What is Life? - with Paul Nurse
Paul M. Nurse 「cell cycle」
細胞周期
理学のキーワード より
細胞の分裂は生命現象の根源である。
60年代半ば以降,米国のリーランド・ハートウェル(Leland H. Hartwell)博士は出芽酵母,英国のポール・ナース(Paul M. Nurse)博士は分裂酵母を用いて,細胞周期に異常を示すcdc変異体を多数単離した。ナース博士はM期を開始させる因子として,タンパク質リン酸化酵素Cdc2を発見し,細胞周期がヒトから酵母に至るまで基本的に共通の機構で制御されていることを示した。
https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/keywords/12/06.html
WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か
ポール・ナース (著) / 竹内薫 (訳)
生きているとはどういうことか?生命とは何なのだろう?人類の永遠の疑問にノーベル賞生物学者が答える。
まえがき
1 細胞―細胞は生物学の「原子」だ
2 遺伝子―時の試練をへて
3 自然淘汰による進化―偶然と必然
4 化学としての生命―カオスからの秩序
5 情報としての生命―全体として機能するということ
世界を変える
生命とは何か?
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3 自然淘汰による進化―偶然と必然 より
ダーウィンが示したもの
チャールズ・ダーウィンの進化へのアプローチは、もっと科学的かつ系統立っており、コミュニケーション手段も、もっと普通で、詩ではなく散文だけだった。彼は国内外の化石記録や動植物の研究から、大量の観測データを収集した。
そして、生命体は実際に進化するという、ラマルクや自分の祖父らに共通する見解を裏づけ、強力な証拠となるようにまとめあげた。しかし、ダーウィンは、それ以上のことをした。進化のメカニズムとして自然淘汰を提案し、すべての点と点をつなぎ、進化が実際に「どのように機能するか」を世界に示した。
自然淘汰の考えは、生命体の集団が変動を示し、そうした変異が遺伝子の変化によって起きるときには、世代から世代へと受け継がれるという事実に基づいている。こうした変異には、特定の個体が、よりうまく子孫を残せるようにする特性に影響を及ぼすものもある。
繁殖成功率が上がると、そのような変異を持つ子孫が、次の世代で集団の大多数を占めることになる。キリンの長い首の場合、首の骨格と筋肉が微妙に変化した変異型がランダムに出現し、累積したことで、キリンの先祖の一部が、僅かに高い枝に届くようになり、葉をたくさん食べて栄養を多く摂るようになったのだと推測できる。
最終的に、お腹が満たされたキリンの方が、より体力があり、若いキリンを生む能力にも長けていたため、アフリカのサバンナを歩き回っていたキリンの群れは、徐々に長い首を持った個体に支配されるようになったのだ。このプロセスは自然淘汰と呼ばれている。食べ物、配偶者を巡る争い、病気や寄生生物の存在など、あらゆる種類の自然要因による制約を乗り越えた個体が、結果として、他の個体より多く繁殖するからだ。
ほぼ同じメカニズムが、博物学者で収集家のアルフレッド・ウォレスによって提案されている。あまり広く知られていないが、ダーウィンもウォレスも、同じ19世紀の早い時期に出されていた自然淘汰説の後を追う形で出てきている。
スコットランド人の農学者で地主だったパトリック・マシューが1831年に出版した著書で自然淘汰に触れているのだ。それでもなお、ダーウィンは、自然淘汰の全体像を、包括的かつ永続的に、説得力を持つ形で示した初めての人物だ。
人間は実際に、何千年にもわたり、自然淘汰と同じプロセスを乗っ取り、利用し、特定の性質を持つ生き物を交配させてきた。これは人為淘汰と呼ばれ、ダーウィンも実際のところ、鳩の愛好家たちがさまざまな種類の鳩を作り出すために、特定の個体を選んで交配させる方法を監察して、自然淘汰の考えを発展させたのだ。
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自然淘汰は、適者生存(ちなみに、これはダーウィンが用いた用語ではない)、すなわち、競争できない個体の排除につながる。このプロセスの結果、特定の遺伝子変化が個体群に蓄積し、最終的に、生存種の形や機能に永続的な変化をもたらすことになる。こう考えれば、甲虫の中に、赤い斑点のある前バネを発達させたものもいれば、泳ぐことや、糞の玉を転がすことや、暗闇で光ることを身につけたものがいることを説明できる。
ある馬鹿げた考え
私は、分裂酵母と人間の細胞が同じ方法で細胞周期を制御しているかどうか調べようと決めたとき、さらに予期せぬ形で、われわれと他の生物との深い関わりに気づいた。1980年代、ロンドンのがん研究所で働いていたときだった。
がんはヒト細胞の異常な細胞分裂によって起こる。ゆえに、同僚のほとんどは、至極もっともなことだが、酵母なんかじゃなく、ヒトの細胞周期の制御の仕組みを調べていた。当時の私には、何が「酵母」の細胞分裂を制御しているかは分かっていた。パッとしない名前だが重要な遺伝子、cdc2が中心となって細胞周期を制御しているんだ。
私は思った。もしかしたら、人間の細胞分裂も同じ遺伝子、つまり、cdc2の「人間版」によって制御されているんじゃないのか?
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われわれが目にしているのは、同じ遺伝子の非常に関連性が高い「別型」であることは明らかだった。あまりにも似ているので、人間の遺伝子が酵母の細胞周期を制御できてしまったわけだ。
この予期せぬ結果が、さらに広範囲におよぶ結論へとつながった。分裂酵母と人間が、進化において非常に遠い親戚であることを考えると、地球のあらゆる動物や菌類や植物も、同じ方法で細胞周期を制御している可能性が高い。実際。ほとんどの生き物が、酵母のcdc2遺伝子と酷似した遺伝子の作用に依存していた。
さまざまな生命体が、長い時間をかけて、徐々に進化し、数え切れないほどの異なる形と生活様式を身につけたにもかかわらず、細胞周期の根本的な制御メカニズムは、ほとんど変化しなかったのだ。cdc2という名の古代のイノベーションは、10億年以上も輝きを失わなかったことになる。
人間の細胞がその分裂を制御する方法の理解。それは、われわれが一生を通じて成長、発達し、病気になり、退化するのに合わせて、われわれの身体がどのように変化するかを理解するために不可欠だ。そして、この理解は、単純な酵母を含め、広い範囲の生命体を学ぶことで得られる。私はそう確信を強めた。
自然淘汰は、進化の過程で起こるのみならず、われわれの体内の細胞レベルでも起きている。細胞の増殖と分裂を制御するうえで重要な遺伝子が、損傷を受けたり、配列し直されたりして、細胞が制御不能のまま分裂するのが、がんである。
生命体の集団内での進化と同じで、これらがん化した細胞は、身体の防御をすり抜けると、組織を作っている、健全な細胞の数を徐々に上回ってゆく。損傷した細胞の集団が増加するにつれ、細胞内でさらなる遺伝的な変化が起きる可能性が高まり、遺伝子の損傷が積み重なり、ますます侵襲性の高いがん細胞を生み出すことになる。
このシステムは、自然淘汰による進化に不可欠な3つの特性を兼ね備えている。複製、遺伝システム、そして遺伝システムが変異する能力だ。人の命が進化することを許す状況そのものが、最も致命的な人間の疾患の1つの原因になるというのは逆説的だ。もっと実際的な面で言えば、集団生物学者と進化生物学者は、がんに関するわれわれの理解に大きく貢献できるはずなのだ。