What is Life? - with Paul Nurse
WHAT IS LIFE?(ホワット・イズ・ライフ?)生命とは何か
ポール・ナース (著) / 竹内薫 (訳)
生きているとはどういうことか?生命とは何なのだろう?人類の永遠の疑問にノーベル賞生物学者が答える。
まえがき
1 細胞―細胞は生物学の「原子」だ
2 遺伝子―時の試練をへて
3 自然淘汰による進化―偶然と必然
4 化学としての生命―カオスからの秩序
5 情報としての生命―全体として機能するということ
世界を変える
生命とは何か?
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
まえがき より
1羽の蝶がきっかけで、私は生物学を真面目に考えるようになった。
ある早春の日、たぶん12歳か13歳だったと思う。庭に座っていたら、黄色い蝶がひらひらと垣根をこえて飛んできた。その蝶は向きを変え、ほんのちょっとのあいだ、羽ばたきしながらその場に留まった。羽の上に、精緻に浮かび上がる血管や模様が見えた。次の瞬間、影がさすと、蝶はふたたび飛びたち、反対側の垣根の向こうへと消えていった。
その複雑で完璧に作られた蝶の姿を見て、私は思った。自分とはまったく違うけれど、どことなく似ている。私と同じように、蝶はまぎれもなく生きている。動くことも感じることも反応することもできて、「目的」に向かっているかのように思われた。実に不思議だ。
生きているっていったいどういうことなんだろう?
生命って、なんなんだろう?
私は人生を通じてこの問題を考えてきたが、満足のいく答えは簡単に見つからない。意外かもしれないが、生命についての標準的な定義などないのだ。それでも、科学者たちは年月をかけ、この問題と格闘してきた。
本書の『生命とは何か(ホワット・イズ・ライフ?)』という題名は、物理学者エルヴィン・シュレディンガーの著書へのオマージュだ。彼は1944年に同書を出版したが、その影響は大きかった。
シュレディンガーは、生命のある重要な側面に焦点を当てていた。熱力学の第2法則によれば、つねに熱秩序や混沌へと向かってゆく森羅万象の中で、生き物たちが、どうやって、こんなにも見事な秩序と均一性を何世代にもわたって保っていられるのか。これが大問題であることを、シュレディンガーは的確に捉えていた。彼は、世代間で忠実に受け継がれてゆく「遺伝」を理解することが鍵だと考えたのだ。
この本で、私も同じ疑問を投げかけよう。
生命とは何か?
しかし、私は遺伝を読み解くこと「だけ」で完全な答えが得られるとは考えていない。私は生物学の5つの重要な考え方をとりあげる。そして、読者のみなさんと一緒に、その5つの階段を一段ずつ上がっていって、生命の仕組みについての、はっきりした見通しにたどりつくつもりだ。
この5つの考え方は別に私が考え出したものじゃない。生命体がどう機能するかを説明するものとして、むかしから一般的に受け入れられているものだ。でも、私は、この5つの考え方を新たな形で結びつけ、そこから生命を定義する「統一原理」を導き出すつもりだ。この本を読み終えたとき、読者が新鮮な目で生物界を眺められるようになれば、とても嬉しい。
初めに言っておきたいのだが、われわれ生物学者は、偉大なひらめきや大理論を口にするのをためらう傾向がある。物理学者とは正反対だ。われわれは、たとえば、特定の生息地にいるすべての種をリストアップしたり、カブトムシの脚の毛を数えてみたり、何千個もの遺伝子の配列を解析したりして、研究の細部に心地よく没頭している印象があるかもしれない。
生物学者が、単純明快な理論や統一的な考え方を避けがちなのは、自然の見事な多様性に圧倒されるかもしれない。とはいえ、全体像を見る考え方は生物学にもあり、それは、きわめて複雑な生命の「意味」を理解する助けとなる。
私が説明しようと思う5つの考え方とは、1、細胞、2、遺伝子、3、自然淘汰による進化、4、化学としての生命、そして、5、情報としての生命だ。こうした考え方がどこから発生し、なぜ重要なのか、そして互いにどのように関わりあっているのかを説明したい。また、世界中の科学者が新しい発見をする度に、この5つの考え方が変化し続け、現在でもさらに発展していることを示したい。
・
われわれは畏怖の念を生じさせるほど広大な宇宙に生きている。でも、大きな全体の小さな片隅で栄える命こそが、最も魅力的でミステリアスなのだ。すでに書いたが、この本で説明する5つの考え方は、地球上の生命を定める原理をゆっくりと明らかにしてゆくための階段だ。
地球の生命が、最初にどのようにして始まったのか、そして、もし宇宙のどこかで生命体に遭遇するとすれば、それはどんなものなのか。そういったことを考える手助けにもなる。あなたの出発点がどのレベルにあろうと、そう、科学って苦手だなぁと感じている人も、どうか怖がらないでほしい。この本を読み終えるころには、あなたや私や繊細な黄色い蝶、そしてこの惑星上のすべての生き物が、どのようにつながっているのか、より深く理解してもらえるはずだ。
私と一緒に、「生命とは何か」という大いなる謎に迫ろうではないか。