じじぃの「歴史・思想_422_脳の隠れた働きと情動理論・普遍的な情動という神話」

How Emotions are Made (Cinematic Lecture)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=0rbyC5m557I

Serena Williams at the 2008 U.S. Open

Scientists Are Re-Thinking How Emotions Are Made And It's Mind Blowing

AUGUST 23, 2018 www.ShannonHarvey.com
In closeup, Williams looks as though she’s in the grip of tortured anguish, but when you zoom out and see the picture in context, it turns out her bared teeth and a tense brow are actually the manifestation of an overwhelming triumph over her sister, Venus in the 2008 U.S. Open tennis semi finals.
https://www.shannonharvey.com/blogs/blog/scientists-are-re-thinking-how-emotions-are-made-and-its-mind-blowing

表情分析の問題点について

2020/08/13 Trick or Mind
たとえば心理学者のダッチャー・ケルトナーは、「エクマンの見解と一致する観点は、厖大な量のデータによって裏づけられる」と述べている。
それに対する回答は、次のようなものだ。それらの厖大な量のデータのほとんどは、基本情動測定法を用いて得られたものである。たった今見てきたように、この測定法には情動概念に関する知識が潜んでいる。人間には、ほんとうに情動表現を認識する能力が生まれつき備わっているのなら、情動語を除去しても結果は変わらないはずだが、実際にはつねに変わった。情動語が実験に強力な影響を及ぼしていることにほとんど疑いはなく、このことは基本情動測定法を用いたこれまでのすべての研究にただちに疑問を投げかける。
https://www.trickormind.com/mentalism/problem_with_expression_analysis/

情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論 紀伊国屋書店

【内容説明】
従来の理論を刷新し、人間の本性の見方に新たなパラダイムをもたらす!
幸福、悲しみ、怖れ、驚き、怒り、嫌悪――「脳は反応するのではなく、予測する」
心理学のみならず多くの学問分野を揺さぶる革命的理論を解説するとともに、情動の仕組みを知ることで得られる心身の健康の向上から法制度見直しまで、実践的なアイデアを提案。英語圏で14万部、13ヵ国で刊行の話題の書。

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『情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』

リサ・フェルドマン・バレット/著、高橋洋/訳 紀伊国屋書店 2019年発行

第3章──普遍的な情動という神話 より

図3.1(画像参照.頭部全体でなく顔だけがアップされている画像)の、恐怖で悲鳴をあげている女性の写真を見てほしい。欧米の文化のもとで生まれ育ったきた人のほとんどは、文脈が示されていなくても、たやすく彼女の「表情」から情動を見て取れるだろう。
ただし、彼女は恐怖を感じているのはない点を除けば、実のところこの写真は、2008年の全米オープンテニス大会の準々決勝で姉のビーナスを破ったセリーナ・ウィリアムズを、その直後に撮影したものである。502頁に写真全体を掲載したので参照されたい。文脈が提示されると、彼女の相貌は違った意味を帯びて立ち現われてくるはずだ。
文脈を知ったあとでウィリアムズの顔が微妙に変化したように感じたとすると、そう感じたのはあなただけではない。この経験はありふれたものだ。では、あなたの脳はいかにしてそれをなし遂げたのか? 私が最初に用いた情動語「恐怖」は、あなたがかつて恐怖を感じている人に見出した相貌をシミュレートするよう脳を仕向けた。自分では、このシミュレーションにほとんど気づかなかっただろう。だがそれは、ウィリアムズの顔の知覚を形成した。「彼女は準々決勝で勝利したばかりだ」という文脈が説明されると、あなたの脳はテニスや勝利の概念に関する知識は動員して、高揚を経験している人にかつて見出した相貌をシミュレートした。そしてこのシミュレーションも、ウィリアムズの顔の知覚に影響を及ぼしたのだ。どちらのケースでも、情動概念が、写真のイメージから意味を見出すよう導いたのである。
日常生活では通常、特定の文脈のもとで人々の顔に遭遇する。顔は身体につながり、声、においなどの、周囲のさまざまな詳細情報に結びついている。脳は詳細情報を手がかりにし、特定の概念を用いて情動の知覚をシミュレートし、構築する。だから写真全体を見たときには、恐怖ではなく勝利を知覚したのだ。実のところ、人は他者の情動を知覚するときはつねに、情動概念に依拠している。への字に結ばれた口を悲しみとして見るには、「悲しみ」という概念に関する知識が、また、大きく見開いた目を怖れとして見るには「怖れ」の概念が必要とされる
古典的理論によれば、情動は世界中の人々が生まれた瞬間から見分けることのできる普遍的な指標を備えているので、情動の知覚に概念は必要とされない。その考えが間違いであることをこれから示そう。
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基本情動測定法を用いる異文化間研究の多くは、もう1つ興味深いことを示唆する。それは、「情動概念は、特に意図せずとも文化の垣根を越えてたやすく教えられる」ということだ。そのようなグローバルな理解には、途轍もない恩恵があるはずである。たとえば、サダム。フセインの異父弟がアメリカ人の怒りの情動概念を理解してさえいれば、彼は当時の国務長官ジェイムズ・ベイカーの怒りを認識してアメリカとの湾岸戦争を回避し、無数の命を救えたかもしれない。
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アメリカ国内に限っても、人々が情動を示すのは顔だけだと考えていると、重大な誤解を生み、悪影響を及ぼしかねない。この信念が大統領選挙の帰趨を左右したこともある。2003年から2004年にかけてバーモンド州知事ハワード・ディーンは民主党の大統領候補に名乗り出た。しかし最終的にこの栄誉は、マサチューセッツ州選出上院議員ジョン・ケリーに与えられた。当時の選挙民は、さまざまな誹謗中傷を目にしていた。なかでも最大の誤解を招いたのは、演説中のディーンを撮影したビデオであった。あっという間に広がったビデオの断片には、文脈を切り離してディーンの顔だけが写っていた。彼の顔は、怒っているように見えた。しかし文脈を含めた完全なビデオを最初から見れば、ディーンは怒っているのではなく高揚して観衆を熱狂させていることがわかったはずだ。この断片はさまざまなニュースで使われ、広く流布し、やがてディーンは競争から脱落していった。誤解を招くビデオの断片を人々が見たとき、情動がどのように作られるのかを理解していたら結果はどうなっただろうか。
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基本情動測定法は科学の展望を形作り、情動の理解に影響を及ぼしてきた。数千の科学研究が、情動は普遍的なものだと主張している。一般向けの本、雑誌記事、ラジオやテレビの番組は、誰もが同じ相貌を情動の表現として示したり認識したりしていると、お気楽にも仮定している。幼稚園児は、ゲームや絵本を通じて、いわゆる普遍的な情動について教えられる。政治やビジネスにおける国際取引も、そのような仮定に基づいて行われている。心理学者は類似の方法を用いて、精神病患者の情動の欠陥を評価したり治療したりしている。今や広く普及しつつある情動を読み取る装置やアプリも、普遍性を前提としている。その様子はあたかも、文脈を欠いても、本を読むかのごとく、顔や身体の変化のパターンに簡単に情動が読み取れると考えられているかのようだ。その手の営為には、途方もない時間、労力、資金がつぎ込まれている。

だが、普遍的な情動という事実が、実際には事実ではなかったとしたらどうだろう?