じじぃの「歴史・思想_421_脳の隠れた働きと情動理論・情動は構築される」

How emotions are made

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=X3B92cQ2NRI

Bees

I'll Bee There for You: Do Insects Feel Emotions?

September 30, 2016 Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/i-ll-bee-there-for-you-do-insects-feel-emotions/

情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論 紀伊国屋書店

【内容説明】
従来の理論を刷新し、人間の本性の見方に新たなパラダイムをもたらす!
幸福、悲しみ、怖れ、驚き、怒り、嫌悪――「脳は反応するのではなく、予測する」
心理学のみならず多くの学問分野を揺さぶる革命的理論を解説するとともに、情動の仕組みを知ることで得られる心身の健康の向上から法制度見直しまで、実践的なアイデアを提案。英語圏で14万部、13ヵ国で刊行の話題の書。

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『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』

リサ・フェルドマン・バレット/著、高橋洋/訳 紀伊国屋書店 2019年発行

第2章──情動は構築される より

まずは図2.1(だまし絵のようなイラストで何か昆虫の形をした胴や羽の一部が書かれている)を見てほしい。
この図を初めて見たとき、あなたの脳は、それが何を表わしているのかを懸命に理解しようとするだろう。視覚皮質のニューロンは線と輪郭を処理し、新奇な情報ゆえに偏桃体が迅速に発火しているはずだ。また他の脳領域は、何か似たものにこれまで遭遇したことがないかどうかを決めようと過去の経験を検索し、さらに身体と会話してこれからなすべき行動の準備を整えさせているところあろう。おそらくあなたは、「経験盲(experiential blindness)」と呼ばれる状態に置かれ、何を示しているのかがはっきりしない、いくつかの黒いかたまりしか見えないのではないか。
この経験盲を治すには、500頁の図(謎の画像の正体:ミツバチ)を見ればよい。それからもう一度、図2.1を眺めてみよう。今度は不定形のかたまりには見えず、見慣れたオブジェクトが立ち現われてくるはずだ。
つまり黒いかたまりに対するあなたの知覚が変ったのだが、その際、脳内でいったい何が起こったのだろうか? あなたの脳は、厖大な量の既存の経験に500頁の写真から得た素材をつけ加え、たった今あなたが見ている見慣れた何かを構築したのだ。つまり、視覚皮質のニューロンが発火の様態を変え、実在しない線を描き、いくつかの黒いかたまりを、実際には存在しない1つの形へと結びつけたのである。幻覚を見ているとも言えよう。「精神科で診てもらったほうがよさそうだ」と思わせるような幻覚ではなく、「私の脳はかくのごとく働くようにできている」と思わせるタイプの日常的な幻覚ではあるが。
この経験は、2つの洞察をもたらす。過去の経験(直接的なもの、写真や映画や本から得たもの)は、現在の感覚情報に意味を付与するという点がまず1つ。つけ加えておくと、この構築の過程は、自分には不可知である。いかに努力しようとも、自分がイメージを構築しているところを観察したり経験したりすることはできない。その種の構築が起こっている事実を白日のものとさらすためには、そのために設計された実験を要する。あなたが未知のものが既知のものに変わるのを意識的に経験したのは、それが何かを示す写真を見て必要な知識を得る前にも、得たあとでも図2.1を見ているからだ。構築の過程はきわめて習慣化しやすいので、あなたがこの図を見なかったことにして経験盲を再度経験しようといくら努力しても、もはや不定形のかたまりとして見ることは二度とないだろう。
この脳のちょっとした魔術(マジック)はごくありふれたものなので、その機能が理解される前から心理学者によって再三再四発見されていた。われわれはそれを「シミュレーション」と呼んでいる。これは、感覚刺激の入力なしに脳が感覚ニューロンの発火の様態を変えることを意味する。シミュレーションは、図2.1の例のように視覚的なものもあれば、他の感覚が関与するものもある。頭のなかでお気に入りの曲が流れるのを止められなかった経験はないだろうか? この聴覚的な幻覚もシミュレーションの1つである。
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本章の冒頭で、私たちは不定形のかたまりを見て、それに一連の概念を適用した。すると1匹のミツバチが姿を現した。これは脳のトリックではなく、正常な機能である。つまりあなたは、何を見るのかの決定に自ら積極的に参加しているのだ。

そしてたいてい、自分がそうしている事実に気づいていない。単なる視覚入力から意味を構築する過程と同じ手順が、情動の謎を解くカギを与えてくれる。わが研究室で何百もの実験を行ない、他の研究者によって書かれた何千もの論文を精査したあと、私は、きわめて非直感的ではあれ、ますます多くの科学者に支持されるようになりつつある結論に達した。情動は顔や、身体の中心で逆巻く大渦巻きから輝き出てくるのではない。脳の特定の部位から発しているのでもない。どんなに科学が進歩しようが、いかなる情動に関しても、生物的な指標が奇跡的に発見されたりはしないだろう。なぜなら情動は、あらかじめ組み込まれ、発見されるのを待っているような類のものではないからだ。情動は、私たちによって作られる。私たちは情動を認識したり、特定したりはしない。そうではなく、私たちは自分の情動経験や他者の情動の知覚を、さまざまなシステムの複雑な相互作用を通じて、必要に応じてその場で構築するのだ。人間は、高度に進化した脳の、原初の動物的な部位に深く埋め込まれた謎めいた情動神経回路のなすがままになっているのではない。私たちは、自らの経験の建築家(アーキテクト)なのである。