じじぃの「歴史・思想_428_脳の隠れた働きと情動理論・エピローグ・脳から心へ」

You can grow new brain cells. Here's how

動画 TED
https://www.ted.com/talks/sandrine_thuret_you_can_grow_new_brain_cells_here_s_how

Microglia Reveal Their Versatility

Glial Brain Cells, Long in Neurons’ Shadow, Reveal Hidden Powers

Quanta Magazine
●Microglia Reveal Their Versatility
Several cell types are contained within the umbrella category of glia, with varied functions that are still coming to light. Oligodendrocytes and Schwann cells wrap around nerve fibers and insulate them in fatty myelin sheaths, which help to confine the electrical signals moving through neurons and speed their passage. Astrocytes, with their complex branching shapes, direct the flow of fluid in the brain, reshape the synaptic connections between neurons, and recycle the released neurotransmitter molecules that enable neurons to communicate, among other jobs.
https://www.quantamagazine.org/glial-brain-cells-long-in-neurons-shadow-reveal-hidden-powers-20200127/

情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論 紀伊国屋書店

【内容説明】
従来の理論を刷新し、人間の本性の見方に新たなパラダイムをもたらす!
幸福、悲しみ、怖れ、驚き、怒り、嫌悪――「脳は反応するのではなく、予測する」
心理学のみならず多くの学問分野を揺さぶる革命的理論を解説するとともに、情動の仕組みを知ることで得られる心身の健康の向上から法制度見直しまで、実践的なアイデアを提案。英語圏で14万部、13ヵ国で刊行の話題の書。

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『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』

リサ・フェルドマン・バレット/著、高橋洋/訳 紀伊国屋書店 2019年発行

第13章──脳から心へ──新たなフロンティア より

人間の脳は稀代のペテン師だ。マジシャンのようにタネを明かすことなく、日々の経験が、からくりを明らかにしてくれるはずだという錯覚をもたらしつつ、経験を作り出し、行動を導く。喜び、悲しみ、驚き、怖れなどの情動は、いたって明瞭でしっかりと組み込まれているように感じられるので、私たちは自己の内部に、それらの情動が独立した源泉を持っているはずだと思い込む。そして本質主義に搦め捕られた脳は、いとも簡単に誤った心の理論をつむぎ出す。つまるところ私たちは、脳の機能を解明しようとしている一群の脳なのだ。
数千年間、このペテンはたいてい成功を収めてきた。心の本質に関する見方は1世紀から2世紀ごとに書き換えられたものの、心の器官という考えは非常に深く根づいている。それを振り払うのは今日でも非常にむずかしい。というのも、脳は分類するべく配線されており、この分類することが本質主義を生んでいるからだ。私たちは名詞を口にするたびに、気づかぬうちに本質主義的な発明品を世に送り出している。
心の科学は、徐々にではあれ、ようやくその種の軛を脱しつつある。脳画像技術によって非侵襲的に頭の中をのぞき込めるようになった今日、頭蓋骨はもはや障壁とは見なされなくなった。携帯可能な測定装置の登場は、心理学や神経科学を実験室から日常社会へと拡張することを可能にした。21世紀の最新技術によってペタ(ギガ、テラの上の接頭語で、1015)バイト単位の脳のデータが蓄積されるにつれ、神経科学は、情動のみならずあらゆる心的事象に関して、経験に依存するよりはるかに正確な、脳や脳の機能の理解をもたらしている。それにもかかわらず、メディア、起業家、ほとんどの教科書、一部の科学者は、依然として17世紀の心の理論(プラトン1.0から体(てい)のいい骨相学にバージョンアップされてはいるが)によってデータを解釈している。
本書をここまで読んで、教科書に書かれ、メディアで喧伝されている、情動に関するいかにもそれらしい主張の多くはきわめて怪しく、再考を要することがわかったのではないだろうか。情動は、人間の脳と身体から成る生物学的構成の一部ではあれ、各情動に特化した神経回路が存在するわけではないことが理解できたはずだ。情動は進化の産物ではあるが、その本質が祖先の動物から受け継がれてきたのではない。人間は、意識せずに情動を経験できる。しかしその事実は、人間が経験の受動的な受け手であることを意味しない。人間は、教えられなくても情動を知覚する。だが、そのことは、情動が生得的なものであることを、つまり学習とは無関係なことを意味するのではない。生得的なのは、概念を用いて社会的現実を築く能力であり、社会的現実は脳を配線する。情動は社会的現実による現実の構築物であり、人間の脳が他の人間の脳と協調することで形成される。
この最終章では、構成主義的情動理論を指南役として、心や脳に関する、より大きな問題を検討する。予測する脳と、それに関してここまで学んできたすべての知識、具体的に言えば、縮重、中核システム、概念の発達を支援する脳の配線などに関する知見をもとに、脳からはどのような種類の心がいかに生じるのかについて考えてみたい。
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人間の脳は、さまざまな種類の心を生み出す。しかしそれでも、あらゆる人間の心に共通する構成要素も含む。数千年のあいだ学者たちは、必須な本質的要素の数々の断片によって心が構成されると考えてきた。しかし、そうではない。心の構成要素は、本書で見てきた3つの側面、すなわち感情的現実主義、概念、社会的現実から成る。それらは(他にもあるかもしれないが)、脳の正常な構造や機能に基づく、必然的で、ゆえに普遍的なものなのだ。
感情的現実主義──自分が信じているものを実際に経験するという現象──は、脳の配線のゆえ必然的に生じる。内受容ネットワークの身体予算管理領域(メガフォンを持つ、口うるさくて聞く耳を持たない内なる科学者)は、脳内でもっとも強力な予測者と、また一次感覚領域は熱心な聞き手と見なせる。経験と行動の主たる操縦者は、論理や理性ではなく気分に駆り立てられた、身体予算に関する予測なのだ。私たちは皆、あたかも風味が食物のなかに宿っているかのように、「この食べ物はおいしい」と思い込む。実のところ、風味は構築物であり、おいしいという感覚は私たち自身が持つ一種の気分である。戦場て兵士が、非武装の村人の手に銃が握られているのを知覚するとき、彼はほんとうに銃を見ているのかもしれない。それは純粋な知覚であり、見間違いではない。空腹の判事は、囚人の仮釈放を認めるか否かの裁定に否定的な判断を下しやすい。
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心に不可避なものの2つ目は、概念を持つことである。人間の脳は、概念システムを構築するべく配線されている。人間は、光や音の断片のような非常に細やかな物理現象から、「印象派」「飛行機に持ち込んではならないもの(たとえば銃、ゾウの群れ、退屈なエドナおばたん)」などの、至極複雑な概念に至るまで、さまざまな概念を構築する。脳が構築する概念は、身体のエネルギー需要を満たしながら生きていくために必要な世界のモデルであり、最終的には自分の遺伝子をどの程度増やせるかを決める。
しかし人は、特定の概念を持っているという点で必然性を免れている。もちろん、脳の配線のために「肯定的(ポジティブ)」対「否定的(ネガティブ)」のような一定の基本的な概念を誰もが持っているはずだが、あらゆる心が、「感情」や「思考」に対応するはっきりとした概念を持つわけではない。脳にしてみれば、身体予算の調節が可能で生存が確保されるのなら、いかなる概念の集合であっても構わない。子どもの頃に学んだ情動概念は、もの顕著な例の1つにすぎない。
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心に不可避なものの3つ目は、社会的現実に関するものである。生まれたばかりの頃は、ひとりで自分の身体予算を調節できず、誰かに調節してもらわなければならない。その過程で脳は、統計的に学習し、概念を生む。また、特定のあり方で社会を構造化してきた他者に満ちた環境に応じて、自らを配線する。やがて社会は、自分にとっても現実のものになる。社会的現実は人間にとっての超越的な力であり、私たちは、純然たる心的概念を用いてコミュニケーションを測ることのできる唯一の動物なのだ。また、個々の社会的現実はいずれも、必然的なものではなく、特定の集団で通用しているにすぎない(また、物理環境によって制約を受ける)。
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構成主義的情動理論は、情動、心、脳に関する最新の科学的知見と合致し、それを予見さえする。とはいえ、脳に関しては多くがまだ謎に包まれている。

脳内で重要な機能を果たしている細胞は、ニューロンだけではないことが判明しつつある。これまで長く無視されてきたグリア細胞は、さまざまな機能を果たしていることがわかった。おそらく、シナプス無しで相互に交換しているのかもしれない。

胃腸をコントロールする腸神経系は、心を理解するために非常に重要であることがますます明らかになりつつあるにもかかわらず、観察測定がきわめてむずかしく、そのためにほとんど研究されていない。また内臓に宿る微生物が、心の状態に重大な影響を及ぼしていることがわかりつつあるが、そのあり方や理由はわかっていない。ここ10年間、非常に多くの核心的な研究が続けられており、今日の専門家は脳スキャナーを前にして、自分がプラトンになったかのように感じているかもしれない。
技術が向上し、知識が増えるにつれ、現在私たちが考えている以上に脳が構築に専念していることが明確になってくるはずだ。もしかすると、背後でより細やかな構築過程が進んでいることが発見され、内受容や概念などの革新的な構成要素でさえ、いつの日か、過剰に本質主義的なものと見なされるようになるかもしれない。