じじぃの「科学・地球_225_ホワット・イズ・ライフ?生物学の複雑さ」

METAMORPHOSIS: The Life Cycle of the Zebra Butterfly

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=vhIt94AvwuE

The life-cycle of a butterfly

WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か

ポール・ナース (著) / 竹内薫 (訳)
生きているとはどういうことか?生命とは何なのだろう?人類の永遠の疑問にノーベル賞生物学者が答える。
まえがき
1 細胞―細胞は生物学の「原子」だ
2 遺伝子―時の試練をへて
3 自然淘汰による進化―偶然と必然
4 化学としての生命―カオスからの秩序
5 情報としての生命―全体として機能するということ
世界を変える
生命とは何か?

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『WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か』

ポール・ナース/著、竹内薫/訳 ダイヤモンド社 2021年発行

5 情報としての生命―全体として機能するということ より

情報は生命の中心にある

はるか昔、子どものころ、あの黄色い蝶は「なぜ」わが家の庭に飛んできたのだろう? 空腹だったのか、卵を生む場所を探していたのか、それとも鳥に追われていたのだろうか? あるいは単に、世界を探検したいという生まれつきの衝動にかられて?
もちろん、私には、あの蝶のふるまいの理由を知るすべはないけれど、はっきり言えることは、あの蝶は周りの世界と相互作用して、行動を取っていたということだ。そして、そのために、蝶は情報を管理していたはずだ。
情報は、蝶という存在の中心にあるし、あらゆる生命の中心にある。生体が、組織化された複雑なシステムとして効果的に機能するためには、自分たちが住む外の世界と身体の内側の世界との、両方の状態について、情報を絶えず集めて利用する必要がある。内側と外側の世界は変化するから、生命体にはその変化を検出して反応する方法が必要となる。そうでなければ、あまり長生きできないだろう。
これを、あの蝶にあてはめてみよう。蝶は飛び回りながら五感でわが家の庭の詳細な絵を作り上げてゆく。目で光を検出し、触覚で辺りのさまざまな化学物質の分子を集め、体毛は空気の振動を感知していたんだ。つまり、蝶は、私が座っていた庭の膨大な「情報」を集めた。それから、すぐさま行動できるように情報をまとめて役に立つ「知識」にした。
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生物学では、目的について論じても、あまりおかしいとは思われない。一方、物理科学では、川や彗星や重力波の目的について問うことはない。でも、酵母のcdc2遺伝子(分裂酵母細胞周期調節遺伝子)の目的や、蝶が飛ぶ目液を問うことには意味がある。
あらゆる生体は、自らを維持し、組織化し、成長し、そして増殖する。これらは、生物が自分と子孫を永続させたいという、基本的な目的を達成するために発達させてきた、目的を持った行動なんだ。

新たなひらめきの可能性

私が細胞に焦点を当てることに、この章の大半を割いてきたのは、それが生命の基本単位だからだけど、生命を情報として考えることの意味合いは、細胞の枠を越えて広がっている。分子の相互作用と酵素の活性、そして物理的なメカニズムが、情報を生み、伝達し、入手し、記憶し、処理する方法を探すことは、生物学のあらゆる分野で、新たなひらめきへとつながる可能性を秘めている。
こうしたアプローチがもっと広まれば、生物学は、かつての常識的で馴染み深い世界から、もっと抽象的な世界へとシフトするかもしれない。それは、20世紀の前半に物理学で起きた、アイザック・ニュートンの常識的な世界からアルバートアインシュタインの相対性原理によって支配される宇宙、さらに進んで、ヴェルナー・ハイゼンベルグとエルヴィン・シュレディンガーによって明かされた量子の「奇妙さ」への大きな転換に匹敵するかもしれない。
生物学の複雑さは、風変わりで直感的でない解釈へとつながるかもしれない。それを解決するために、生物学者はこれまで以上に、数学者やコンピューター科学者や物理学者といった、他の分野の科学者、さらには、(われわれの世界の日常的な経験にあまり重点を置かず、抽象的に考えることに慣れている)哲学者の助けすら必要になるだろう。

情報を中心に据えた生命観は、細胞より高いレベルで生体を理解する助けにもなる。

細胞が相互作用して組織を生成する方法や、組織が器官を作る方法、器官が協力して、人間などの完全に機能する生き物を作り出す方法に光を当てることができるんだ。
種の中や種のあいだで、生体がどのように相互作用しているか、そして、生態系と生物圏がどのように機能しているかに目を向けると、もっと大きなスケールでも同じことが言える。分子から地球の生物圏まで、あらゆるスケールで情報処理が発生している事実は、生物学者の生命プロセスの理解の仕方に重要な意味を持つ。
たいていは、研究している現象に近いレベルで理解できる説明を探すのがいちばんだ。納得のいくものにするために、そうした説明を遺伝子やタンパク質といった分子規模の領域まで還元する必要は必ずしもない。
しかし、1つのスケールでの情報処理が分かると、それに似たことが、大きなスケールや小さなスケールでも起きている可能性がある。たとえば、代謝酵素を調節したり、遺伝子を制御したり、身体の恒常性を保ったりする「フィードバックモジュール」を支えている考え方は、生態学者の研究に役立つかもしれない。
なぜなら、気候変動や生息地を奪われた場合、特定の種が絶滅したり、従来の生息域から外へ移動したとき、自然環境がどのように変わるかも、フィードバックモジュールの考え方によって、より正確に予知することが可能になるからだ。