておきたかったからだ。時間とは、人間の一切を失わせるものである。

ぼくは悟った。長生きするのはけっしてぼくではない。2世紀後のぼくは、きっと見知らぬべつの人間になっている。

よくよく考えてみると、自分という概念は、本来、とても疑わしいものだ。自分をかたちづくる体や記憶や意識は、たえまなく変化している。簡簡と別れるまえの自分、犯罪的な方法で改延の料金を支払う前の自分、改延センター長と会話する前の自分、さらには、この”さらには”という言葉をキーボードで叩く前の自分。すべてはもうすでに同じ自分ではない。ここまで考えてほっとした。

それでもぼくは、なにかを残したい。

窓の外の夜空では、明け方の星々が最後の冷たい光を瞬かせている。輝く街灯りの海に比べると薄暗く、かろうじて肉眼で見分けられるくらいだが、星々は永遠なるものの象徴である。ぼくのような新米の新生人類が、今夜だけでいったい何人、新たな人生に旅立ったことだろう。よきにつけ悪しきにつけ、ぼくらはまもなく、ほんとうの永遠に触れる最初の人間になるだろう。