じじぃの「歴史・思想_425_脳の隠れた働きと情動理論・心の病気・自閉症」

自閉症の僕が飛び跳ねる理由 / 東田直樹さん

動画 dailymotion
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東田直樹 オフィシャルサイト

Naoki Higashida Official Site
https://naoki-higashida.jp/

情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論 紀伊国屋書店

【内容説明】
従来の理論を刷新し、人間の本性の見方に新たなパラダイムをもたらす!
幸福、悲しみ、怖れ、驚き、怒り、嫌悪――「脳は反応するのではなく、予測する」
心理学のみならず多くの学問分野を揺さぶる革命的理論を解説するとともに、情動の仕組みを知ることで得られる心身の健康の向上から法制度見直しまで、実践的なアイデアを提案。英語圏で14万部、13ヵ国で刊行の話題の書。

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『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』

リサ・フェルドマン・バレット/著、高橋洋/訳 紀伊国屋書店 2019年発行

第10章──情動と病気 より

疾病の理解に構成主義的なアプローチを適用すれば、いくつかの未解明の難題に答えることができる。「なぜかくも多くの障害が、同じ症状を呈するのか?」{不安や抑うつを抱える人が非常におおいのはなぜか?」「慢性疲労症候群は明確に定義できる疾病なにか? それともうつ病が、通常とは異なる見かけによって現れただけなのか?」「いかなる組織も損傷していないのに慢性疼痛に苦しむ人が、心の病気にかかっているのだろうか?」「なぜ心臓病患者の多くが、抑うつの症状を呈するのか?」などである。異なる病名をつけられたいくつかの疾病が、一連の同じ要因に由来し、疾病間の境界があいまいなものであれば、謎は謎でなくなるだろう。
この章は、本書でも推測的な部分がもっとも多い章になるが、データによる裏付けがあり、ここに提起する考えが、刺激的で興味深いと感じてもらえることを願っている。本章では、痛みやストレスなどの現象、あるいは慢性疼痛、慢性ストレス、不安障害、うつ病などの病気は、通常考えられている以上に関連していり、情動と同様な様態で構築されるという点を見ていく。この見方を理解するカギは、予測する脳と身体予算について正しく把握することにある。
身体予算は通常、脳が身体のニーズを予期し、酸素、グルコース、塩分、水分などの資源を循環させることによって、1日を通じて変動する。食物を消化している最中は、胃や腸は筋肉から資源を「借り」、走るときには、筋肉は肝臓や腎臓を借りてくる。これらのやりかたが進んでいるあいだ、身体予算は支払い可能な状態に置かれている。
身体予算のバランスは、脳の予測がひどくはずれると失われる。このような事態は普段でもよく起こる。上司やコーチと話をするとき、担任の先生がこっちに向かって来るときなど、心理的に何か意味のあるできごとが起こると、脳は、誤って燃料が必要だと予測し、それによって生存のための神経回路が活性化される。すると身体予算に影響が及ぶ。一般に、その種の短期的なバランスの乱れは、引き出した分を食事や睡眠で補える限り、心配には及ばない。
とはいえバランスの乱れが長引くと、体内の活動は悪化する。脳は、身体がエネルギーを必要としているという誤った予測が繰り返して発し、身体予算を赤字にする。身体予算の誤った割り当てが慢性化すると健康が劇的に損なわれ、免疫系の一部である身体の「借金取り」が呼び出される。
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自閉症はきわめて複雑な障害であり、広大な研究領域をなす。したがってそれを数行の文章にまとめるのは土台不可能だ。また、自閉症には多様な症状があり、種々の複雑な病因によって引き起こされる諸症状の幅広い領域を構成する。そのようなわけで、私がここで言いたいのは、自閉症が予測の障害である可能性についてだ。
自閉症者には、この考えに符号する経験を語る人もいる。自閉症者のなかでももっとも広く知られ、発言する機会も多いテンプル・グランディンは、自分が経験している予測の欠如と、圧倒的な予測エラーについて明確に述べている。彼女は『内側から見た自閉症(An Inside View of Autism)』で、「突然かん高い音が鳴ると、歯医者のドリルが神経に触れるかのごとく、私の耳が痛む」と記している。また、いかに苦心して概念を形成しているかについて次のように書く。「私は子どもの頃、大きさによってイヌとネコを分類していた。わが家の周辺にいたイヌは皆大きかった。ダックスフントを飼う家が現われるまでは。そのとき私は小さなイヌを見て、なぜそれがネコでないのかを一生懸命考えたのを覚えている」。
自閉症の僕が跳びはねる理由』を著した13歳の自閉症の少年東田直樹は、分類の努力を次のように書いている。「まず、今まで自分の経験したことのあるすべての事柄から、最も似ている場面を探してみます。それが合っていると判断すると、次に、その時自分はどういうことを言ったか思い出そうとします。思い出してその場面に成功体験があればいいのですが、無ければつらい気持ちを思い出して話せなくなります」。このように、東田は正常に機能する概念システムを持たないために、私たちの脳が自動的に行なっていることを、自分で努力してやらなければならないのである。
自閉症が予測の失敗だと考えている研究者は他にもいる。おもにコントロールネットワークの機能不全に陥り、おのおのの状況に対してきわめて厳密な世界のモデルを構築してしまうので自閉症が引き起こされる主張する研究者もいれば、オキシトシンと呼ばれる神経化学物質に問題があり、それが内受容ネットワークに悪影響を及ばしているために引き起こされると論じる研究者もいる。私の考えでは、自閉症は単に特定のネットワークの問題に還元しうるものではなく、縮重を考慮すればさまざまな可能性が考えられる。事実自閉症は、遺伝や神経生物学的構造や症状が、極端な多様さを示す神経発達障害者として特徴づけられる。私の推測では、自閉症の問題は身体予算管理領域とともに始まる。そう言えるのは、この領域が誕生時から存在し、あらゆる統計的学習が身体予算の調節に依拠しているからだ。この神経回路の変化は、脳の発達過程も変える。フル稼働が可能な予測する脳を備えていなければ、環境のなすがままになるしかない。神経系は、効率的な代謝が可能な脳組織に最適化されているにもかかかわらず、自閉症者の脳は、刺激と反応に駆り立てられているのだ。この見方は、自閉症者の経験を説明してくれるかもしれない。
いくつかのよく知られた重い障害はすべて、予測する脳の内部にあって、心と身体の健康を結びつけている免疫系に関係があるのかもしれない。

不適切な予測が検閲で引っかからなければ、身体予算のバランスが慢性的に崩れて脳内に炎症が引き起こされ、内受容予測がさらに劣化するという悪循環に陥る。かくして、情動を構築するまさにそのシステムが、疾病の発症の一因となる可能性があるのだ。